サステイナビリティを「持続可能性」と訳すのがしっくりこないので新しい和訳を考えてみた
今日は「サステイナビリティ(Sustainability)」の日本語訳である「持続可能性」という言葉がどうもしっくりこないと感じることについて書いてみようと思います。
1.言葉を聞いて感情が広がらないなら、その言葉に力がないということ
私の友人が少し前にSNSに投稿していた言葉に、「言葉を聞いて感情が広がらないなら、その言葉に力がないということ」というのがありました。とある秋田在住のデザイナーさんと一緒にお仕事をしたなかで頂いた言葉とのこと。
日々考えたことをnoteにまとめたり、論文を出したりと、研究を通じてですが、何かしら書くということを仕事にしている者として、この言葉はとても納得がいくものです。何かを書く時に必ず思い出すようにしていて、そのたびに背筋が伸びる感覚を覚えます。
さて、「サステイナビリティ(Sustainability)」にも、その日本語訳である「持続可能性」にも、残念ながらこのデザイナーさんの名言が当てはまってしまっているように思います。
「サステイナビリティ」という言葉を聞いて、何か特定の感情や、具体的な映像や画が浮かぶでしょうか。
浮かばないからこそ、サステイナビリティの概念についてお話をする機会があっても、「つかみどころがない」や「リアリティがない」というようなコメントを頂くことが多いのだと思うのです。
このあたり、サステイナビリティについて発信している者として、自分の言葉のセンスのなさに反省しまくりなのですが、反省ばかりしていてもしょうがないので、ならば実際に「サステイナビリティ」という言葉を聞いた時に、どういう画が浮かぶのかを調べてみました。
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