熱く燃える男のリング禍から考えたこと

かつて、リングの中をさっそうと飛び回る一羽の不死鳥がいた。
かつて、リングの中にそびえたつ一つの大山があった。
かつて、方舟の盟主として駆け抜けた緑のエロ社長がいた。

しかし彼らはみな共通の原因でリングから消えていった。
リング禍、もっと言ってしまえば頸椎損傷である。

そしてまた一人、リングに熱く燃え盛る炎が消えかかろうとしている。
男の名は、大谷晋二郎
先日のリング禍で負傷し、今もなお病院で戦い続けている男である。

私は彼ほどプロレスに熱い男を知らない。しかしながら、リング禍の報道が出た際に「ああ・・・起きてしまったか・・・」という感情の方が不思議と強かった。これにはいくつか原因がある。今回はそれを記事にしたいと思う。

1.大谷晋二郎という男

まずはこの記事を読む方でこの男を知らない人のために、簡単に触れておきたいと思う。

プロレスラー大谷晋二郎。
彼は地元に巡業に来た新日本プロレスに魅せられた。
いつか自分もあのリングに立つ。
その思いから半ば家出同然で飛び出して入門。ボロアパートに住みながらも懸命に練習した。
ジュニアヘビー級としてスワンダイブ式の各種蹴り技と顔面ウォッシュ、それから何よりその熱い性格で一躍王座戦線へ。
90年代の新日本ジュニアを支えたレスラーだった。

内部での信頼も厚かった。若かりし頃の真壁は先輩たちの理不尽とも言えるシゴキ(理由は割愛する)と戦うなかで彼の熱くそして理知的な姿に傾倒していたという。

その後、橋本真也の立ち上げたZERO-1へ移籍し、田中将斗との名タッグ「炎武連夢(えんぶれむ)」や火祭りでの活躍で、決して順風満帆とは言えない団体を引っ張っていく。ヘビー級になってからはコブラホールドやスパイラルボムで主役を張っていた。

しかしここ数年は正直なところ精彩を欠いていたといっていいと思う。プロレスラーたるもの、激闘による勤続疲労はどうしても出てくるし、数年前に全日本のチャンピオンカーニバルに参戦した際も途中で長期離脱になるような負傷をするなど、明らかに全盛期からは遠ざかり始めていた。
しかし彼はZERO-1の看板として前線を張り続けなければならなかったのかもしれない。

そこにNOAHが助け舟を出した。それが今回の事故につながっていく。

2.今回のリング禍にかかった原因

私としては今回のリング禍には以下の原因があると思っている。

①杉浦のパワフルさ

杉浦貴。齢50にしてなお筋骨隆々な体を維持し、最前線で戦い続けるNOAHのスター選手である。
彼の技は多い方ではないが、持ち前のパワーを活かした技と、レスリング仕込みの極め技で戦う、シンプルなレスラーだと思う。
それがゆえに非常にパワフルな戦いをする。
NOAHの全盛期を知る彼にとって、激しいプロレスの方が得意であるし、長年知る大谷への信頼度は非常に高いものだったと思われる。
※ここで言う「信頼度」とは「しっかりと受け身を取ってくれるからこそ多少激しい技をかけても必ず立ち上がってくる」というものである。

②王座戦であったこと


プロレスにとってその団体で一番格式の高いベルトというのはやはり特別である。そして自団体最高峰のベルトを他団体の人間(一般には「外敵」と呼ばれる)が持っている状況見ている分には盛り上がるが、自団体としてはやはり避けなければならないのだ。
そして強い外敵を倒して勝利することが興行として盛り上がる。いつの時代もそうなのだ。
最高峰の王座戦にはやはり最高峰の内容が求められる。これが非常に難しい。王座戦でしょっぱい試合をすればそれこそ団体の権威にかかわるのだ。
ましてや今回の王座戦は旗揚げ記念興行。団体として高いものが求められるもので、コケればそのまま団体が傾きかねないレベルの試合だったのである。

③前回の王座戦の内容



防衛ロードに関して、前回の王座戦もやはり大きかったと思う。

先述の通り、プロレスには「ブック」、すなわち「ある程度の方向と勝ち負け」が決まっている。これを作成するブッカーは団体の花形でもあるだろう。
しかし、ここが難しい。ブックが悪いと盛り上がらないし、ブックが「見えすぎても」いけないのだ。変な話、それまでの試合までの流れ(一般に「アングル」と言う)から今度のタイトルマッチの勝ち負けをある程度予想できたとしても、ファンとしてはそれも踏まえて楽しむのだ。そのなかに激闘があるからファンは感動するのである。

前回のタイトルマッチ、私は正直なところ菅原の勝ちブックと言う認識でいた。菅原の年齢から考えても円熟期に来ているし、激闘の上でしっかりと勝利して、旗揚げ興行は若手の勢いのある選手とやって、「ZERO1にも、確実に未来の世代が育っている」と思わせる方向だったと推察している。実際にいるのだから、この方向性はアリだったと思う。

これに失敗したのも、最後の最後で菅原がムーンサルトをしくじったことにある。
しくじり…とも言いづらいかもしれない。ただ、決めにいってバッチリ決めればそのままフォールで一件落着だったはずなのに、少しズレてしまったのである。
映像を見る限りでは「もしかしてひねろうとした?」と言う感じもあったが、明らかにまっすぐ飛んでいない。それが顔面に刺さり、杉浦がキレた、と考えている。そのくらいあのフロントネックロックには殺意があった。

杉浦のフロントネックロックはこれまでも数多くの名レスラーをオトしてきた大技だ。それを終盤まともに食らったらああなる。

さて、となると旗揚げ興行は誰が行くのか。こうなったはずだ。そこに万全とは言えない大谷を出さねばならなくなったのも団体の現実なのだろう。
思えば、一時期ジュニアに戻ったり、ガンバレ☆プロレスの現場監督になったりしていたのも、怪我の状態があまりにも良くなかったからなのではないだろうか。

しかし、彼は恐らくもっとコンディションが悪くても行っただろう。そういう男である。もっと言えばそれだけ死ぬ気でリングに上がってきた男に手を抜くなんてことはしないし、全力で相手する。杉浦もそういう男なのだ。
今回の一件で杉浦を責めるのは絶対にやめてほしい。ただただ不幸な事故なだけなのだ。いろんなことが重なってしまっただけなのだとしておいてほしい。

今はただ、熱い男が無事にリングに戻ってくることを祈り続けている。
彼にはまだまだプロレスの教科書を紐解いてもらわねばならないのだから。


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