Tell Me Why ( Swan Lake "Returns" part-I )

※五次創作です。二次創作、作品クロスオーバー等が苦手な方は申し訳ございませんが、ご理解の程、宜しくお願い致します。





前回 #1 


――確かにそれは廃棄された。そこにいる筈のないモノが、しかし確かにここにある。理解を拒む現実。事実との齟齬が生む、目のくらむような不快感。ああ……ならばきっと、これも悪い夢なのだろう。

――。

「――どうしてアンタが」
「ふふっ、素敵な顔してるわよスズカ。”廃棄処分”されたセンチネルがここにいることが、そんなに不思議?」

 襲来した獣耳の女――メルトリリスはスズカと呼んだ――の初撃を、メルトリリスは片脚で受け止めた。

「文字通り、地の底から羽ばたいて戻ってきたわ。もう一度、貴女たちと戦うためにね」

 脚、と形容してもいいのだろうか。薄っぺらな金属質の装飾で隠されただけの肢体から伸びた膝から先は、棘と鋭角で彩られた巨大な剣のよう。

(脚、踊り、剣。そういう逸話のサーヴァント? ……なんだ、こいつ)

 彼もマスターになってからというもの、敵味方を知るために多少は歴史も勉強したつもりだが、それでも目の前の少女がどういう存在かなどまるで思いつかない。そうでなくとも抑止力によって推挙されたサーヴァントなど”歴史との結びつきが弱い”例はいくらでもいる。メルトリリスもそういう手合いなのだろうか……巧は一先ず疑問を先送りした。今やるべきは目の前の出来事に集中し、己の魔力を回し続けることだけ。

「……だったら、今度は私が落っことしてあげる!」

 互いに一歩たりとも退かない、刀と脚との膠着状態。だがそれが成立するのは、スズカの手に握られている刀が一振りしかないからだ。
――では、残る二本は?

「おい、そいつの武器……!」

 ……首と胴、スズカの背を陰にそれぞれを狙い左右から飛来した二振りの斬撃は、その場から高く宙返りしたメルトリリスの足下で弧を描き虚空を切った。

「――どうかして?」

 鮮やかな身のこなし、水しぶきが光を浴びたような煌めきを纏うその様子に巧は思わず息を飲んだ。

「っ痛――!」

 その上、この挙動は回避するためのものだけではなかった。跳ね返ると同時に繰り出した左脚の一撃は、右膝の棘に刀を絡めとられていたスズカの顔を顎から額へかけて鋭く引き裂いて……。

「なっ……!?」

 いない。斬られた筈の容貌は傷一つ残らない。何かが伝った痕が闘争心と優越感をないまぜにしたような笑みの上に浮かび、静かに塞がっていく。まるでスズカの表層を”不可視の何か”が張り付いているように。

「こいつ、いったいどうなって」
「やるじゃん、死に損ない」
「呆けないの、マスター……こんなことでいちいち驚くなんて、先が思いやられるわ」

 足音立てずに着地を決めたメルトリリスはこれを予見していたように、そして心底退屈そうに肩を落とした。

「やっぱ醜いアルターエゴの中でもアンタだけは特別ね……ちょっと楽しくなってきたし」
「そう? 私は全然。大方BBからの入れ知恵だろうけど、私が”裏”から席を外している間に随分つまらない女になったのね」
「素直に羨ましいって言えばいーじゃん!」

 左方から襲い来る縦回転の一振りを片脚を軸に円を描くことでかわすと、そのままの勢いで右後方、本来ならば死角だった位置からの一突きを巻き込み、撥ね飛ばす。踊るようなその戦法は華麗であり、それでいながら付け入る隙を与えない。

 だが、

「……上だ!」

 巧が咄嗟に叫ぶ。一見すると見当違いの方向へ跳躍したスズカは、弾かれて飛来した刀の一振りを”まるで始めからそこにくるとわかっていたかのように”踏み石にし、高度を稼いだ大上段は攻防一体の回転において唯一無防備な頭上へと襲い来る!

「……貴女ならこうするだろうって、信じてたわ」

 ……その一撃は急制動と共に高く振り上げられたもう片脚とぶつかりあい、爪先と踵を地面に向けて際限なく尖らせたような二枚刃の間に阻まれた。

「ホント……ウザいっつーの」
「それはどうも」

――軸足一本で体幹を支え天高くピンと脚を伸ばすその様は、さながらバレエにおけるY字バランス。見る人が見れば称賛の拍手すら贈られたであろう、身震い一つない完璧な姿勢制御。
 ただ、今ここで彼女の踊りを見る者といえば芸術との縁はそれほど深くない男一人のみであり……装飾の他には何も履いていない女の肢体が殊更に扇情的に強調される、目の毒としか形容のしようがないその光景に彼は圧巻されつつ渋い顔をしていた。

「……フン」

 渾身の一撃に拘ることなく、スズカはあっさりと飛び下がった。メルトリリスが足先に少し捻りを加えれば、あるいは挟まれた刀を手元から取りこぼさせるか刀身そのものをへし折るかできただろうが……それすらも一瞬で見通したように。

「あら。貴女にしては慎重派なのね、スズカ」
「わざわざ畳みかけなくたって、KPのない今のアンタには絶対負けないし」
「はぁ……堕落ね。確かに私では絶対勝てないわ。張り合いのないみじめな女となんか、勝負する気にもなれないもの」

 スズカは一瞬目を丸くし……すぐさま眉根を細め、その語気を強めた。

「”カルマファージ”は勝者の特権。アンタが失い、私が手に入れたセンチネルの証! ……だいたい、私にお鉢が回ってきたのだって、元はと言えばアンタが役目を放棄したからじゃない」

 大きく息を吐きだすと、怒りの形相をしまいこんだスズカは飄々と笑みを浮かべる。

「――それに、このSE.RA.PHの有様も、アンタの零落も、全部全部、人間どもの自業自得! だから、私だって好きにやっても構わないじゃん? だってほら、ここじゃあ道徳も正義もないんだし! 最強サポートで邪魔なサーヴァントはみーんな始末して、聖杯をゲット! 願いを叶えるために、まずはやりたい放題できる”チカラ”を取り戻さないと、ってね!」
「やりたい放題、とっても素敵な響き。できるといいわねスズカ」

 繰り出す一撃がどれほど速く鋭くあったところで、相手の身体には届かない。
 メルトリリス、そしてスズカ。方向性の異なる二つの戦闘芸術は、一方を覆う謎の被膜――カルマファージと呼ばれたそれの有無によって勝機の是非をも隔たれていた。

「でも、」

 ……にもかかわらず、巧の方をチラと振り返ったメルトリリスは、酷薄な微笑を崩していない。

「貴女のそのKP、”ダメージ以外”は凌げるのかしら」
「……!」

 肉体を象るエーテルを覆うカルマファージの下で、スズカが小さく身震いした。

「私は快楽のアルターエゴ。毒と蜜の女王」

 朗々と歌い上げるその様は、己が背にした”か弱い人間”へとその恐ろしさを告げるようで。

「レベルは下がっているとしても、私のウイルスは凶悪よ?」
「――ビッチ。アンタ、初めから」
「当然。貴女より前のセンチネルですもの。さて、どうしましょう? 私としてはこのまま続けて”勝負にもならない”ままドロドロに溶ける貴女を眺めるのも一興なのだけれども」

 スズカは踏み出すべきか逡巡する様子を見せ……やがて刀を収めた。激しく旋回していた二振りも、戦意の低下を示すように勢いを緩めていく。

「はいはい、毒対策をしていなかったこっちの落ち度。仕方ないか、今回は引いたげる。もともと”こっち側”は私の管轄じゃないし」
「そう」

 メルトリリスもまた張り詰めていた力を抜くと、スズカはその肩越しに巧へ視線をなげかけた。

「さっきからすっかり置いてけぼりな凡……凡マスター!」
「あ?」
「ジコショまだだっけ、まだよね……でも、必要ある?」
「……ねえよ」
「ドーカン。だけど、”いずれ自分を狩る”相手の名を知らないまんまなんてかわいそーだから、特別に教えたげるし」

 滞空している刀の一つに飛び移ると、残る一振りを掴んで切っ先を巧へ突きつける。捕食者が被捕食者へと向けるような、慈悲のない冷たい瞳。

「――私は第四天魔王の娘、鈴鹿。”立烏帽子”、悪鬼殺しの鈴鹿御前! せいぜいそこの死に損ないといっしょに、束の間のごっこ遊びを楽しみなさい?」
「……」
「以上。かしこまり? それじゃっ!」

 跳躍。その姿は瞬く間に遠く、小さく。

――。

「――なんだってんだ」
「……」

 高飛車な女が去ってみれば、すぐ側には高飛車な女がもう一人。気の休まらない巧である。

「そろそろ、落ち着いたかしら」
「……おう。ありがとよ」

 フッと薄く笑むメルトリリス。同行する予定だった自称男装の麗人がわかりやすすぎるだけなのだが、それにしても表情から内心がうかがいにくい。

「お礼は不要よ。ちょうど私もマスターが欲しかったところだから」
「……」
「警戒するのも無理はないわね。アナタにとっては何もかもが初めての世界、初めての経験だもの。けど、必要最低限の説明なら私がしてあげる。道すがら、丁寧に、わかりやすく、ね」
「……だったらよ」
「何かしら?」

 アルターエゴ、センチネル、カルマファージといった独自用語、目の前の女の素っ頓狂な格好や踊るような戦闘スタイル、そして先程去った女の言う”人間の自業自得”……その他も含め訊きたいことなら山のようにあるが――。

「お前、なんで俺の名前知ってんだ……?」


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