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みそ汁に出汁は必要ない?

noteで人気の料理家、樋口直哉さん(TravelingFoodLab.)の新連載。3回目のテーマは「みそ汁」です。
日本の食卓におなじみのみそ汁ですが、「出汁は入れるのが当たり前」という人がいる一方、「みそ汁に出汁は不要」という意見も。いったいどちらが正しいのでしょうか。作る手間や主菜とのバランスも含めて、家庭で作る『理想的なみそ汁』を紹介します。

「普段、料理はしません。一人暮らしをはじめるまで、みそ汁に出汁を入れるのも知らなかったくらいで……」

という、いわゆる『みそ汁に出汁を入れない』問題は、料理下手な典型例として扱われています。この問題が生まれた時期は定かではありませんが、参考になりそうなのはマルコメ株式会社が出汁入りみそを発売した時のエピソードです。

開発のきっかけは、その頃「お宅のみそでつくったみそ汁がおいしくない」という投書が増えたことだったそう。

「みその品質は変わらないのに、どうしてクレームが?」

と不思議に思ったメーカーが調べてみると「みそを湯で溶いていた」ことがわかります。当時、共働き世帯が増え、調理に時間をかけられない人が増えていたのです。

「だったら、はじめからみそに出汁を入れられないか」

そうして開発がはじまった出汁入りみそが『料亭の味』という商品名で発売されたのは1982年のこと。みそに単純にだしを入れると酵素がうま味を分解してしまうので、酵素活性を止めるのに工夫が必要でした。

だし入りみそというまったく新しい商品には「手抜きだ」という批判もありましたが、利便性の高さから人気を集めます。現在でもみそ販売金額No.1というから驚きですが、このエピソードからこの『みそ汁と出汁』問題は、少なくとも35年以上前から話題に上がっていたことがわかります。

ところが最近、一部の料理研究家や料理人の方から「みそ汁に出汁は必要ない」という意見も。たしかにあらかじめ鰹節と昆布で出汁を準備するのが手間なのは事実。なければないにこしたことはありません。しかし、なぜ最近になって「みそ汁に出汁は必要ない」という意見が出てきたのでしょう?

そんな点も含めて、今回はみそ汁の作り方を考えます。理想的な作り方に求められる要素はこんな感じでしょうか?

1 あらかじめ出汁を準備する必要がない
2 毎日、食べられる味
3 どんな具材にも対応できる汎用性

出汁がいらないみそがある?

みそにはいろんな種類がありますが、今回は3種類を用意しました。左から順に赤だしみそ、米みそ、白みそ(西京みそ)です。

赤だしみそという名前は通称で、岡崎の八丁みそに代表される豆みそをベースに米みそなどを調合し、扱いやすくしたもの。色が濃く、わずかに渋みがある味が特徴。豆みそは大豆100%のみそで、米麹は入っていません。

米みそは大豆と米麹を混ぜて発酵させたもので、全体の生産量の8割を占める、最も一般的なみそです。写真のような茶色っぽいみそを通称「赤みそ」と呼びますが、これは熟成期間の違いによるもので、短いと色は淡くなります。

右は白みそ。米麹を多く使っているので、ちょっと高級なみそです。塩分濃度は他のみそよりも低く6%〜7%。甘味が強く、まろやかな味が特徴です。

いずれのみそも空気に触れないようにラップで表面を覆ってから、冷蔵庫で保存します。温度が低いほど劣化は少ないので、理想は冷凍庫に入れること。みそは家庭用の冷凍庫の温度では凍らないので、そのまま使うことができます。

実験として、それぞれのみそ15gを160ccの湯に溶いて比較してみました。白みそは塩分濃度が低いので20g使用しています。出汁が必要ないのであれば、湯で溶くだけでおいしく味わえるはず。

左から順に、赤だしみそ、米みそ、白みそを湯に溶かしたもの

それぞれ味見をすると一番、おいしく感じられたのは白みそを溶いたもの。京都に行くと白みそを湯で溶いただけのお椀を食べさせてくれる店がありますが、こんな風に味わうと麹を多く使ったみその味が素直にわかります。

反対に赤だしみそは特有の渋みを強く感じ、違和感があります。赤だしは料理の世界で「鰹食い」と言われていますが、鰹だしとの相性がとてもいいみそ。普段、外で食べる赤だしのみそ汁は出汁がしっかりと利いているので、頼りなく感じるのかもしれません。(ただし、八丁みそは長く煮込むことで味が出てくるので、ことこと煮込む時間があればみそを湯に溶いただけでも風味が出てきます。詳しくはこちらのnoteを参考にしてください『二日酔いの朝に〈八丁味噌湯〉』)

米みそはおいしい範囲。とはいえこの実験に使ったみそは新潟県の『あおき味噌』が製造している『茜みそ』という熟成期間の長い良質なみそなので、普通のスーパーで売られているような熟成期間の短いみそだったら物足りない可能性も……。

いずれにせよ、この簡単な実験から導き出される結論は「麹の割合が多いみそであれば出汁は必要ない」というものです。昔、麹は贅沢品で、戦時中は使用が禁止されたほどでしたが、日本が豊かになるにつれて、麹歩合(原材料における麹の割合)が高いみそが醸造されるようになりました。『みそ汁に出汁は必要ない』とする意見が出てきた背景には、こんなみそ自体の変化にも理由がありそう。

みそがおいしくなったのは戦後のこと。昔、みそは各家庭や村落で手作りされるものでしたが、それは大豆や米を煮熟し、塩を混合してみそ玉とよばれるものを作り、発酵させるものでした。麹は贅沢品で、庶民の手に届くようなものでなかったからです。みそは「財を示すもの」であり、手前みそという言葉は量を競うもの──味など二の次でした。

このあたりのついての詳細はこちらの本が詳しく、古くなって「土壁のような味」のみそが上流階級のシンボルだった時代があることがわかります。みそづくりが大きく変わったのは昭和30年代から40年代の山本松代らによる生活改善運動、発酵技術の普及の成果と言われています。麹みそが広まったのは科学的な知識が広まったお陰です。純粋培養した麹を使うことで、みそは現在の形に変わったわけです。

白みそは軽く煮立てる

さて、白みそを使った「かぶと豆腐のみそ汁」を作ってみましょう。

材料(2人前)

かぶ  中1個
豆腐  1/4丁
水   300cc
白みそ 60g

1.かぶは皮を厚めに剥き、薄切りにする。豆腐はさいの目切りにする。
2.鍋に分量の水とみそを入れて溶き、1の具材を入れて中火にかける。ゆっくりと煮立て、沸いたら弱火に落として1分間煮る。火を止めて器に盛る。

ポイント
みそは『煮えばな』を味わうものとされ、あまり火にかけてはいけないとされていますが、白みそは軽く煮立て、麹特有の匂いを揮発させることで、まろやかなおいしさが味わえます。

白みそを使ったみそ汁はたまに食べるととてもおいしいもの。ただ、甘くぼってりとした味なので、普段飲むのには適していませんし、高価な白みそを大量に使うのでコストも気になるところ。理想の作り方とは言えません。

出汁は具材からも出てくる

次に一般的な米みそと大根だけでみそ汁を作ってみます。

材料(2人前)

大根  80g
水   300cc
米みそ 30g〜40g

1.大根はマッチ棒くらいの太さの千切りにする。
2.鍋に分量の水と1の大根を入れ、中火にかける。沸騰したら弱火に落として2〜3分間煮る。
3.火を止めて、みそを溶く。ただちに器に盛り付ける。

ポイント
 みそを溶くときは写真のような小さな泡立て器(写真は無印良品製)でみそをとり、鍋に直接、入れて溶くのが正解。お玉と菜箸で少しずつ溶いていく方法は時間がかかるだけです。
 米みその使用量は一人前(150cc)につき大さじ1(18g)が目安。ただ、使用するみそによって塩分濃度が異なるので、調整が必要です。

できあがったみそ汁はどこかふろふき大根を思わせる味で「充分においしい」ものです。ただ、これを『出汁を使っていない』と言うことには抵抗があります。湯で溶いただけとは違う旨味と甘みは大根から出たもの。いわば大根の出汁の味だからです。

第2回『おいしい料理の要”出汁づくり”の秘訣』で説明したように、出汁になる食材は昆布や鰹節だけではありません。濃い、薄い、また旨さの性質は変わってもあらゆる食材から出汁をとることができます。特にうま味の多い野菜は「トマト、れんこん、にんにく、白菜、じゃがいも、にんじん、大根」など。

そう考えると『みそ汁に出汁は必要ない』という意見が出てきた2つ目の理由として〈具材の多様化〉が考えられます。

昔はみそ汁の具材といえば豆腐とワカメくらい(そういえば1974年に発売され大ヒットした永谷園の即席みそ汁も具材はわかめ、麩、ネギの3種類でした)。みそ汁はあくまで料理の添え物という扱いでしたが、今では具材のバリエーションも増え、おかずにもなる料理に格上げされた印象があります。具材を増やせばみそ汁をつくる時に出汁はいらないかもしれません。

野菜のグルタミン酸と肉類のイノシン酸で旨味をアップ

それでも、まだ問題はあります。水と野菜だけでおいしくしようとすると、みその使用量が多くなってしまうことです。コストもバカになりませんが、なにより気になるのは塩分摂取量。

『味噌汁に対する「だし」の減塩効果について』という論文には『だし汁が濃くなるにつれ味噌汁の塩分濃度は下がり,かつお節の量を2〜3%にすることで,かつお節0.5%に比べ塩分が0.16%も抑えられた』とありますが、やはり塩分を減らしつつ満足感を得るためには出汁の旨味を活用するのが効果的です。

野菜出汁の弱点はそのうま味成分にあります。野菜出汁の旨味はグルタミン酸に由来するものですが、みそに含まれる旨味成分も同じグルタミン酸。前回、説明した相乗効果が期待できないので、味に厚みが出ないのです。

みその使用量を減らしつつ満足感を出すためにはグルタミン酸と相乗効果がある〈イノシン酸(肉類や魚類)かグアニル酸(キノコ類)の旨味〉を加える必要があります。たとえば『豚肉とトマトのみそ汁』は豚肉のイノシン酸とトマトのグルタミン酸の組み合わせ。

クリックするとレシピが表示されます

このみそ汁はトマトの旨味と酸味、それに豚肉の旨味と脂肪分というおいしい要素がいくつも入った現代的なみそ汁です。ただ、おいしいのですが、主菜に肉を使う機会が増えている時代にあって、みそ汁に肉を使うと食材が被ってしまいます。うーん…ぶた肉ととん汁で、ぶたがダブってしまった、というのは漫画『孤独のグルメ』のワンシーンですが、肉類を加えることは理想的なみそ汁の作り方とは言えないでしょう。

煮干し出汁を5分間沸騰させるのがベスト

色々と考えた結果、理想のみそ汁の出汁素材としてオススメできるのは『煮干し』です。煮干しはカタクチイワシなどの小魚を煮て干したもので、鰹節と同じイノシン酸系の出汁素材。若干の魚臭さがあるのが弱点ですが、みそには魚の生臭さを消す作用があるので、みそ汁には最適。

煮干しは大きさによって〈小羽〉〈中羽〉〈大羽〉という風に分類され、値段も上がっていきますが「高い煮干しが一番、おいしいんだろう」とは思わないでください。実はみそ汁に一番、向いているのは小さくて安価な煮干しです。

 『煮干しの大きさと煮出し法の関係』という論文では、小羽、中羽、大羽で抽出した出汁を比較しています。それぞれの煮干しを30分間浸漬後、3分加熱したところ、最も評価が高かったのが小羽でした。

その理由として考えられるのは表面積。小さな煮干しは表面積が大きく、旨味成分の溶出が早いのです。同論文では『小羽のような小さめの煮干しは、30分間浸漬後3分間沸騰加熱する。または浸漬なしで5分間沸騰継続する』ことで『より嗜好性の高いだし汁が得られる』としています。

煮干しを扱うときに注意して欲しいのは保存方法。同じ研究者たちによる『煮干しの保存温度がだし汁の風味や溶出成分に及ぼす影響』という論文によると開封後、10日ほどの保存期間であれば問題ないのですが、常温で30日経過すると香りが悪くなり、だし汁の評価も低下することがわかっています。

煮干しの敵は酸化。酸化には空気、温度と光が大きく影響します。通常、流通している煮干しは袋に貯蔵中の脂質酸化を防止するための脱酸素剤が入っているので、開封しない状態で冷蔵しておけば、6ヶ月は品質が落ちません。少量ずつ購入し、開封後はなるべく早く使い切るようにし、使いかけは冷凍庫で保管するのがオススメです。

煮干し出汁のとり方にはいくつか方法があり、臭みが出にくいとして一晩、水に浸ける《水出し法》を薦めている料理サイトもあります。

しかし『煮干しだし汁の嗜好性および溶出成分に及ぼす調整条件の影響』という論文によると、水出し法によって煮干しから旨味が出るのは2時間がピーク。それ以上の浸水は効果がないようです。また、同論文では水出し法には生臭みが出にくいというメリットはあるものの、沸騰を継続する従来の方法でも、ほぼ同等に好まれる出汁が得られることが示唆されています。

以上のことからみそ汁に用いる煮干し出汁は『30分間浸漬後3分間沸騰加熱』か『浸漬なしで5分間沸騰継続する』方法で抽出するのがベスト、という結論が導き出せます。特にみそ汁作りで採用したいのは後者。浸漬なしですから思い立ったらすぐにみそ汁をつくることができますし、沸騰後維持する時間で野菜が煮えるので好都合です。

理想的なみそ汁の作り方

さて、レシピです。ニンジンと長ネギのみそ汁を作ってみます。

材料(2人前)

ニンジン 半分
長ネギ  1/2本
煮干し  8g (水重量の2%)
水    400cc
みそ   適量(今回は25g)

1.ニンジンは棒状に切る。長ネギは1cmの厚さの斜め切りにする。
2.鍋に1のニンジンと長ネギ、煮干し、水を入れて、中火にかける。沸騰したら弱火に落とし、7〜8分間煮る。火を止めて、みそを溶き入れ、器に盛る。

ポイント
 煮干しから充分に味を出すために、弱火でことことと煮ます。5分経ったら大丈夫なのですが、今回はニンジンを使っているので7〜8分間煮ました。他にもキャベツやジャガイモなど好みの野菜を使えばOKです。

これが今のところ、僕が考える最も理想的なみそ汁の作り方。煮干しはそのまま食べても構いませんし、嫌いなら簡単に取りのぞけます。煮干しを使うのは昔ながらの作り方ですが、様々な理由から合理的であることがわかります。

みそ汁の味には地域差や家庭差があり、理想のみそ汁は人それぞれ。ある調査によると『味噌汁に好まれる食塩濃度は、淡色辛味噌で1.1~ 1.2%で、地方の農家出身者では1.2~1.3%と高く、味噌汁に豆腐等のたん白を加えると塩から味が減少し、 さらに濃い1.3~1.4%の濃度が好まれるようになる』とあり、人によっても具材によっても最適な塩分濃度は変わってきます。好みのみそ汁を味わうためには味見をしながら、自分でつくるのが一番ということです。

また、冷めたみそ汁はなんだかおいしくないもの。温かい状態で提供することが大事なので、食卓には最後に並べるようにしましょう。


参考文献

マルコメwebサイト 出汁入り味噌について

味噌汁に対する「だし」の減塩効果について(瀬戸美江 澤田崇子 遠藤金次 日本調理科学会誌 36 巻 (2003) 3 号 p. 219-224

煮干しの大きさと煮出し法の関係(安達 町子, 塩田 教子 日本調理科学会誌30 巻 (1997) 1 号 p. 2-8)

煮干しの保存温度がだし汁の風味や溶出成分に及ぼす影響(安達 町子, 野崎 征宣 日本調理科学会誌 34 巻 (2001) 1 号 p. 45-52)

煮干しだし汁の嗜好性および溶出成分に及ぼす調製条件の影響(平田 裕子, 脇田 美佳, 長野 美根, 畑江 敬子, 島田 淳子日本家政学会誌 40 巻 (1989) 10 号 p. 891-895)

味噌の味 (伊藤寛 日本釀造協會雜誌75 巻 (1980) 11 号 p. 881-884)

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