I Adore You ( Swan Lake "Returns" part-I )

※五次創作です。二次創作、作品クロスオーバー等が苦手な方は申し訳ございませんが、ご理解の程、宜しくお願い致します。


本文の上に点やルビをふる表現ってnoteだとできないんでしたっけ?







――疾走る。
 海底を模した……あるいは本当に海原の底なのだろうか。床として均等に敷き詰められたキューブの色合いもまた深い青。そんなどことも知れぬ地を。

――疾走る。
 巨大な顎をもつもの、無数の触腕を持つもの、桃色に塗られた奇々怪々……雑然とした個性を持ちながらも、こちらに対して明確な殺意を持っている点において共通するそれらの隙間を縫うように。

――疾走る。
 己が撒いた有象無象の怪物を断ち切り刎ね割る”空飛ぶ刀”に追いつかれまいと、死に物狂いで。

 どうして、こんなことに。
 答えへとつながる情報がないわけではない。むしろ”あまりにも情報量が多すぎる”のだ。
 思索する余裕が欲しい。息を落ち着かせたい。限界を迎えつつあるこの足を一度休ませたい……。

 疲労を意識するや否や足取りは急激に重くなる。立ち止まっている余裕などないのに、振り切らないと、迫る刃がこの身体を。気力を振り絞り、走る。駄目だ。限界だ。足取りがおぼつかなくなり、よろめく体勢を整えようと思わず立ち止まる……。

 瞬間――眼前を抜ける、横薙ぎの一刀。

 全身を流れる冷や汗。”空飛ぶ刀”は一本だけではない? だとすれば、己を付け回したもう一本は……?
「……!」
 遮二無二飛び込む。うつ伏せから仰向けへ転がり上体を起こすと、さっきまで自身がいた場所を”空飛ぶ刀”がクルリと舞ったのが見えた。判断が遅れていたら、あるいは……。

「へえ! 今のをかわせちゃう!? 運のよさだけじゃなさそーな感じジャン」

 声のした方へ首を向ける。
 朱色の鞘を背負い鋭い刀を手にした、上下で白と赤を隔てた衣装の美女。薄橙色の長髪の頂点には、獣のような一対の耳。そして左脇に肩から提げられているのは、

(……学生カバン?)
「BBちゃんの言ってた新顔って、キミだよね? 顔はそこそこイケてるけどー。ま、ナイナイ」

 朗らかな表情に釣り合わない眼光の冷たさに思わず身構える。いつの間にか彼女の周囲を衛星のように二振りの刀が滞空している。やはり、先程の刀の主はこの女で間違いないようであり、

「"人間のふり"したいなら――全然隠せてないその薄汚いニオイをどうにかしなきゃ、ね?」

 彼女は、敵意を持って自分と相対している!

「セイバー、アーチャー、キャスター!」

 ……ダメ元の絶叫はしばし反響し、虚しく消えた。

「……くそっ」
「ふ……アハハハハ! ダッサー、いくらなんでも往生際が悪すぎっしょ。だいたい、自分の状況なら他でもないBBが解説済じゃん? 女の話を聞かない奴はモテないぞ?」

 嘲りたければ気のすむまですればいい。一分一秒でもいい、殺されない時間が必要だ。そのためなら道化にだってなろう。自分はどうして彼らを呼んだのか、何故彼女らは応じないのか。知っているなら思い出せ、振り返れ。死を目前にした今こそ、思考回路を整理しろ……!

――。

 ――五月。日本であれば春も更けていよいよ梅雨を迎え、来たる夏へと期待膨らませるこの時期に、彼は狭くもなければ広くもない自室で何をするでもなく天井を見つめていた……つい先ほどまでは。

「5月、行楽シーズン! であるならば答えは一つ! マスター、余と共に海へと赴こうではないか!!」
「いいかマスター、常々言っているが性格面並びに魔術回路の脆弱さゆえに君の魔術師そのものへの素質は極めて低い、ハッキリいって不向きだ。だがしかし、決してないわけではない。0と1とではまるで違う。だからこそ! 予定にできたこの間隙を以て己自身の鍛錬を重ね、魔術使いとして先へ先へとつなげるべきだと私は思う!」

 いつの間にかやってきていた自称男装の麗人と自称弓兵に挟まれて、青年は煩わしげにため息。同じく居座っている自称人妻巫女に視線で不満を訴えるも、手綱を握ることなどとうに諦めているのか、苦笑だけが返ってくる。

「マシュでも連れてきゃいいじゃねえか……」
「そういう問題ではない!」
「うむ!」

 どうやらどちらかの意見を飲み込む以外の選択肢は用意されていないようであり、青年にとってはどちらも簡単に首肯するには難儀な事態ではあった。
 レイシフト――疑似霊子変換投射。一度仕組みを仔細に説明された結果、何もわからない、あるいは理解が及ばないこの行為に、どうした因果か青年は適性を持っていた。とある街頭の出口調査に偽装されたテストでそれが判明するや否や半ば拉致に近い形で招致されたのが、2015年。
 それ以来様々な時代、様々な世界を旅してきたとはいえ、青年にとって未だに魔術という概念と魔術使いという生き方はピンと来ないところがあり、かといって連れられるままに自発的にはしゃぎ倒せるほど明るい性分ではないという自覚もあった。

(だいたい、季節のイベント事ってのにはろくな思い出がないぞ)

 思い返す諸々……お月見のはずが月の女神アルテミスに振り回された9月、あれがケチの付き始めだった。
 ハロウィンはチェイテ城に強制誘致され、クリスマスにはトナカイマンと死闘を繰り広げ、年が明けたバレンタインではチョコを巡って一騒動。
 しばらく行事に巻き込まれずホッとしていたのも束の間、サマーシーズンには影の女王のウッカリに巻き込まれ孤島開拓に勤しみ、そして忘れられないあの威容……いや異様。そう、チェイテピラミッド。
 追い打ちが如き早すぎるクリスマス、すなわち……トナカイマン・リターンズ。

「……あったまいてえ」
「む。わかる、わかるぞマスター……この家庭教師気取りにカンヅメさせられる予感に早くも頭脳が悲鳴を上げているのだろう。だからこそ今、ここは海で余の水着をじっくりと眺め、心の安寧を培い……そしてめちゃめちゃに、そうっめっちゃめちゃに褒めたたえるべきではないだろうか!?」
「口車に乗せられるなよ。君が魔術を敬遠する気持ち、わからないではないがしかし! 今ここで苦手意識を克服し一皮むけることで、得られる発見は一つ二つでは済まないだろう、それこそ行楽以上の楽しみを見つけられるはずだ!」

 一切の飾り気なしに本心をぶちまけている少女はともかく、教師面したこの男こそが最も厄介なのだ。日頃自分が放置している問題児の応対を一身に引き受けているからこそ、彼の自分へ対する扱いの遠慮のなさたるや。
 十中八九、「必要以上に得るものはあるが必要以上に過酷な」修行が彼のストレス解消のために待ち受けているだろう。たまったものではない!

「お前らなあ、いい加減に……」

 すこし語気を荒げた青年の言葉を遮るように、通信音が室内に伝う。

「あーテステス。自室待機中のスタッフに通達します」

 透き通るように綺麗で、それでいて芯の通った声色。マシュ・キリエライト。自称、青年の後輩。数々の特異点、そして数々の不可解季節行事を死に物狂いでくぐり抜けてきた歴戦の兵……現在はその反動で療養中、オペレーターとして青年を変わらず支えている。

「海洋油田基地セラフィックスからの定時連絡が――セラフィックスにご友人がいらっしゃるスタッフさん。お時間があれば管制室に――次回は3か月後になりますので――」

 青年、そっと立ち上がり、扉を開く。

「む? どこへ行くのだマスターよ、そもそもセラフィックスとは?」
「ここの資金源だかなんだかだろ、前に聞いた」
「海洋油田か……あまりいい思い出はないな。それで、君は何か用事でもあるのかね」
「……ああ、あるともたんまりある。向こうにいる知り合いとナイショの話がしたいから、お前らは絶対ついてくるなよ」

――。

「ちがう!」
「……は?」
「あー。なんでもねえ」

 あっけにとられた女から視線を背け、慌てて首を横に振る。確かに始まりはそこだった。だが、事の起こりはもう少し先で――。

「もーしーかーしーて。時間とか、稼ごうとしちゃってる系?」

 宙を舞う刀が、回転の勢いを増していく。

「アハハッ、無駄無駄。サーヴァントをアテにしてるんだろーけど、少なくとも”瞳”、つまりこのゲートにはいない。声も届かないってワケ。おわかり?」

――ぷっ。あは、あはは、あははははははは! ちょっろ~~~い! ちょろすぎです、センパイ。
――そう簡単にレイシフトできると思いましたかぁ? セラフィックスへのゲートには入場制限があるんです。正面ゲートから入れるのは、容量1GB未満の、ミニマムなセンパイだけ。

(――そうだ、ここにいるのは、自分だけ)

「ああ、わかるぜ」
「だったら抵抗しようなんて気持ち捨てて、尻モチついたままさっさと死んじゃった方が身のためジャン」
「――お前こそ、わかってんのか?」
「……?」

――私たちがいるからといって全部投げ出すのも考え物だが、かといって君のその力はあまり使わない方がいいだろう。
――ええ。マシュも私たちも全部ひっくるめて貴方だと理解していますが、万人みんながそうなることは……少なくとも今は望めませんから。
――なにより、そうまでして前に出るより余たちが戦った方が手っ取り早いし、強いからな! ……マスター、どーんと構えてしっかり周りを見るのが貴様の仕事だぞ。

「人間じゃないなら、俺はなんだ?」

 全身が沸騰するような高揚感に包まれていく。五感は鋭敏になり、己を見下ろす女の瞳の中身までクッキリと映り込んでくる。

「こいつ……!?」

怪訝そうに構える女の瞳に映る己の顔は、まるで灰色の縁取りが獣の貌を描いているようで……。

「――嘆かわしいわね」

 “なりかけ”の己の感覚は人間のそれよりは鋭敏なものの、”なった”己よりは劣る。だからこそ、眼前で起きた出来事は見間違いではないのかと、一瞬理解に苦しみ戸惑った。

「なっ……!」

 横っ面から飛来した何かがわき腹に突き刺さった女が、およそ20メートルは吹き飛ばされ、地を跳ね宙を舞った。そして、突如として飛来したそれもまた――。

「ええ、本当に嘆かわしいわ」
「――お、女?」

 集中が乱され、”なろう”としていた肉体が萎縮していく。獣耳の女が吹き飛ばされた彼方を見やっていた新手の女……ひどく明け透けな下半身をした、ざっくばらんに言ってしまえば"痴女"の一言で片付く女は、視線を己へ移してため息をついた。

「お前は……?」
「言っておくけど、これは気まぐれ。でも――感謝しなさい。この私がか弱い人間を直々に助けてあげるなんて、本当だったらありえないんだから」

 尻餅をついたままの己を、女は心底くだらないものを見たように見下ろした。

「そして重ねて感謝なさい。ちょうど私も、都合のいいお人形が欲しかったの」
「なに」
「……察しが悪いわね。アナタのサーヴァントになってあげるって、そう言ったのよ? だってそうしないと、ここで死ぬもの。アナタ」

 サーヴァント。"128騎呼ばれ、最後の1騎になるまで殺し合う"存在。目の前のこの女も、その1騎だというのだろうか……。

「……おまえ、何者なんだ?」
「――ええ、名乗らないとね。私は快楽のアルターエゴ。メルトリリス」
「ある……?」
「ほら、時間はないわよ。気まぐれでアナタの剣になってあげる、だから――」

 女の口元が、ニッコリと酷薄に三日月を描いた。

「――だから、奴隷のように頷きなさい? アナタが、私のマスターだって」
「……」

 左手に刻まれた紋様、三画の筆致で描かれた図が赤く煌めいた。何者なのか、信用に足るのか、全ては後々考えればいい……やるしかない!

「……あとは私に任せなさい。アレは吹っ飛ばされただけで、きっと全然効いてないから、巻き込まれないように離れていて――だけど」

 メルトリリスと名乗った女は皮肉げに微笑んだ。

「私、基本的に人間を信用していないから、一度でも私の視界から消えるほど離れたら――逃げたとみなしてドロドロに溶かしてしまうかも、しれなくてよ?」
「……逃げねえよ」
「なら、結構」

 跳ね起きた獣耳の女が跳躍して襲い来る。メルトリリスの言う通り外傷が生じた様子すらなく、ただその表情に怒りを浮かべたままに刀を構えている……!

「さあ、華やかに踊り、しなやかにブチ抜いてあげましょう……せいぜい見惚れることのないよう、だけど決して目をそらすことなく、ただただ魔力を回しなさい――乾巧!」

――。

 獣は王を守る力を知らぬままに世界を救い、新たな危険に誘われるままに海の底へと墜とされた。
 白鳥は――。

次回 #2

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