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真冬のネパール旅行2日目 ホームステイ

2日目は、ホームステイ先のスマンさんとの合流が14時なので、それまでにスワヤンブナート、カトマンズを中心に散策する

食事は7時からだというのと、6:30頃までは暗いので、朝食後に出掛けることとした

早朝はどんな様子なのか、軽く散歩。
5:40という早朝だと、まだ交通量も少ない


道では、女性たちがゴミをホウキでまとめたりしていた。

朝食は、野菜、トースト、オムレツ、パンケーキのプレートのほか、バイキング形式でヨーグルトなどがあった。

朝食会場 10℃くらいの外気とツーツー


オムレツは中に、野菜が入ってた。パンケーキは、日本でいうパンケーキみたいなのを想像してたが全然違い、砂糖多めのクレープの生地みたいのだった。砂糖が入っているからめちゃ甘くて美味しい。おかわりもしていいというので、オムレツとパンケーキのおかわりをした。

ネパのホテルの朝食、充実してること多し

ホテルヤンブーのオーナーらしき人に、朝食を褒めると、事務室に連れてかれ、ネパールでの行くべきリスト4選を説明される。最後はbooking .comの口コミを書くように言われた笑。このホテルは、2480ルピーで値段の割にはいいという印象。
ホテルヤンブーの外観はこんな感じ。

まず最初に行くのはスワヤンブナート。徒歩でも30分くらいで行けるので徒歩で。
ガイドブックによれば、カトマンズで最も重要な仏教の寺院とのこと。

入り口付近


ここは寺院まで登る階段に、猿が多数いることからモンキーテンプルとも呼ばれる。

猿に餌をあげてる人もいた。外国人は200ルピーを払う。他のヒンドゥー教の寺院でもそうだが、地元の人にとっては、信仰、憩いの場なのでフリー、外人はお金がかかるというところが多い。ネパール人偽装していけばばれないのだろうか??

階段を登り切ると、ちょっと睨んだ感じの目のマーク(これが仏教のマーク?)と仏教ではお馴染みの五色の旗が掲げられている。


ダライラマみたいな仏教徒ぽい格好をした男性もいた。


民族衣装を着てる女性は街中でも多いが、男性はそこまで多くない。


ここに限らず寺院では、このくるくる回る文字が書かれたものを時計回りに回していくのだがこれは回すことで読んだという意味になる。


またここは、カトマンズの街を一望できる場所もある。カトマンズの街は霧というか雲というかに覆われていた。

一旦ホテルに戻り、チェックアウトし荷物を預け、カトマンズのダルバール広場などに行く。
地球の歩き方のおすすめのルートが書かれていたので、それに沿って行った。

カトマンズで走っている車は、昔はすべて日本車だったというが、今はヒュンダイやインドのタタ社も多い。日本車はスズキが1番多く、トヨタも見かけるが割と大きめの車に多い。
ガソリンスタンドの給油のために、列が道まで出て大渋滞になることもあるという。

カトマンズのGS

最終日にはお土産を買おうと思うが、今日は荷物になるのが嫌なので、店を見ながらダルパート広場に向かう。ダルバール広場とは街の中心地という意味らしく、カトマンズの以外の他の都市にもある。Google検索でダルバール広場と検索したら、他のところが出てきてびっくりした。

これは途中にあったアカシュハイラヴ寺院。ネパールでは日本人と比べ物にならないほどお参りするので、寺院も至る所にある。

交差点のど真ん中にある

カトマンズのダルバール広場は、外国人は1000ルピー必要。支払うと、名札のような入場証をもらえる。

ダルバール広場 寺院などが集中する


少し中を歩いていると、中高生くらいの少女が話しかけてきた。彼女の話す英語を自分なりに解釈した内容は、「外国人?外国のこと?の勉強のために、この寺院を説明したい」とのこと。これは後でお金を請求されるやつか?と思い、警戒心MAXだったが、少しは説明してもらおうかと思い英語で説明を受けた。日本のことや自分のことも聞かれた。英語は上手だったと思う。このまま英語で会話するのもしんどいし、お金請求されたらめんどいな…と思い2人の女王が埋葬された建物の説明だけでバイバイした。彼女は申し訳なさそうな顔をしてバイバイした。多分お金は請求されなく、自分の勉強のためにしてたんだと思う。悪いことしたな…と思いつつ外国なので仕方がない。

彼女に説明してもらった唯一の建物

自力でパンフを見ながら歩いていると、今度はこの広場のガイドをしてるという人から話しかけられる。自分は国認定のガイドだと証明を見せてきてしつこい。そして断ったが、今度は仲間の日本語を話せるガイドを連れてきた。1時間2000ルピーというが、時間がないので無理!という。30分ならいい、値段はいくらか聞くと同じ内容だから2000だと言ってきたので高すぎると抗議して、結局1500ルピーとなった。まあ1500円くらいだしいっかと半ば諦めの気持ちでお願いした。

この旅で日本語を話せる、という肩書きで仕事してるネパリーの中では1番日本語が上手くなかったが、それでも大事なところはわかるように説明してくれた。
彼が1番よく言っていたのは、仏教は概念、ヒンドゥー教は神様ということ。仏教の教えは、瞑想をしたり、お祈りをしたりすることで悪いことを反省する?しないようにする?ことで、仏陀に近づく。これを輪廻という。と説明していた。

これは建物の中でお祈りの集会をしていた様子を説明してもらった時の写真。みんな真面目にお祈りしてたのに、このガイドは大声で説明し始めて、結構な人がこちらを振り返っていた。でも公認のガイドだからか、何も言われてなかった。

この像に関しては、花がどうとかこうとか言ってたが忘れてしまった。せっかくガイドつけたのにすぐ振り返らないから…。

説明を忘れてしまった

旧王宮?の中の建物は木でてきているが、細かい細工がされている。

元王様の庭。菩提樹の元でお釈迦様は悟りを開き、またヒンドゥー教のシヴァ神様が菩提樹の実を飾りとしてつけていることから、菩提樹は寺院に必ずある。

ここの建物のテーマはエロ。男女のセックスをしている様子が木で彫られている。これがいつくらいに建てられたか不明だが、いろんな体位が昔からあったんだなとわかる。

ガイドをつけて見てたら、時間がなくなってしまったがお腹が減ったので、街の中のパン屋でパンを食べる。ドイツみたいにパン屋だらけというわけではないが、ネパールにもパン屋はあり、割合は日本と同じくらいかもしれない。
トレーの紙は、日本みたいに毎回変えない。あまりに汚くなったら店員が交換していたようだ。


味は日本のより少し落ちるかなという感じ。ドーナツはサクっとした食感を期待してたが、ふにゃっとしてた。

ネパのパンはこれっきり

14時ちょうどにホテルに戻るとアシュトストラベルの長谷川さんと今回お世話になるスマンさんが待っていてくれた。
あとでスマンさんから聞いた話だが、長谷川さんの会社がやっているホームステイプログラムは、英語が自分のようにあまりできない人の場合、日本語が多少できる人を充てるか、困った時に長谷川さんが電話等で通訳する形にしているという。ただ今回長谷川さんが急遽翌日に帰国しなければならなくなり、昔はガイドをしていたが普段は日本との国際交流等の仕事をしているスマンさんが充てられたとのこと。スマンさんはあまりガイドの仕事は好きではないらしく、頼まれても他の人に譲るという。また日本語ができるようになったのは、英語の勉強が嫌いだったからという。今回はそんなイレギュラーなことがあり、スマンさんに色々と教えてもらえることになった。なお、スマンさんはカトマンズあたりでは1番多いネワール族である。

手配した車で、スマンさんの家に行く。
スマンさんはお父さんと2人暮らしのようだ。母親が8ヶ月前に亡くなり、この日はちょうど8ヶ月目に当たるそうで、自宅の前にお供えのご飯が置かれていた。

お供え物


1階は店や物置、2階には別の人、3,4階がスマンさんの家で自分は3階の空き部屋が充てられた。ダブルベットが基本のようだ。後日行く、山村の家でもベットであり、日本みたいに布団はなかった。

今日はここで泊まります

スマンさんが早速パタンの寺院で七五三のようなイベントがあるから行こうと言う。バイクには、座間味島で原付運転したことしかないので、それより上のランクに乗ったのは今回が初めてである。ネパールでは一般に、バイクは運転手はヘルメットをするが、同乗してる人はヘルメットをしない。どういうルールかはわからないが。あとスマンさんは運転手なのにしてないw

これが七五三のようなイベント。

雨期はここは水で満たされているらしい

スマンさんの姪っ子も参加してた。半分右向いてる子がスマンさんの姪っ子。

次はパタンよりもう少し南のところまでドライブしてくれた。
途中にあった、川が台地を削り、渓谷となっているところ。

これは昔、神様が削ったと言われている。仏教の旗がたなびいているから、仏教系なのか?
連れて行ってくれたのは、Chobarという新しく仏像が立ったところだ。

ハートの飾りもある


こういったインスタ映えしそうなのが置いてあるのはネパール人にとってここがデートスポットだから。娯楽があまりないネパールだけど、こういうので楽しめるのはすごい!

ネパのインスタ映え 結構雑w

最近できたというショッピングモールにも連れて行ってもらった。こういうところはクリスマスツリーもある。


その後、スマンさんの友人3人とみんなでカフェに行った。1人は出稼ぎ労働のため、日本語を勉強したがビザが下りず、オーストラリアに出稼ぎに行ってた人。1人は金物の工場を経営してるという人。この人が1番よく喋った。もう1人はほとんど話さなかった。ネパリーは外国人と話すのがわりと好きである。

左から スマンさん、豪出稼ぎ労働の人、金物屋経営、あんま話さなかった人


結婚はしてるのか?彼女はいるのか?収入はどれくらいか?どれくらい貯金できるのか?日本人だったら気を遣ってあまり聞かないことでも、彼らは結構聞いてくる。
東京はbusy cityとか日本人は働き過ぎ、というネパリーは多い。自分も日本人は働きすぎだと思う。そして、医療みたいな無駄だったり有害な産業に金が取られてるから働いてる割には貧乏である、と言っておいた。

スマンさんの家に帰り、スマンさんの姉妹が作ってくれた食事を食べた。

ガスは普通にある

ダルバートの簡易版とも言えるもの。

米はタイ米に似たようなの

スマンさんは手で食べてたが、自分は不衛生でこの先長いのに病気になったら嫌だなと思い、スプーンで食べた。
よくヒンドゥー教では、左手は使ってはいけないと言われるが、直接口に持って行く時に左手を使ってはいけないのであって、全てを片手で済ませないといけない、というわけではないようだ。スープはご飯にかけて食べる。

2日目はこれにて就寝。
密度の濃い1日だった!

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