Silhoutte( Swan Lake "Returns" part-III )

※五次創作です。二次創作、作品クロスオーバー等が苦手な方は申し訳ございませんが、ご理解の程、宜しくお願い致します。

前回 #5









「お前、この……脅かすんじゃねえよ!」
「ハハハ、セリフと表情が一致していませんよ、イヌイ」
「……るっせーな」

 破顔談笑する男二人。

「あなたやアーチャー、バーサーカーと合流するつもりが随分と手間取ってしまいましたが……なに、これでどうにかなるでしょう」
「あ? バーサーカー……いや、俺はエミヤとタマモと……」

「? ええ、エミヤとタマモ、そして私が呼ばれたのではありませんか」
「??」
「???」
「……おい!」

 男はようやく、すっかり取り残された女をジッと見た。

「……知らない。そのままずっと乳繰り合っていれば?」
「変ないじけ方するんじゃねえよ」
「いじけてません! ……知らないのは本当よ。ええ。本当に知りません。ガウェイン、円卓の騎士、太陽の騎士。貴方のことは知っているけれど……“ここにあなたがいるはずがない”」
「どういうことだよ」

 巧の片眉が吊り上がった。

「SE.RA.PHに喚ばれた128騎のサーヴァントにガウェインなんていないのよ。どうして……」
「? ……ええ。わたしはカルデアから来訪した、正真正銘のイヌイのサーヴァントですからね」
「だから、それを知らないと言っているの! カルデアから救援? 私だけが頼りになるはずではなかったの!?」

「落ち着けよ。お前が知らないったって、んなの当たり前じゃねえか」

「……!」

 押し黙り俯くメルトリリスに眉をひそめ、巧はガウェインにジェスチャーで“ちょっとあっちいってろ”と示すと彼女の耳元に歩み寄った。

「合流できたら話そうと思ってたんだよ……会えるかどうかもわからなかったからな」
「……そう」

 まぶたを閉じて深呼吸。パチリと開いて見下ろす瞳は、既にこれまで幾度となく見てきた毅然とした少女……と呼ぶにはまだいくらか不安げだった。

「……あいつがジルみたいな手合いじゃないってわかったのはありがたいけどよ、そもそも俺がカルデアから呼んだセイバーはあいつじゃないんだぞ」
「心配?」
「まさか。あいつはかなり……そこそこ強いからな。そこそこ」
「そう、ならいいじゃない」
「……なんだよ」
「別に」

――。

 アンビリカル・ヘアを伝い中央施設へ歩みながら、巧たちとガウェインはお互いの持ちうる情報を交わす。残念ながらガウェインが知っていること――サーヴァントの暴走であるとか、索敵し急襲するエネミーであるとか、その多くは巧にとって既知の情報ではあったが……『自分の観測範囲外でも同様の事態が起きている』という認識の共有は決して無駄ではない。

「どこもかしこも似たような感じなら、中央施設ってのを狙うままでよさそうだな」
「私の考えに不満でもあったの?」
「そうは言ってねえだろ」

 刺すような視線に応じて巧が顔を動かすと澄ました顔のままにフイとそっぽを向かれる。ガウェインと合流してからというもの、ずっとこの調子だった。

「まあまあ。彼女の言う通り時間がないのはおそらく事実。ここは従ってみようではないですか」
「だから、不満はねえって」
「……それに立ちはだかる者がいようとも」

 白銀の鎧の騎士は決して軽くはないであろう質量の詰まった大剣をひょいと振るい、触手じみたケーブル群より飛び出でた攻性プログラムを撫でるように切り落とした。

「御覧の通り」

 真っ先に飛び出したものの上下が泣き別れになり墜落したのを嚆矢に、無数の無機質な怪物が這い出し、蔓延る。

「……タクミ」
「下がってろ!」

 飛び出し庇おうとした女を制し、男はかえって一歩前に出た。

「……え」
「ガウェインに任せとけ」
「でも!」

「お前が出ても邪魔なだけだ」

 “どうして”そう口を開きかけたメルトリリスの前で、怪物の群れが斬られ、叩かれ、潰され、折れる。乾巧は彼女を捨て置き銀の騎士に並び立つ。真一文字に結ばれた唇が小さく震えた。

「攻性プログラムとやら、幾度か交戦こそしましたがこれほどの抵抗は初めてか……なにやら重要なものを護っている、そんな気配です。彼女の発言は信用に値するかもしれません」
「おう」
「ただ、信頼するかは別ですよイヌイ。つい先日の新宿……手ひどくやられたこと、どうかお忘れなく」
「……わかってるさ」

 “悪しき己から分離した善良さの化身”を名乗ったその男はどこまでも乾巧のために親身に接し、己の犠牲を顧みず、だからこそその発言も献身も真なる目的のための導線に過ぎないことは最後の最後まで気づけなかった。

――メルトリリス。此度の元凶、狂いしAIであるBBから“分け隔てられし者”を名乗る少女。それを先日の“善なる者”と比較した上で差異を見出すとするならば……悉く不自然な一挙一動が真っ先に挙がるだろう。具体的に何がどう怪しいという実例は浮かばないが、彼女が“お題目”として掲げる諸々とその情緒とにはどうにも繋がらないような、微かな違和感があった。

「とはいえ、貴方は信じてしまうのでしょうね」
「……」
「はっはっは」
「たく……」

『ええ、きっと貴方は信じてしまう。隠し事の多いアルターエゴも、頼れる騎士と同じ霊基のセイバーもみな平等にここでは信じるに値しない。それでも……裏切られたならその時どうにかすればいい、それまでは信じていたい。それがあなたですものね、たっくん?』

 開けたフロアに、その少女は立っていた。

「BB」
「はいはーい、皆さんを管理するスーパーAIのBBちゃんですよ? その落ち着き払っているようで動揺を隠せない態度もボス戦が唐突に始まったときみたいなリアクションで私好みです」

 軌跡が煌めき、剣戟が宙を舞った。無呼吸の突進から放たれた必殺の一撃は寸前でせき止められ、弾き飛ばされるに任せて再び距離を取る。

「……やはり」
「んもー、ガウェインさんったら無茶なことして! SE.RA.PHは既に私のもの。それを支配する私をここで倒せると思うこと自体がハチャメチャですからね」
「マスターはレディを連れてお下がりを」

 チラと振りむいたガウェインに頷き返した巧を遮り、メルトリリスがガウェインより一歩前、BBと向かい合うように立った。

「あなた直々に来るなんて、ルール以前にポリシーに反していないかしら?」
「それはお互い様でしょう、“コレクター”さん。今回のあなたはヒト一人相手に随分と悠長じゃありません?」
「……」
「……まあ、いいでしょう。あなたに用があったわけではないのですから」

 パチリと指が鳴る。攻性プログラムの群れが引き下がり、かき分けられた道の真上に“穴”が開いた。

「ええ、私の用向きは貴方。乾巧、128騎のサーヴァントが生き残りを賭けるこの聖杯戦争でそのいずれのマスターでもない“おじゃま虫さん”。本来貴方の招集はセンチネルなり参加者なりにさっさと始末されるのを楽しむ座興のつもりでしたが……キャスターを撃破してしまったとなると、さすがにゲームの管理者としては看過できないのですよ」
「だったらなんだよ?」
「消えてもらいます」

 降り来る影。ローブを纏っていても人の形をしていることはわかる。だが、その中身が見えない。“シャドウ・サーヴァント”の同類? そんなはずはない、巧は即座にその望ましい可能性を切り捨てた。BBの用意した必殺のカード。たかが“影法師の影”であるものか。

「ガウェイン」
「お任せを」

 影の着地と同時にガウェインが駆ける。先手必勝、態勢を整える前に仕掛ける。

「!」

 ……急制動したガウェインの鼻先を何かが掠めた。皮が爆ぜ、血が伝う。

「おおー、さすがはガウェインさん。あれを見切りますか」

 一つだけ色の違う攻性プログラムの上に座したBB、気のない称賛。

(アーチャー、あるいはキャスター、もしくは飛び道具にまつわる宝具の持ち主? 外見的特徴さえわかればタネの一つも割れそうなものですが……!)

 BBの乾いた拍手を聞き流し、ガウェインは再び走る。命中しかけた攻撃が己の疾駆を察知した偏差射撃だというのならば狙い撃ちを避けるためにも足を止めるわけにはいかない。
 もしも地雷めいた仕組みのトラップが敵の戦術で、動けば動くだけ窮地に追いやられる盤面が出来上がっているのだとしたら? ――当然、走る。自分の間合いは近距離であり、聖剣の解放……すなわち遠間の相手だろうと始末し得る手段はマスターへの負担が著しい文字通りの切り札だ。加えて、乾巧は既に令呪を2画使い切っている。

「マスター、レディと中央へ!」
「お前は!?」
「時間を稼ぎます」

 BBは乾巧らの始末を自身ではなくこの何者かへと委託した。自分で手を下さない理由は? あるいはただの気まぐれか。なんであれ、己の攻撃すら通さない無敵の存在が立ちはだかっていない。これに賭けた。

(なればこそこの刺客へ希望的観測はできまい。BBがこの場の支配者であるなら、一時的に己以上の力を付与することさえできるだろう。だが!)

 前方より襲い来る無数の攻撃が鎧を砕き、手甲を割り、肉をちぎる。だが、突進は止まらない。白銀の鎧越しに、騎士の腕が緑の絹帯へと鎧越しに触れた。

「――届いたぞ」

 矢弾の嵐は掻い潜られた。剣は掲げられ、そして振り下ろされる。

「……」

 上段からの袈裟懸け。まごうことなき“致命的な一撃”であった。にもかかわらず、手応えがない。

「……これは」

 不可視の刃が全身くまなく突き刺さり、ガウェインの両膝は地についた。

「――ああ、なるほど」
(この瞬間まで手の内を隠しているとは……)

「お見事」

 太陽の騎士、その心の臓を見えざる切っ先が貫いた。

 どうと音を立てて倒れた男を振り返らず、ローブをまとう影は歩みを進める。男にその場を任せ駆けだした二人が消えた"セラフィックスの中心"、その奥へと……。

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