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缶ビールの注ぎ方の科学

縁側で飲むビールがおいしい季節になりましたね。今日は缶ビールのおいしい飲み方についてのお話。ビールの原料は主に麦芽とホップ。そこに副材料が加わる場合もあります。

ビールには様々な種類がありますが他の種類のアルコールと大きく違う点は『泡』です。この泡の正体は炭酸ガスで、シャンパンやコーラなどの泡と同じ。しかし、シャンパンの泡はすぐに消えてしまいますが、ビールの泡はきめ細かく、長保ちします。この違いは麦芽に由来するタンパク質とビールの苦み成分の1つでホップに由来するイソフムロンの働きによるもの。麦芽に含まれるタンパク質はそれ自身でも気泡性を持ちますが、イソフムロンの水酸基と結合することで表面活性を増やし、しっかりとした泡をつくります。

このビールの泡が蓋になって炭酸ガスが抜けるのを防ぎ、さらに苦み成分を吸着してビールの味を和らげてくれます。瓶や缶から直接飲むビールは苦味が強いですが(それが好きという意見も理解できます)上手に注ぐことでビールはおいしく味わえるというわけ。実際にグラスにビールを注ぎながらメカニズムとおいしい飲み方を復習していきましょう。

まず買ってきた缶ビールは冷蔵庫に入れる前に拭きます。販売されている時に埃が付着していることがあるからです。冷蔵庫に入れて充分に冷やしておきます。ちなみにビールの味はパスチャライズの有無にかかわらず、鮮度が重要です。なるべく回転のいいお店で買うのも結構、重要。

心と時間に余裕があれば、の話ですが、コンビニで買ってきたビールを家に帰るなり開けるという方法は避けたいところ。冷蔵庫の振動の少ない場所でしばらく冷やし、炭酸ガスを落ち着かせてから飲むのがいいと思います。

まず、大事なことは手をよく洗うことです。ビールの泡はタンパク質が形成するフォームなのでつまりメレンゲの泡と原理的には同じ。

メレンゲの科学』で説明したように、タンパク質が形成するフォームの敵は油脂分と洗剤です。入念に手を洗って、手の油脂分を取りのぞいておきます。時々、グラスから泡が溢れそうになると『おっとっと』と口をつけますが、あれは口の周りの油脂分で泡を消すという合理的行動なんですね。

次にグラスを洗います。洗うときはスポンジのやわらかい部分を使ってください。ガラスは柔らかく傷つきやすいからです。

清潔なグラスはおいしいビールの最低条件。シャボン玉に砂を投げると泡が弾けてしまいますね? 同じようにグラスに埃が付着していると泡が消えてしまいます。

今日はガラス製のグラスを使っていますが、タンパク質による泡の形成を考えるなら理想的なグラスの材質は『銅や錫』でしょう。タンパク質がフォームを形成するのですから、ビールの泡が立つ原理はメレンゲと同じ。金属イオンがタンパク質のあいだに入り、含硫基と結合することで、泡が安定します。

口の部分は特に念入りに。

基本的にグラスは拭きません。タオルの繊維分が付着すると埃と同じように泡の形成を阻害しますし、布巾やタオルに微量の油脂分が残っているリスクがあるからです。埃が入らないように伏せた状態で水気を切っておきます。

ここで見解がわかれるのがグラスの温度です。夏場の常温に放置しておいたグラスは時に20度以上になります。グラスの温度が高いとビールとガスが早く分離し、泡ばかりになってしまうので避けたいところ。

そこでビールを注ぐ前に氷水を混ぜてグラスの温度を下げます。グラスを冷凍庫に凍らせると結露した水や氷が泡の形成を邪魔したり、ビールの温度が冷えすぎてしまう場合があるので避けます。

氷水を捨てて準備完了。多少、水気が残っていてもビールの味の大勢には影響しません。

ここからビールの注ぎ方ですが見解が人によって分かれます。まずは自分にとってビールのおいしさとはなにか? を定義する必要があります。炭酸ガスの利いたのどごしだけを重視するのであればグラスを傾けて泡立てないように注ぐ方式もあります。しかし、最初に述べた通り、ビールが他の種類のアルコールと違う点は〈泡〉です。

泡があることではじめの一口目は泡の多い部分を飲むことになります。泡の正体は前述した通り苦み成分。泡が蓋をしてくれていることで、最初は苦みを含んだ部分を味わい、徐々にビール自体のやわらかな味が姿を見せます。一般的にはこの味の変化こそがビールのおいしさ。今日はこれを目指します。

ところで『発泡酒は泡立たないなぁ』と思ったことはありませんか? これにはちゃんと理由があります。橋本直樹著『ビールのはなしPart2』によるとビールの泡立ちと持ちは以下の式から導き出せるそう。


泡立ち(ミリリットル)=51×炭酸ガス含量(%)+2.3×イソフムロン含量(ppm)+10
泡持ち(秒)=99×炭酸ガス含量(%)+7.8×イソフムロン含量(ppm)+24
                『ビールのはなしPart2』橋本直樹著 p121 

タンパク質やイソフムロンが多いとビールの泡立ちがよくなるということは、副材料を減らして麦芽のみを使い、ホップもたくさん使ったビールは泡立ちがよく、泡も長時間持つということ。

〈基本の注ぎ方〉

まずグラスの縁から指二本分の高さからビールを注ぎます。はじめは勢いよく注いで泡を立てます。

泡とビールが半々くらいになるまで泡立てばOK。

次にゆっくりと注いでいきます。

最後は泡を盛り上げるように少しずつ注ぎます。最終的にはビールと泡の比率は3:7になります。日本の缶ビールの多数をしめるピルスナータイプに向いた注ぎ方です。

〈ゆっくり注ぎ〉

続いて紹介するのはゆっくり注ぎ。基本の注ぎ方よりもさらに工程を分け、ビールの炭酸ガスを適度に抜きます。炭酸ガスに由来する爽快感はなくなりますが、ビール本来の香りを味わうためのアプローチです。

同じようにビールを注いでいきます。

泡が立つのでいったん収まるまで休憩。

泡が落ち着いたら再び勢いをつけてビールを注ぎます。上の縁まで泡立ってくるのでまた休憩。

最後にゆっくりとビールを注いで泡を盛り上げていきます。

こんな感じ。今回は一般的なグラスを2つ使って写真を撮りましたが、もちろん胴体が膨らみ口が広がったアロマグラスのほうがより風味を味わえます。とはいえ個人的にはビールはのどごしを味わいたいので、ストレートな形のグラスのほうが好みです。ま、ビールの注ぎ方は味わい方は人それぞれなので、基本的な科学の部分だけ抑えて、自分なりの楽しみ方を見つけることが大事なのかもしれません。

ビールは冷やすことで苦みを感じにくくなります。加齢によって人間は苦みの感受性が鈍っていきますが、若い方は冷やして飲んだほうがおいしいでしょう。またイソフムロンの味は伝わるのが遅いので、一気に飲むと苦いと感じる前に飲み干すことも可能です。最近は小さなブルワリーから多種多様なビールが出ているので飲み比べるのも楽しいですよね。

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