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「劇薬」トランプの代償

共和党にとってドナルド・トランプは、劇薬だったらしい。誰が対抗馬でも勝てないはずだったヒラリー・クリントンを降し、2018年中間選挙でも上院多数派を維持した。劇薬は効くときにはよく効いた。ところがその代償は、重く苦しい。
大統領を退任して3週間、一度は「トランプ追放」に傾いた党幹部も、支持者のバックラッシュに遭遇して、立場を反転。そうすると中道に近いグループが「あんな異常者に付き合ってられるか」と共和党からの離脱を模索。そうこうしているあいだに、重要なブレーンや支持者が離党を始めた。今回は、そんな悩めるGOP(Grand Old Party)について。

「トランプ追放」計画

アメリカ政治の専門サイト「ポリティコ」が、1月27日に掲載した記事が面白い。タイトルは、"McConnell retreats as Trump dominates the GOP civil war"。「マコーネルの退却――共和党の内紛はトランプ有利に」とでも訳すと、それっぽいかしら。
記事の主役は、ミッチ・マコーネル上院少数派院内総務。おお、多数派から少数派に6年ぶりの復帰。院内総務とは党の仕切り役のことで、日本でいえば幹事長と国会対策委員長を合わせたような役割である。

さて、そのマコーネル院内総務、1月6日の連邦議会への突入事件のときには、大変お憤りで、次のように演説していた。

「究極的に非難されるべきなのは、ドアを蹴破り、我らが国旗を引き裂き、法執行機関と戦い、我々の民主主義を毀損しようとした犯罪者どもだ。そして、彼らを唆した者たちだ」

「彼らを唆した者たち」(who incited them)とは、どう考えてもトランプとジュリアーニを指すわけで、大統領とその顧問弁護士を「犯罪者ども」(criminals)呼ばわり。事件直後なのもあって、文字通り「激おこ」である。
マコーネルは事件直後、トランプに対する弾劾決議を個人的にサポートしている、と報じられた。デマであれば本人や周囲がいち早く否定しそうなものだが、特にそういった動きを示さなかったから、観測気球として上げさせていたのだろう。
下院少数派院内総務であるケヴィン・マッカーシーも、辞職勧告をトランプに突きつけるかどうか、周囲と検討していた。つまり、上下両院ともに共和党のリーダーは「トランプ追放」を考えていたわけだ。

マコーネルの退却

ところが、トランプの支持は、堅かった。ポリティコの調査によると、共和党支持者の56%が「トランプは2024年の大統領選挙に再び出馬すべき」と回答した。さらに、共和党支持者の30%が、トランプが仮に共和党を去って「愛国党」(Patriot Party)を立ち上げるなら投票先をそちらに変える、と回答したのである。
共和党支持者がざっとアメリカ国民の45%くらいだから、そのうちの30%をトランプの「愛国党」が奪えば全国民の13.5%に相当する。これでは共和党は当分、選挙に勝てない。たとえば、21世紀に入ってからの5回の大統領選挙のうち、一般投票での得票率が5%以上開いたのは、2008年のオバマ対マケインのとき1回きりで、それでも7.2%の差だ。13.5%の得票減は、耐えられる数字ではない。

さっそく、マッカーシーは1月28日、フロリダにトランプを訪問し、実質的な謝罪を申し入れた。弾劾回避に全力を尽くすので、今後も共和党で重要な役割を果たしてほしい、と懇願したらしい。トランプは「寛大」にも、中間選挙で共和党が勝てるよう最大限の協力をする、と答えたとか。
かくして、上院共和党はトランプの弁護団と歩調をあわせ、弾劾裁判そのものに反対する姿勢をとるようになった。「一般市民に戻った元大統領を弾劾するのは憲法違反だ」というのと、「民主党による弾劾権限の政治利用だ」という二本立ての論拠で行くらしい。マコーネルも、「憲法違反なので弾劾裁判を停止する」とする共和党の動議に賛成、つまり、上院・下院ともに、トランプの分厚い支持の前に、屈服してしまった。


中道右派の離反

共和党への逆風は、ところが、これでおさまらない。今度は、「トランプ路線」に我慢していた中道系の人々が、離脱を始めたのである。

2月5日、共和党の「反トランプ」グループは、オンライン会議を開いた。"Never Trumper"と呼ばれるグループの会議では、共和党を割って出るという案が提出された。周知の通り、アメリカでは「第三極」を作るのは容易ではなく、当然、現職議員を中心に反対が強い。それでもなお、離党を検討しなければならないほど、共和党の中道に近い人々は「トランプと一緒にしないでくれ」と考えているのだ(現時点では共和党の内部改革が目指されている)。

もともとトランプは、共和党のエリート層に歓迎されていなかった。昨年出版されたジェームズ・ベイカー元国務長官の伝記には、2016年にベイカーが著者に語った言葉が載っている(p. xiv)

「あの男の頭のなかは空っぽだ…(中略)…彼は気が狂っている。私が彼を推すことはありえないし、そう公言している。彼(トランプ)自身にだってそう言ったさ。」

2月10日には、シンクタンク「外交評議会」(『フォーリン・アフェアーズ』の刊行元)のリチャード・ハース会長が、共和党を辞めて無党派になると宣言した。外交面での理論的支柱であったハースですら共和党を去るというのは、トランプを立てて表面的に選挙を乗り切っても、実質的には「骨抜き」になってしまうような事態だ。

「選挙不正」を唱えた代償

その選挙すら怪しくなるのが、いわゆるスウィング・ステート(共和党・民主党の激戦州)において、共和党からの離党者が増えていることだ。

激戦州についてトランプは繰り返し、「ドミニオン製の選挙機器がおかしかった」だの、「票が不正に盗まれた」だのと主張した。渋々ながらトランプに投票した人も少なからずいたのに、「この州の選挙システムはまともに機能していない」と繰り返されたら、いい加減にしろと言いたくもなるだろう。そりゃそうだ。

ジョージア州では、トランプがラッフェンスパーガー州務長官に電話をかけ、「11,780票を探し出せ」と圧力をかけた件について、犯罪行為として捜査が開始された。これも、そりゃそうだよね案件だけど。(ちなみに、ミュージカル『レント』の音楽にこの電話音声を乗っけたマッドがクソ面白い。)

他にも複数件、刑事訴追が模索されている。仮に弾劾を乗り切ったところで、トランプの今後は明るくない。

悩めるGOP

「ネバー・トランプ」を採ろうとしたら党内右派に離脱される。「ウィズ・トランプ」を採ろうとしたら、中道グループに離脱される。どっちを向いても、支持者の大量離脱は避けられそうにない。

民主党はその火に油をくべたいのだから、弾劾裁判では延々と議会議事堂への突入事件の映像を流すし、警備隊の功績をたたえつつ(共和党にとって軍・警察は重要な支持基盤のひとつ)、彼らがどれほどの被害に遭ったかを詳細に述べる。まさにgrilling。

共和党は、とりあえず来年の中間選挙で上院支配を取り戻さないと何もできないから、「ネバー・トランプ」と「ウィズ・トランプ」のどちらの顔も立てつつ逃げ切りを図りたいところだけれど、そう上手くいくだろうか。1年9か月は、それほど短くはない。たぶん、中道の人たちのほうが先に愛想を尽かすと思う(というか尽かしている)。

「トランプの毒」を飲んだ代償は、下手すると向こう十年くらい負けっぱなしの共和党、というかたちで払わなければならないかもしれない。なまんだぶ。

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