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スタントマン/5分で読める現代短歌27

映像へカットがかかったその後もスタントマンに火がふれている

/川村有史「撤退戦」『ブンバップ』

 うつくしい歌だと思う。哀切の歌だとおもう。
 おそらくは映画、のメイキングかもしれない映像の、何かしら火炎のシーン、の終わり、なのだけど〈その後も〉から、もういちど時間が動き出す感覚がある。そして、その時間には終わりが無い。
 映像作品には始まりと終わりがあって、私たちはそれを外から観ることができる。けれど、その時間のなかにいる限りは、自身の始まりと終わりを視ることができない。主体的に生きる限り、自身の客体にはなり得ない。

映像へカットがかかったその後もスタントマンに火がふれている

 初句〈映像へ〉の助詞〈へ〉で、主体と客体が二分される。近代短歌において示されない作中主体を前提に、〈映像〉は客体。"こちら"から目指されるもの。眼差されるもの。いまこことは違う時間軸。
 しかしその時空間もすぐに〈カットが〉かかって終わる。終わる様をすらこちらは観ている。終わる時間のなかから逆にこちらを観ることはなく、一方から他方をのみ観察できる構造、それは文字通り次元の違いであり、さらにそれをメタ視しようとすれば、高次の特権的ですらある。
 〈映像〉は二句〈カットがかかっ〉て終わるのだが、しかし、三句〈その後も〉でギアがもういちどかかる。停まりかけた世界のエンジンに火が入る。二句〈カットがかかった〉の詰まった韻律が、三句でのグルーブを印象付ける。

映像へカットがかかったその後もスタントマンに火がふれている

 〈スタントマン〉にとっては、その〈火〉は虚構ではない。作品のための用意された〈火〉ではあるが、嘘ではない。
 また、そもそも〈スタントマン〉という語の斡旋もすばらしい。〈カット〉だけでは心もとなかった背景情報が付与されるし、映像/演技/身体の全方面にふれている絶妙な立ち位置の語だとおもう。スタントマンは、その映像世界における登場人物、ですらない。俳優よりさらにこちらとあちらに片脚ずつ立つような、そしてその架橋を文字通りその両脚をもって成す。

 もしこれが《スタントマンが火にふれている》だったときのことを想像してみる。なるほど、字面通りの"身体性"という点では火よりもスタントマンのほうが体を持っているだろう。しかし、そもそも接触面は相補的でしかありえない。触れるときは触れられているのだし、触れられるときは触れている。
 そしてわたしたちの外界との接し方は、触れられるようにしてしかあり得ないとすら感じられる。火にふれられるようにして、わたしたちは外界のすべてから侵されている。結句〈火がふれている〉の身体性をもって、映像のなか、ではなくそこで生きている時間軸そのものに主体は、そしてその手前にいる読者は近づく。

映像へカットがかかったその後もスタントマンに火がふれている

 映像が終わったあともふれてくる火、この歌が連作「撤退戦」のさいごの一首であることも考慮に入れたい。連作には、はじめとさいごがある。けれどそのカットがかかっても、その時空間が閉じられても、それはこちらからの観察が終わるだけであって、それそのものの終わりではない。
 撮影が、見せ場が終わってもスタントマンに火がふれているように、わたしたちは火にふれられながら生きていく。人生がつづく。


 歌集『ブンバップ』のなかでこの掲出歌は、かなりスタンダードな抒情に忠実な一首で、実は少数派ですらある。どうしたってぼく自身の好みがあって偏ってしまうが、しかし他の歌が好ましくないかというとそんなことはなく、こういった王道の歌があることで、歌集全体が締まるし、底上げされるというか、他のエッジの効かされた歌たちを信頼できる気がする。

 「撤退戦」という暗喩は歌集全体に通奏する人生観やモチーフであるし、同時に、その人生観への反骨心ですらあるだろう。とても印象深い。短歌にする、という営み自体がメタ視なしには起こしえない、そのうえで、自分のベースカルチャーにも短歌にも敬意と開拓心を持って、両脚で立つ。
 ポップカルチャー、ストリート生まれ短歌育ち、悪そうなやつもイイやつもほどほどにともだち。いい歌集です。他に好きな歌たちから何首か引いて終わります。


学生の友達とカラオケに行くみんなで知っているヒット曲

/川村有史「六月の火」

公園に土鳩の群れがふたつあるどちらかが後からできた群れ

/川村有史「こち亀は警察の職場」

ころがった硬貨は自販機の下で桜の面がおもてだろうか

/川村有史「すこしの待ち時間」

置いてある窓辺のあれは百合の花その日は強くそうだと思った

/川村有史「百合の花募金」




 本人による選曲プレイリスト+短文がnoteにあるのを見逃していた。聴きながら読み返してみようかな。


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