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ディスビデオ/5分で読める現代短歌21

This video has been deleted. そのようにメダカの絶えた水槽を見る
/岡野 大嗣


 岡野大嗣だいじの第一歌集『サイレンと犀』(2014)より。
 木下龍也(『つむじ風、ここにあります』『きみを嫌いな奴はクズだよ』)の影響を受けたと公言しているとおり、社会や生死へのシニカルな態度、ポップさを備える。木下との共著『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』(2018)や、第二歌集『たやすみなさい』(2015)、谷川俊太郎を迎えた木下との三人共著『今日は誰にも愛されたかった』(2019)も大いに売り上げ、現代短歌にひとつの潮流をたしかにうんでいる歌人のひとりだろう。木下フォロワーだった岡野が木下とともに仕事をし、さらにフォロワーを得ているの、エモいですね。

 上述のようにもはやワンセット・バディとなりつつあるような木下と岡野でも、それぞれに歌の特徴がある。岡野の歌が木下のそれと大きく異なるポイント、それは態度、モチーフに対する価値観・スタンスの、どことない暗さだ。なんだか後ろめたいような、やや厭世的なような、ほの暗い靄のなかに皮肉ポップをやっている。第57回短歌研究新人賞で次席となった連作「選択と削除」などにも、その特徴は明らかだ。

This video has been deleted. そのようにメダカの絶えた水槽を見る

 おそらくは飼っていたのだろうメダカが死んでしまい、水草や砂利、ポンプといった環境だけが残された水槽を見ている。〈絶えた〉とあるように、何匹か飼っていたもののゼロになってしまったのだな。微妙な語の選択一つの重要性を改めて感じる。
 そういう微に入るまえに、まずこの歌の中でとくに目を引くフレーズに触れろという話があるだろう。上句〈This video has been deleted.〉直訳すると「この動画は削除されました。」 しかし、このフレーズはただのワンセンテンス以上のコンテクストを引き連れる。

This video has been deleted.

 これは、ある有名な海外のアダルト動画サイトで、削除された動画を視聴しようとした際に表示されるエラーテキストなのだ。インターネット的あるある。

 もちろん、岡野がこういった背景を理解/意図せず使った、と考えることも可能と言えば可能だ。ただのワンセンテンスですからね、This video has been deleted. しかし間違いなく知っていて使っているとわたしが確信する理由は、その文脈に乗ることで前述した岡野の薄暗い皮肉っぽさがより強まるからだ。

This video has been deleted. そのようにメダカの絶えた水槽を見る

 上句・下句ではいずれも、ある種の動画的せいが失われた跡のことがうたわれている。
 〈This video has been deleted.〉は、これまでそこにあって管理・閲覧されていた性の動画が失われたことを表している。喪失のいち空白として、再生フレームとそのメッセージだけが遺されている。これと同様に〈メダカの絶えた水槽〉も、飼育・鑑賞されていた動く命の喪失とその名残だけが遺されている。
 構造として、同じなのだ。

 この相似は歌のなかで〈そのように〉と挿入されているのだが、ここで読みにひとつの分岐点が生じるかもしれない。

〈そのように〉〈絶えた〉なのか、〈そのように〉〈見る〉なのか。

This video has been deleted. そのようにメダカの絶えた水槽を見る

 私は、後者で読んでいる。

 無論、上句〈This video has been deleted.〉直訳すると「この動画は削除されました。」に則せば前者が近しいだろう。“削除されました”のように絶えた。〈見る〉ではない。
 しかし、ここで上句の引き連れる文脈が再び影響してくる。〈This video has been deleted.〉は、見られることを前提とされたテキストなのだ。このテキストを、ひとは見るのだ。
 こう踏み込むとき、〈そのように〉は“そのような見方で”と主体の振る舞いに関する描写になる。

This video has been deleted. そのようにメダカの絶えた水槽を見る

 飼われていたメダカの死んだ水槽、しかしその死はそこになく、名残としてそのメダカたちの暮らした環境だけがそこにある。この構造は、有象無象と化したサイトにアップロードされ世界中から閲覧される人間の性行為動画の削除された痕跡と変わりないのだと、いや、ひょっとすると、この社会というシステムそのものにおいて代わりある私たちの命そのものなのかも――

 生死、キャッチーさ、皮肉とシステムと厭世観。
 岡野の歌の、ある側面が強く表れた一首だろう。

This video has been deleted. そのようにメダカの絶えた水槽を見る
/岡野 大嗣「Hello, My Low」


Amazon『サイレンと犀』(20200725現在、Amazonリンクの埋め込みに失敗)

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 岡野と木下が、今夏、短歌賞の審査員を務める。既発表可の100首。

 大賞受賞者には歌集出版が約束されているが、そうでなくとも〈すべての「応募作」を選考者が読み選出します。〉とあることからも木下・岡野フォロワーたちの応募の殺到が容易に想定される。

 これを主に読んでくださっている層は100首、多いと感じるかもしれないが、せっかくなのでつくってみてはどうでしょう。別に出さなくてもいいのだし。

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 また、岡野の活躍を考えるとき、歌集の表紙・挿絵を担当しているイラストレーター安福望のちからを除くことはできない。岡野の歌に限らず安福が短歌に絵をつけてツイートしていた時期があり、それらからまとめた書籍『食器と食パンとペン』もかわいいので是非チェックです。

Amazon『食器と食パンとペン




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