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『魚の煮付け』は少ない煮汁でつくれ!

食の博識、樋口直哉さん(TravelingFoodLab.)による科学的「おいしい料理」のつくり方。
9回目のテーマは「魚の煮付け」です。魚の煮付けは失敗しづらい簡単な料理。今回は『カレイの煮付け』と『イワシの生姜煮』をおいしくつくるコツをご紹介します。

前回の『キュウリもみ』では塩梅(塩味+酸味)を学びましたが、今回は『魚の煮付け』をつくりながら、甘辛(甘味+塩味)のバランスを掴みます。
 魚の煮付けは簡単な料理です。沸騰した状態の水の温度は100℃くらいと一定。鍋のなかに水気がある限りは焦げる心配もありません。また、あらかじめ配合した調味液で加熱するので、他の料理によくある「最後に味を調える」という工程がなく、「味付けに失敗」というリスクも少ないのです。

カレイの煮付け (2人前)

カレイ(切り身)  2枚
酒    100cc
水    100cc
濃口醤油 大さじ2
みりん  大さじ1
上白糖  大さじ1

魚屋さんでカレイの切り身を買ってきました。魚の卵はきちんと加熱すればおいしく食べられる部位です。卵がついていれば是非、取り外さずに、そのまま煮てみてください。

煮付けをつくる場合、多くの料理書では〈霜降り〉といって、調理の前に切り身を湯に通すことが推奨されています。表面のタンパク質を凝固させた後に洗い流すことで、魚の臭みを減らすための作業です。

これは必ずしなくてはいけない、という工程ではありません。買ってきた切り身の匂いを嗅いで、臭みがなければこの作業は省略してもいいのです。いや、むしろ匂いがあれば煮付けにはせずに、唐揚げなどの他の料理に使ったほうがいいかもしれません。

昔の料理書で霜降りがすすめられている理由は流通にもあるようです。『平成の食事(調理法の簡便化)』(松本仲子著)という論文によると、かつて、料理屋さんで使う魚は航空機で運ばれ、一般向けは氷詰めして貨車で一昼夜かけて築地に運ばれるという時代があったそうです。その当時、町の魚屋さんで鮮度のいい魚を入手することは難しく、こうした下処理が重要な意味を持っていたのでしょう。

昔はスーパーなどで鮮度が落ちた魚を「煮付け用」として販売することもありました。「魚の煮付けが嫌い」という人もいますが、鮮度の悪い魚を煮付けで食べれば当然です。現在は流通の条件が格段に良くなり、一般家庭でも鮮度の良い魚が入手できるようになりました。子供の頃、魚の煮付けが嫌いだったという人も、改めて挑戦してみてください。

というわけで、今日はそのまま煮ていきます。

1.鍋に水100ccと酒100cc、カレイの切り身2枚を入れて強火にかける。

*魚を入れる時の煮汁は冷たくても熱くてもどちらでもいい
今回は水と同量の日本酒を使います。酒は魚のクセを和らげ、旨味を足します。煮付けは少ない煮汁で加熱するのが重要なポイント。濃い濃度の液体で煮ることで、魚からの成分の流出を抑えることができるからです。逆に魚の出汁を生かした淡い仕上がりにしたい場合は水の量を増やせばいいでしょう。(その場合は酒50cc+水200ccくらいが目安で、砂糖を入れず、醤油の量も控えます)

また、ほとんどの料理書には『煮魚や煮付けは煮汁が煮立ったところに魚を入れる』と書かれています。例えば『「こつ」の科学』(杉田浩著 柴田書店)という本では、その理由を〈煮立てた汁に魚を入れますと、表面の蛋白質がすぐ凝固しますので、内部のうま味が溶け出すのを防ぐことができます〉としています。

しかし、実際には湯から加熱しても、水から加熱しても抽出されるうま味成分の量には差がありません。表面のタンパク質を固めても旨味成分の溶出を防ぐことはできないからです。

では、なぜ煮立ったところに魚を入れるのが昔は常識だったのでしょうか。それはつくる量が多かったからです。

魚の量が多いと、比例して煮汁も多くなり、沸騰するまでに時間がかかります。そのぶん加熱時間も長くなるので、結果的に魚から旨味成分が多く流出してしまい、さらには魚から生臭みが出たり、煮崩れたりしてしまいます。その意味では『煮立ったところに魚を入れる』という手法は間違いではないのです。

しかし、家庭で煮るような少ない量では冷たいところからでも、煮立ったところからでも味に差はありません。こちらの実験では「水から加熱」と「沸騰したところから加熱」の二種類のアジの煮付けをつくり、官能評価を実施していますが、有意差は認められませんでした。

2.沸騰してきたらみりん大さじ1と砂糖大さじ1を加える。

*甘みについて
みりんと砂糖で甘みをつけていきます。ミリンには魚の身を引き締め、脂質の酸化を抑え、風味を引き出す効果があります。つまり、カレイのような崩れやすい白身にはミリンは向いているということです。

砂糖はコクがある上白糖を使っています。上白糖は日本独特の砂糖で、ショ糖に1%ほどの転化糖(ブドウ糖+果糖の混合物)を混ぜて、しっとりとさせたものです。この成分の一部をカラメル化させ、色をつけたのが三温糖です。三温糖と上白糖の味はほぼ一緒なので、どちらを使っても大差はありません。他にグラニュー糖があり、こちらを使うと軽い仕上がりになるので、好みで使い分けましょう。

3.醤油大さじ2を加え、紙で落とし蓋をする。吹きこぼれない限界の強さにまで火を弱める。10分間煮る。

*落とし蓋は紙でつくるのがオススメ
煮汁が少ないので、このままだと魚の上の部分に火が入りません。そこで落とし蓋をします。木製の落とし蓋が一般的ですが、木は匂いが移りやすく魚専用にする必要があるので、紙やアルミホイルでつくるのがおすすめです。

吹きこぼれることがあるので、写真のようになったら火を弱めましょう。吹きこぼれない限界の強さの火加減でガンガン煮ていきます。

4.煮汁が少なくなり、魚に火が入ったら出来上がり。

*味見をして煮汁の加減を決める
カレイの骨や皮から出たゼラチン分と調味料のなかの糖分で、煮ていると汁に濃度がついてきます。味見をして薄いな、と思ったらスプーンで煮汁をかけながらさらに煮詰めます。特に卵の部分は火が通りづらいので、重点的に煮汁をかけるようにしてください。

よく煮詰めれば濃い味になります。逆にあまり煮詰めなければ薄味になります。魚に火が通ったかどうかたしかめるには、骨から身を外してみて、簡単に外れれば大丈夫です。

5.器に盛り付ける。

今回はシンプルな仕立てですが、生姜やゴボウ、ウドやタケノコなどの野菜を入れるのも定番です。カレイ以外の他の魚も白身であれば、すべて同様に料理できます。

時々、魚の煮付けに「味が染みこまない」という方がいますが、魚の身は大根のようには液体を含みません。煮付けは短時間で加熱を済ませ、魚の身を煮汁につけながら食べる料理です。

ご飯がすすむ、甘辛味のイワシの生姜煮

カレイの煮付けはどちらかというとお酒があいますが、ご飯のおかずにするならこのイワシの生姜煮。

イワシの生姜煮(4人前)

いわし 4尾
上白糖 大さじ4(48g)
酒   100cc
水   100cc
醤油  100cc
梅干し  1個
生姜   60g(皮ごと千切り)

梅干しは入れなくてもいいのですが、魚の臭みの成分であるトリメチルアミンはアルカリ性なので、酸性の物質を入れることで中和することができます。イワシの煮付けに酢やレモンなどを入れる場合もありますが、メカニズム的には同じ効果を狙ったものです。

1.鍋に千切りの生姜、イワシ、梅干し、酒100ccと水100ccを入れて、強火にかける。

2.強火で沸騰させたら、上白糖(大さじ4)と醤油100ccを加える。落とし蓋をして、煮汁が少なくなるまで10分間煮る。

*弱火で煮るか、強火で煮るか
イワシを骨ごと食べたいという場合は弱火で数時間かけて煮る方法もありますが、今日は強めの火加減で煮ていきます。

3.10分経ったら火を止めて、冷ます。

*冷ますことで味を落ち着かせる
煮たばかりの生姜煮はまだ味がバラバラですが、しばらく置いておくと馴染んできます。イワシから水分が出て、調味液がイワシの身に入るからです。冷ますことで身が締まるので、盛り付けも楽になります。常温から少し熱いくらいで食べるのもおいしいですが、熱々が好みなら食べる時に電子レンジで温め直しましょう。

4.器に盛り付ける。

個人的には生姜の辛味が効いた味が気に入っていますが、生姜が辛いと思ったら、次につくる時は量を減らすか、水にさらしてから使いましょう。こちらはさきほどのカレイの煮付けよりも醤油と砂糖の量が多く、強い味付け。ご飯のおかずにぴったりです。

甘辛味のバランスは、『カレイの煮付け』は醤油と砂糖+みりんが同量、次の『イワシの生姜煮』は醤油とその半分の量の砂糖が入っています。基本的に砂糖+みりんが醤油の量を超えることはないので、その範囲内で色々と調整していき、好みの味を見つけましょう。味付けは難しいかもしれませんですが、シンプルな調理を繰り返すうちにだんだんわかってきます。


参考文献

『平成の食事(調理法の簡便化)』(松本仲子 女子栄養大学紀要2005)
『魚の加熱調理における本みりんの脂質酸化抑制効果』(石田丈博他 日本調理科学会誌 2005)
『調理におけるみりんの調味効果について──日本酒との比較──』(長田真澄 高増雅子 日本調理科学会誌 1994)

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