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「塩梅」をマスターすれば料理はおいしくなる!

食の博識、樋口直哉さん(TravelingFoodLab.)による科学的「おいしい料理」のつくり方。8回目のテーマは「塩梅」。シンプルな『キュウリもみ』と『キュウリのゴマ和え』を例に、おいしい料理の基本である塩梅をご紹介します。味付けのバランスをとれるようになると、普段の料理もいっそうおいしくなります。

今日つくる『キュウリもみ』と『キュウリのゴマ和え』は『塩梅(あんばい)』を理解するのに最適な料理。塩梅とは味付けの基本だった塩と梅酢のことですが、今では味付け加減全般を表す言葉になりました。味付けの練習のつもりで挑戦してみてください。とはいっても工程自体はとても簡単です。

キュウリもみ(2人前)

キュウリ  1本(120~150gg)
乾燥ワカメ  1g(水で5分戻す)
塩     キュウリの重量の1%
米酢     小さじ2

まずはキュウリの選び方から。夏が旬のキュウリ、栄養はあまりありませんが、水分補給にうってつけの野菜です。表面にトゲがあり、淡い緑色で、整った形のキュウリを選びましょう。
「このキュウリは曲がっているけど、無農薬のおいしいキュウリです」
という売り文句がありますが、健康なキュウリは比較的まっすぐ育ちます。曲がる理由は何かにぶつかったか、生育途中の水分や養分の過不足など。多少の曲がりは味に影響しませんが、あまりに曲がっているキュウリは生育不良のため、えぐみや苦みなどが強い可能性が高いです。

1.キュウリはへたを切り落とし、小口切りにする。

*へたまわりの苦み
昔、キュウリはへたのまわりが苦かったので、その部分の皮を剥いたりしましたが、現在のキュウリは品種改良が進み、ほとんど苦くないので、硬い部分を切り落とすだけで大丈夫です。ちなみにこの苦みはククルビタシンという成分。キュウリが害虫を遠ざけるために自ら生成する物質で、大量に摂取すると有害です。

また、キュウリを日向に放置しておくとギ酸が増えて、渋くなります。その場合にはキュウリに塩を振って、まな板の上で転がします。これは『板ずり』という技法で、この作業を行うと表面からギ酸が溶出し、苦みを感じにくくすることができます。コールドチェーン(低温流通)が確立した現在ではほとんど必要のない下処理ですが、夏場の日向に放置したキュウリを使う場合には有効です。

キュウリの薄さは1mmが目安。あまり厚いと塩が入っていかず、薄すぎると食感がなくなります。こうしたやわらかい野菜を切る場合、包丁は刃先の薄い部分を使うと、摩擦が減り、断面がきれいになる=口当たりがよくなります。逆にニンジンなどの硬い野菜を切るときは根本に近い部分を使うのが基本です。

小口切りはスライサーを使っても同じようにでき、包丁とスライサーで比較実験をしても味の差がわかる人はほとんどいないようです。ただし、条件は刃の鋭いスライサーを使うこと。写真のスライサーは「ベンリナー」(株式会社ベンリナー製)です。

2.キュウリの重量1%の塩を振って手で和え、5分置く。

*キュウリと塩の量の関係
キュウリの重量の1%の塩と書きましたが、実はキュウリの厚さによって塩加減は異なります。厚みがあると食塩の浸透が遅くなり、脱水が進まないからです。薄く切れないという人は塩の量を1.5~2%に増やし、5分置いて軽く絞ってから使うといいでしょう。しかし、水気と一緒にキュウリの味は抜けてしまうので、この料理の本当のおいしさは味わえません。
1%というのは写真の量。実際の料理ではいちいち計ってはいられませんから「これくらいの量!」というのを憶えておきます。はじめはしょっぱかったり、物足りなかったりするかもしれませんが、繰り返しつくっていくうちに自然に上手にできるようになります。

*もみ込む必要はない
キュウリもみという名前ですが、手で軽く和えるだけでもみ込む必要はありません。この状態でもみ込むとキュウリが割れてしまうので、塩を振って置いておくだけでOK。
今回は量が少ないので直接、塩を振りましたが、たくさんのキュウリを仕込む料理屋などでは「立て塩」といって、3%の塩水に漬け込むことがよくあります。塩水を使うことで均等に浸かるからです。料理屋さんでは「立て塩で殺す」と物騒な言い方をしますが、味が抜けるというデメリットもあるので、状況に応じて使い分けます。

3.キュウリがしんなりとしたら、味見をしながら酢小さじ2を加える。

*キュウリがしんなりする理由
塩を振っておいただけで、なぜキュウリはしんなりするのでしょうか。これには浸透圧が関係しています。浸透圧とは異なる濃度の液体が同じ濃度になろうとする力のことで、この場合は外側の高い塩分濃度を薄めようと、キュウリの細胞から水分が出てきます。
キュウリをはじめとする野菜の細胞溶液の濃度は食塩だと0.85%と同じくらい。つまり、0.85%より濃い液体に浸けておけば、キュウリからは水分が出てきますし、逆に薄い液体(例えば水)に浸けておくと、細胞の内部に水分が入ってきて、細胞が膨らみ、野菜はシャキッとします。だから、サラダをつくる時に水に浸けておくのです。

4.乾燥わかめを加えて混ぜる。味見をしながら塩と酢の加減を調節する。

*塩梅の極意
酢を加える前にキュウリを食べてみると、キュウリの味と塩味だけで、どこかぼんやりとした味です。ところがここに酢を少しずつ加えていくと、輪郭がはっきりとしてきます。「味が調う」と言うのはこういうことか、とよくわかるはずです。
もしも塩を入れすぎた場合は水を足して、塩分濃度を薄めます。ただし、キュウリの味は薄まってしまいます。つまり、塩は入れすぎるとリカバーがきかないのです。一般的に塩と酸は適度な濃度においては、相互に風味を強め合う性質があるので、普段の料理で塩気が足りないと感じた時には、塩を振るよりレモン汁や酢を振ることを考えてみるといいでしょう。ちょうどいい具合になれば「いい塩梅」です。
他の材料を使っていないので、ここは真剣勝負。もちろん、ここにゴマ油や生姜を加えることもできますし、出汁を入れればもっと簡単なのですが、そうするとキュウリの小さな声が聞こえなくなってしまいます。ここは練習と思って、塩梅だけで勝負してみてください。

5.中心が山になるように器に盛り付ける。

*縁高の器に盛る極意
鉢に盛るときは、予めボウルのなかで形を作ってから盛り付けます。中心が高くなるように盛る山形は和食の盛り付けの基本。イメージするのは富士山の形です。

ボウルの底にキュウリのジュースが溜まっているはずですが、この部分の味付けが決まっていればいい出来です。酢と塩の分量を一応、出していますが、味付けの加減はあくまでも好み。自分にとってベストの味を見つけることが、料理上手になる第一歩です。

和え物は「1+1」で考える

さて、この〈キュウリもみ〉は野球でいえば素振り。基本ですから上手にできることは前提条件で、完璧にできても実際の食事で活躍してくれるわけではありません。毎日のおかずにするならキュウリにはちょっと後ろに下がってもらい、ゴマや醤油などの強い調味料を加えたおかず〈キュウリのゴマ和え〉がいいでしょう。

キュウリのゴマ和え(2人前)

きゅうり 2~3本(300g)
塩    分量の1%
米酢   30g
上白糖  15g
すりごま 20g
濃口醤油 5g(小さじ1)

最初の料理は『塩梅』だけで味付けしました。昔の料理の味付けは塩と酢が基本でしたが、まず味噌が普及しはじめ、江戸時代になると醤油が登場します。そして、戦後の復興に伴い、日本料理の味を大きく変える調味料である砂糖が普及します。この頃、生まれたのが「味付けのさしすせそ」という言葉です。この言葉は『砂糖、塩、酢、醤油、味噌』の頭文字で、この5種類の調味料が現在の味付けの基本です。
日本料理が特殊なのは砂糖の使い方です。イタリア料理、フランス料理、インド料理、トルコ料理など、世界各国それぞれの食文化がありますが、基本的に砂糖はデザートに使うもので、料理にはあまり使いません。
日本料理の味付けの難しさは甘みと塩味、あるいは甘みと酸味のバランスをとっていく必要があるからですが、このバランスをマスターすれば普段の料理はおいしくなります。今日の『キュウリのゴマ和え』は酢の半分の量の砂糖を使い、おかずに適した味にしています。

1.鍋に熱湯を沸かし、キュウリを10秒間茹でて、冷水にとる。この作業はしてもしなくてもよい。

*キュウリの殺菌工程
実はこのキュウリ。夏場の食中毒の原因になりやすい野菜です。その理由は表面のイボ。よく洗ったつもりでいてもこのイボの部分に菌が残る危険性があるのです。
それを避けるには一度、表面を熱湯で殺菌するのがベター。この料理の場合はこの後、酢で味付けし、すぐに食べるのでそれほど神経質になる必要はないかもしれませんが、作り置きする場合はできれば熱湯を通してください。

2.キュウリはへたをとって小口に切り、塩を振って5分置く。この工程は〈きゅうりもみ〉と同じ。

3.5分経ったら、キッチンペーパーで水気を絞る。

*和え物は水気を絞って、味が入る余地をつくる
さきほどの〈キュウリもみ〉は絞らずにそのまま使いましたが、この場合は絞ります。絞ることでキュウリの味を抜き、そこに調味料の味を加えていくのです。
また、キュウリに塩を振ってから置く時間についてですが、5分間、置いてから絞った場合の食塩残存率は50%ほど、15分後、25分後は60%ほどなので、15分以上置くことにあまり意味はありません。5分間だとシャキシャキした食感に、15分置くと柔らかめに仕上がります。

4.絞ったキュウリに他の材料(米酢30g、上白糖15g、すりごま20g、濃口醤油5g)を加え、ざっくりと和える。

*和え物の考え方
キュウリには塩気がついているので、ここで入れた醤油は和え衣(材料に混ぜ合わせる調味料)の味付けのためです。西洋のサラダは素材には味をつけずに、ドレッシングで味付けします。しかし、日本料理の和え物は、主素材は主素材だけで、和え衣は和え衣だけで充分においしい状態にしておくのがポイント。白和えにしても、ゴマ和えにしても、あくまで混ぜるではなく、和える。和えるとは一つにするのではなく、「1+1」にすることです。したがってあまり混ぜすぎないようにしましょう。

酢が入っているので、あまり長い間、置いておくと色が褪せてきます。必ず食べる直前に和えるようにしてください。何事もタイミングが重要です。
和え物はあまり冷たくしすぎないでください。歯が浮くように冷たい和え物はいいものではありません。夏場はキュウリでつくりますが、セロリを使ってもよく、春はキャベツを使います。作り方は同じです。冬になれば茹でたほうれん草を使いますが、その場合は塩もみする必要はありません。


参考文献

『キュウリに含まれるギ酸の部位別分析と味覚特性』(本栄養・食糧学会誌 第 66 巻 第 5 号 金子真紀子,三宅正起)
『調理学』(化学同人 青木美恵子編)

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