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タケノコのあく抜き考察

大根おろしで筍のアク抜き」という記事の続きです。インターネットを検索すると多数のhow to 記事が出てきます。一般的なタケノコのゆで方(アク抜き)は〈穂先を切り落とし、米ぬかと唐辛子と一緒に茹で、そのまま冷ます〉というものです。

例えば『プロが教えるたけのこのゆで方。ぬかなしでもアク抜きできる!』(FOODIE)という記事には

Q:米ぬかや赤唐辛子は、絶対に必要? 
A:米ぬかと赤唐辛子はアク抜きに重要な働きをするので、必ず入れてください。

とありますが、赤唐辛子を入れることに科学的な根拠はないことはすでに説明しました。はたして米ぬかはそれほど重要な働きをしてくれるのでしょうか? 米ぬかで茹でることでコロイド状デンプンがアクを吸着すると考えられていますが、はたしてデンプンで茹でる意味があるのでしょうか? 米糠で茹でる必要がなければもっと気軽にタケノコを食べられるはずです。

というわけで実験です。参考にした書籍は『家庭でできる食通の喜ぶ珍料理 虎の巻』(服部公威著 服部式割烹講習会出版部)。大正6年発行(!)のこの本の著者は服部茂一。(公威という名前は西園寺公望からもらった名前とのこと。ちなみに服部茂一の弟子だった染谷栄が服部道政という名前ではじめに中野、後に千駄ヶ谷で開いたのが現在の服部栄養専門学校)

この本のなかにタケノコ下処理の項目がありました。

抜粋します。(旧字つかいは現代つかいに直しました)

1,筍を茹く時には米糠を入れて茹く人が有りますが今の米糠には石灰が這入って居りますので衛生にも良く有りませんし、又筍が黒く成つていけません。
2,筍を茹く時には皮を剥き適宜に切り昆布又は若布を入れその中に赤唐辛子十二本を入れて茹きますと大変早く茹けますし又美味しく茹けますから取り出し水の中に一日位浸けて置いて後用います。

なるほど、と思うのは昔の米糠には石灰が混ざっているという下りです。おそらく当時の米糠の主な用途は肥料。そのため米糠には石灰を混ぜて販売されていたのではないでしょうか。(米糠に苦土石灰を混ぜた肥料は現在でも販売されています)

石灰を溶かした水はアルカリ性なので、当時の米糠を使って茹でればタケノコのアクはそれはもうよく抜けたはずです。(アルカリ性で茹でることでアクがよく抜ける原理については前回の記事を参照してください)ただ、重曹と違って石灰水はまずいので、味はよくなかったのでしょう。そこで服部茂一は昆布を使って茹でる方法を紹介しています。

昆布水に期待しているのは昆布の旨味がアクを感じにくくするのではないか、という点。米糠がなくてもアクは抜けるのかたしかめるために収穫後2日間以上経過した古いタケノコを使いました。ホモゲンチジン酸の量は収穫後徐々に増えていき、2日後で最高になるので普通であればなかなか食べるが難しいタケノコです。

茹でる前に先端を落としておきます。縦に切り込みを入れたほうが後から皮が剥きやすくなりますが、硬いので無理しなくても大丈夫。茹でてからのほうがやわらかくなっているので切りやすいです。

大きな鍋が必要になるので、小さめのタケノコを選んだ方が失敗が少ないかもしれません。

昆布を入れて、火にかけます。

沸騰したので火を弱めました。昆布がおとし蓋の役割を果たしてくれます。ところで『プロが教えるたけのこのゆで方。ぬかなしでもアク抜きできる!』という記事では

Q:短時間でゆでられる方法はないの?
A:ありません。強火でゆでれば短時間でやわらかくはなりますが、アク抜きが不十分なためえぐみが残ってしまいます。

とあります。水の沸点は100℃で強火で茹でても、沸騰してから火を弱めても100℃(実際には気化熱によって冷やされるため98℃くらい)ですから強火で茹でることで短時間でやわらかくなるという記述には疑問が残ります。ただ、短時間で茹でる方法はないことはたしか。タケノコは柔らかくなりすぎるということはあまりないので気長に茹でましょう。

1時間経過。金串がすっと通ればOKです。

米糠を使って茹でた時とは違い、表面に泡のように浮かぶアクは出てきません。『プロが教えるたけのこのゆで方。ぬかなしでもアク抜きできる!』という記事ではこの泡をすくうことが重要なポイントして書かれています。不安が残りますがどうでしょうか?

この段階で液体の味を見てみると、昆布の出汁が利いたなかなかいい味です。もう1つ気がつくのはタケノコの皮からタケノコらしい風味が出ていること。『皮付きでタケノコを茹でた方がいい』という理由はこの風味にありそうです。ちなみに皮にはホモゲンチジン酸は多く含まれていないようです。タケノコの皮と出汁を茹でてタケノコ茶として提供するのもアリかもしれません。

蓋をして冷まします。

冷めました。6時間くらい冷ました状態です。冷ましてからゆで汁の味を見るとアクを強く感じました。どうやら冷ましているあいだにアクが多く抜けるようです。水につけておくことでタケノコの内部から水分が外に出るためでしょう。

縦に切れ込みを入れて

皮を剥がします。

先端の硬い部分を落としました。

味見してみるとアクはかなり抜けていますし、昆布の旨味を強く感じるためさほど感じません。比較のために米糠を使って茹でたものも用意しましたが、昆布のほうがアクは感じにくいよう。(この段階で実験デザインが間違っていることに気づきました。本当は水で茹でたものも用意するべきでした……)

まとめるとやはりアク抜きの目的は『アクの主成分であるホモゲンチジン酸やシュウ酸を茹でることで流出させ、濃度を薄めること』のよう。タケノコのあく抜きは『米糠』を使っても『昆布』を使ってもどちらでもいいですが、おいしいのは『昆布』を使ったもの。また、濃度を薄めることが目的ですのでとにかくたっぷりの水で茹でる必要があります。大根おろしアク抜き法のメリットは風味成分の流出を最小限に抑えられることがメリットですが、皮の風味が味わえないというデメリットがありそうです。

つまり、もしもアク抜きが充分でないと思ったら、また茹でればいいだけのこと。10分間茹でて

冷ましすとゆで汁にアクが出ます。気になるようなら水を替えながら、これを繰り返すだけでOKです。ただ、アク抜きとタケノコの風味はトレードオフの関係にあるので、あまりアクを抜きすぎるとタケノコの風味も流出してしまいます。

食べる時は先の部分は繊維を活かすように切り、根本の部分は繊維を断ち切るようにします。

おすすめの食べ方はゆでたてのタケノコをマヨネーズとオリーブオイル、塩、胡椒で食べること。これはアーティチョークの食べ方ですが、タケノコにもよくあいます。台所で熱々のタケノコをこの食べ方でつまみ食いするのが最高です。

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!