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トランプ・ラビリンス

「トランプは共和党のキングメーカーになるかもしれない」

最近、この種の発言を聞くことが増えた。

筆者の知人の場合、ほとんどはネガティヴだ。しかし、たまに肯定的な人もいる。トランプに党が牛耳られてしまうことを警戒している共和党支持者のは、少なくない。逆に、民主党支持者は「ざま見ろ」と言わんばかりに喜んでいたりする。

キングメーカー・トランプ?

共和党のイギリス支部(※1)の人物が、BBCに「トランプはキングメーカーになるかもしれない」と発言していた。連邦議会への突入という始末に悪い事件を起こしたにもかかわらず、分厚い支持層の力によってトランプは、共和党を塗り替えてしうかもしれない。

(※1) アメリカの政党は、国外居住者の選挙活動のために海外支部(Overseas)を置いている。日本にも、共和党・民主党ともに海外支部がある。ちなみに、2020年の大統領選挙で問題になった郵便投票制度は、もとは国外展開中の軍関係者と海外居住者を主な対象として作られていた。

トランプはいま、自らに「歯向かった」者への対抗策を練っているらしい。具体的には、下院で弾劾決議に賛成したリズ・チェイニー下院議員(元副大統領の娘)や、上院で「有罪」票決に加わったリサ・マーコウスキ上院議員らに、党内から対抗馬を立てるよう模索している。

現実に、トランプに歯向かった議員に対して、州や郡のレベルで譴責などの決議がこのところ続く。アリゾナ州ではジェフ・フレーク元上院議員やダグ・ドゥーシー州知事に対して、1月24日に早くも非難決議がなされた。最近ではアラスカ州の共和党中央委員会(一文字置き換えたくなる)が、マーコウスキ上院議員への譴責を可決した(3月13日)。現職議員に対しては、対抗馬が擁立されることになりそうだ。

こうした「抵抗勢力」の排除だけではない。トランプは、義理の娘(次男エリック・トランプの夫人)であるララ・トランプの上院選出馬も示唆している。やはりトランプ弾劾に賛成したリチャード・バー上院議員に替えて、ノースカロライナ州から出馬させる、というのだ(バー議員はもともと次回選挙には不出馬の予定だった)。
下院は既にトランピアンが共和党の多数を占めているから、上院で反トランプ議員の排除や交代が進めば、確かに、トランプが共和党のキングメーカーになるのは、不可能ではない。

カオスの偶像

カオスのなかから、秩序を生み出すのを好む人がいる。秩序のなかから、カオスを生み出すのを好む人がいる。そして厄介なことに、政治というものは、そのどちらの人も必要とする。
しかるに、ドナルド・トランプという人間は、基本的には後者のタイプの政治家であるようだ。アメリカ大統領としてもそうだし、共和党に対してもそうだ。現状変革のダイナモとしての存在感は否定できないが、そこからどのような秩序に向かうか見通せない。

共和党の「トランプ化」の帰結は、中道から保守派・右派へと軸足を大きく移すということだ。以前の記事でも書いたけれど、中道寄りの要人(つまりブッシュ政権などで中核を担ったグループ)や支持者は、共和党からの離脱を始めている。

1月末の段階で、アリゾナ州では9,000人以上の支持者が共和党を去ったと報じられた。こうした動きは続いていて、3月上旬の報道では、フロリダ州では36,000人以上が共和党を去っている。フロリダ州はトランプが2020年の選挙で40万票近い差をバイデンに対してつけているから、36,000票を過大に見積もるわけにはいかないが、党が中道側から崩れているのは事実だ。

トランプが、個人的な志向としてカオスと秩序のどちらを好むのかは、知る由もない。しかし、既存の体制や制度の安定性を好むグループを「中道」とするなら、秩序よりカオスを好む人々の偶像であろう。ではバイデンは秩序の偶像たり得るか。それはまた別の問いである。

選挙制度に手を付ける

トランプの意向を受けたとされる政治的な動きのなかで、もっともまずいんじゃないかと思わせるのは、選挙制度の変更だ。郵便投票を厳格化したり、選挙管理に関する寄付を違法化したり、といった制度変更に、各州の共和党が着手している。これにより、投票制度を厳格化する名のもと、有権者の範囲を制限することにもつながりそうだ。「票が盗まれた」という神話を、3か月にわたってトランプが焚きつけた結果だ。

この「票が盗まれた」という神話をまき散らしたのは、トランプの大きな汚点のひとつである。それまでの選挙に対する異議申し立てと、根本的に性質の違う、制度への信頼崩壊を引き起こすからだ。

過去30年のうち、大統領選挙の結果に対して異議が申し立てられたのは、2回。ジョージ・W・ブッシュが当選した2000年の選挙と、ドナルド・トランプが当選した2016年の選挙だった。一般投票と獲得選挙人とに「ねじれ」が生じたからである。一般投票総数でより多くの票を得ていたのに、選挙人の獲得数では対立候補に敗北する状態が生じたため、選挙人を経由する大統領の選出は「正当な民意の反映なのだろうか」という疑問が起きたのである。

これは、「適切に国民全体の意見を反映して代表を決定する」にはどのような制度が適切なのか、という問題だ。日本の選挙でも生じる「一票の格差問題」と似たところがあって、都市に人口集中が進み地方との開きが大きくなると、一般投票だけを集計すれば都市的な選好への偏りが強くなる。しかし、国家全体の代表を選出するときに、いわゆる「地方の声」を反映しなくていいのかという問題は付きまとうから、何らかの配慮が必要になる。

単純に一般投票での多数派が勝利する制度のもと、都市部の有権者だけにアピールすると絶対に勝てる状況となったら(そして現実はそれに近い)、地方の有権者は「自分たちの声は反映されない仕組みになっている」と考えるだろう。いくら票数で勝っていても、その代表は、国全体を正当に代表すると言えるのか、という疑問は不可避だ。選挙人という制度は、もともとは別々の国家になるべきであった独立時の13州それぞれへの配慮だったとはいえ、現代ではこうした都市と地方との断層に一定の解答を与えていると言えそうだ。そして、そのことにより制度の正当化は可能だろう。

ところがトランプは違う。一般投票でも選挙人でも負けているのに、再集計要求だけでなく、「不正な票が投じられた」、「開票作業を正当に監視できなかった」、と様々に不服申し立てた。どうあっても負けを認めたくないんだなと、少なくとも熱烈なトランピアン以外は思ったのだが、それが現実的な制度いじりになってしまうと、問題の深刻さが大きく変わってしまう。

なかでも危惧しなければならないのは、このように選挙制度をいじることが慣例化することだ。民主的な選挙制度に対する信頼性を傷つけるだけでなく、制度変更によって選挙干渉などの余地を生んでしまう。最も安定的に運営されるべき、政治的正統性の根拠となるシステムを、トランプは左右しようとしているのである。

カオスを超えて秩序へ?

共和党内の中道排除や選挙制度への介入。トランプによるカオスは、しばらくのあいだアメリカ政治を悩ませることになりそうだ。
そうはいってもどこかで安定的な方向に振れるのが、アメリカ民主制の強さだ。少なくともバイデンを大統領として選出させたように。そうした「カオスから秩序へ」向かう政治家が、トランピアンのなかから生じるのだろうか。ロン・デサンティス? うーむ。

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