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コシのある素麺は梅干しでつくる!

noteで人気の料理家、樋口直哉さん(TravelingFoodLab.)による科学的「おいしい料理」のつくり方。7回目のテーマは今の時期に食べたくなる「そうめん」です。コシのある、おいしいそうめんの茹で方と香り豊かな手作りそうめんつゆのつくり方をご紹介します。

夏になると食べたくなるそうめん。今日はおいしい茹で方とめんつゆの作り方の紹介です。

うどんやラーメンなど麺類にコシがあるのは含まれているグルテンのお陰。グルテンとは小麦粉に含まれるタンパク質のグルテニンとグリアジンが水を吸収することで、網目状につながったもので、パンの弾性もこのグルテンの性質によるものです。

そうめんが他の麵と違うのは、外側にグルテンが並び、内側のデンプンの粒を包む形になっている点。この構造が、細いのにプリッとした歯ごたえのある独特の食感を生みます。

冷やしそうめん(2人前)


そうめん  4束(200g)
梅干し   2個〜3個
市販のそうめんつゆ 適量
青ネギの小口切り  適量
生姜のすりおろし  適量

まず、そうめんの選び方です。上に『手延麵』という文字が見えますが、そうめんには機械で製麺した製品とちょっと割高な手延べの2種類があります。最初にそうめん独特の食感の理由を説明しましたが、機械式でつくったそうめんはグルテンが外側を包む構造にならないので、ちょっと高くても『手延べ』という表示のあるそうめんを選んでください。

1.鍋にたっぷりの水(2束100gに対して水1リットルが目安、今回は4束なので2リットル使用)と梅干しを入れて、沸騰させる。沸いたら火を弱めて2〜3分煮る。そのあいだに、そうめんの束の帯をほどいておく。

*梅干しを入れる理由
そうめんを茹でる時にたっぷりの水が必要なのは二つ理由があります。一つはそうめんに含まれる塩分を流すためです。そうめんは生地をつくるときにたくさんの塩を加えて練るので、それを希釈させるためにたっぷりの水が必要です。茹でることによって塩分は20%以下になり、さらに洗うことで5%以下まで減らすことができます。

もう一つの理由はpHにあります。pHとは「水素イオン指数」のこと。酸っぱいレモンは〈酸性〉、苦い重曹水は〈アルカリ性〉というように水溶液の性質を表す数字です。うどんやそうめん、冷や麦などの小麦粉でできた麺類を茹でる時、茹でる湯のpHはコシに影響します。弱アルカリ性の湯で茹でると、グルテンの網目が緩み、デンプンが溶出してしまうので、コシがなくなってしまうのです。水を沸騰させるとアルカリに傾きますが(理由は後述)たっぷりの湯で茹でることで、その影響を少なくすることができます。

とはいえ家庭では毎回、多くの湯で茹でるわけにもいきませんし、鍋の大きさにも限界があります。そこで登場する秘密兵器が『梅干し』です。あらかじめ梅干しを煮出し、茹でる湯のpHを弱酸性に傾けておくと、グルテンがしなやかになり、結果としてデンプンの溶出量が抑えられる=コシが出るのです。酢やレモン汁でも同様の効果が期待できますが、梅干しならその後、そうめんと一緒に食べられます。写真は梅干しを入れて2分経った状態の湯で、pHは5.65を示しました。茹でる湯のpH5.5~6.0でデンプンの溶出量が最も抑えられると言われているので理想的でしょう。

実はpHをアルカリに傾けても麺にコシが出ます。重曹を使って茹でるとグルテンに脱アミドという現象が起き、結合が強まるので、グルテンが硬くなります。この性質を最も活用しているのが中華麺です。そうめんも重曹(水1Lあたり15g)を添加して茹でることで、コシが強くなります。ただ、しなやかさがないので、こうして茹でた素麺はソーメンチャンプルーなどに向いています。

2.沸いている湯にそうめんをパラパラと入れる。火を強めて吹きこぼれない程度の火加減に調節する。1分30秒〜2分茹でる。

*差し水はしない!
昔の料理本にはそうめんを茹でる場合には「差し水をする」と書かれています。差し水とは沸騰した時点で加える冷水(別名、びっくり水)のことで、ふきこぼれを防ぐ役割があります。

しかし、差し水をする必要はありません。差し水は熱源がかまどと薪、あるいは七輪と炭だった時代の、火加減の調節が難しかった時に生まれた技法で、現在使われているガスコンロやIHであれば、火を弱めるだけで済むことです。そうめんをおいしく茹でるためにはデンプンが溶け出る前に火を通す必要があり、それには沸点を維持することが大事ですから、差し水をして温度を下げてもいいことはありません。

この事実は徐々に認知されてきましたが、差し水をしている人も依然として多く、現在、差し水をして茹でる人と、そうでない人の割合は半々とのこと。一度、定着した習慣を変えるにはまだ時間がかかりそうです。

3.茹で上がった麺をザルに移し、流水をかけて冷やす。水を流しながら両手でもみ洗いする。そうめんのぬめりがなくなったら、氷水で冷やし、水気をよく切る。

*茹で上がったそうめんはよく洗う
そうめんが茹で上がったら、まず流水にかけて冷やします。昔から「手の皮脂が溶けて味を損ねるので、熱いときに手を入れてはいけない」と言われています。ホントか? とは思いますが、茹でたてのそうめんは意外に熱いので火傷をしないように注意しましょう。

そうめんが冷めたら、両手でもみ洗いします。そうめんは生地の表面に油を塗りながら、糸状に延ばしてつくるのですが、よく洗うことでこの工程でついた油分を落とすことができます。

きっちりと表面を洗い、氷水で冷やしたら、水気をよく切っておきましょう。

4.冷やした器に麺を盛り付け、めんつゆ、薬味の青ネギと生姜を添える。

*氷水には浸さない
よくそうめんを氷水に浸した状態で提供しているのを見かけます。見た目は涼しげでおいしそうなのですが、茹で上がったそうめんは水分をどんどん吸収し、コシがなくなっていくので、見た目より味を優先するなら避けたいところ。

茹でてやわらかくなった梅干しをめんつゆに入れ、潰しながら食べるのがおすすめです。

手作りそうめんつゆ

このレシピでは市販品のそうめんつゆを使いましたが、心に余裕があれば是非、一度手作りしてみてください。市販のそうめんつゆは保存期間の関係で比較的、糖分が多めで、殺菌する工程で香り成分も減少しているので、手作りする価値は充分にあります。

そうめんつゆ(4人前)

水   500cc
みりん 100cc
濃口醤油  100cc
鰹節  10g(水の重量の2%)

1.みりん100ccを鍋に入れて、強火にかける。しっかりと沸騰させ、アルコール分を飛ばす。

めんつゆの基本は出汁、醤油、みりんが5:1:1です。みりんは「みりん風調味料」ではなく「本みりん」を使っています。アルコールを飛ばすときは、マッチかライターで火をつけると、アルコール分が飛んだかわかりやすいです。火が消えれば次の工程へ。(火をつける時はまわりに燃えやすいものがないことを確認してから)

2.醤油100cc、水500ccを加えて、底がふつふつとしてきたら、鰹節10gを投入する。

みりん風調味料を使う場合は煮切る必要がないので、水、醤油と一緒に鍋に入れます。後の作り方は同じです。

3.一煮立ちさせたら、ザルで漉し、氷水で急冷する。この時、ボウルを回すと早く冷える。

鰹節のうま味成分はすぐに抽出される(出汁の回参照)ので、一煮立ちさせればOK。急冷することで香り成分の揮発を抑えます。冷えたてを食べるのがベストですが、保存する場合はペットボトルにうつして冷蔵庫へ。3日は保存できますが、できるだけ早く使い切ってください。

水道水を沸騰させるとアルカリ性に傾く

「茹でる湯に梅干しを入れて酸性にする」と聞くと、水道水は中性だから大丈夫なのでは?と思われるかもしれません。たしかに貯水池の環境によっても多少違いますが、水道水は基本的には中性とされます。

とはいえ「東京の水道水のpHは、平成25年度、平均7.6(6.8~8.1)でおおむね中性です」(東京水道局Webページより)東京都の水道水の平均は7.6と、ややアルカリ性。しかも、この水道水は沸騰させるとさらにアルカリ性に傾きます。

試しに水道水を沸かしてみたところpHは約8.00でした。これは温度が上がるにつれて空気(遊離炭酸)が抜ける影響です。

とはいえ、このレシピには梅干しの個体差が大きいという問題点があります。今回、使用した梅干しは皮がしっかりとしていたので、茹でる湯2リットルに対して1個程度ではあまり効果がなく、3個入れることで効果が出ました。梅干しに針で穴を開けてから入れれば1個でも充分かもしれません。

入れる材料は別に梅干しである必要はなく、純粋なクエン酸でpH調整してもいいでしょう。実験したところ純粋なクエン酸の場合は0.1g〜0.15gで、適切なpHである5.5〜6.0に調節できそうです。耳かきで一杯くらいの量で、充分、効果があります。

そうめんの保存について

そうめんの賞味期限はかなり長めに設定されていて、昔から「手延べそうめんは古い物ほどおいしい」と言われてきました。

冬の時期に製造された手延べそうめんを木箱に詰め貯蔵し、梅雨を越すと油くささが消え、食感が良くなることが知られています。この現象は「厄」と呼ばれ、多くの研究報告がありますが、いまだに詳しいメカニズムはわかっていません。ただ、小麦粉に含まれる酵素が脂質を変化させ、それがデンプンやタンパク質に影響を与えると考えられています。

梅雨を越して出荷されたそうめんは「新物」、二年目以降のものは「ひねもの」と呼ばれ、珍重されていますが、家庭で適正な保存方法を維持することは難しいので、買ってきたら早めに食べるのがいいでしょう。保存は直射日光のあたらない通気性のいい場所で、開封したものはジッパー付きの袋に移して、冷蔵庫で保存するのがベター。

ちなみにこのそうめん。袋の表示時間よりも長く茹でると、小麦粉の風味が感じられる仕上がりになります。興味があれば一度、試してみるのもいいのでは?


参考文献

『手延素麺』(日本調理科学会誌 1985年小川玄吾)
『ひやむぎから摂取される食塩量』(鈴鹿短期大学紀要 16 西村亜希子 水谷令子 岡野節子ら)
『合成小麦粉生地のレオロジー的性質に及ぼす食塩とpHの影響』(日本食品科学工学会誌 1982年 三木 英三, 松本 幸雄, 米沢 大造ら)
『平成の食事─その調理法と料理の喫食頻度』(女子栄養大学紀要 2005年 松本仲子)
『乾めんの貯蔵に関する研究』(日本食品工業学会誌1978年柴田茂久 今井徹 稲荷佐登美ら)

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!