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「トランプ信者」の裏側

ドナルド・トランプ大統領の退任が、あと12時間ほどに迫った。
ABCやNBCといった比較的中道を行くニュース・メディアも、喜々として「あと12時間だ」とカウントダウンしている。報道は、大統領就任式に向けた警備状況や、新型コロナウイルス(特にワクチンに関するもの)が、多くを占める。おいおい、次期国務長官とかの公聴会はそっちのけでいいのかい、と若干つっこみたくなるほどだ。アメリカの主要メディアの関心は、トランプとコロナという2つの大きな「敵」の排除に、もっぱら向いている。

ところで周知の通り、日本には熱烈なトランプ支持者が多い。昨年12月頃、トランプが大統領選に敗北した後になって、いくつかのメディア(たとえば毎日新聞の記事東京新聞の記事)が記事にし始めたが、それ以前からトランプの不思議な「支持基盤」が、日本にあった。今回は、そのことについて。

ある日、都内のホテルラウンジで

「トランプさんは、ジョージ・ワシントンの生まれ変わりなんですよ」

東京都内の高級ホテルのラウンジ。私は、どう返答したものか考えながら、次の言葉を待った。

「トランプは、アメリカという素晴らしい国を立て直すために、ワシントンが生まれ変わったのです」

なるほど、メタファーなのだろう。日本でも、「現代の坂本龍馬」くらい言うしな。そう思った私は、「不法移民ですとか、対テロ戦争ですとか、アメリカの抱えている課題は多いですものね」と、当たり障りのない相槌を打った。ところが。

「トランプとワシントンの霊は、もともとインドの神だったんですよ」

ち ょ っ と 待 っ て 。

え、どういうこと?ワシントンの霊?インドの神?

「トランプは、アメリカだけではなく、世界を全体主義の魔の手から救うために、ワシントンが生まれ変わったんです。それを、インドの神の霊が導いています」

おっかしいなあ。アメリカの政治について話がしたい人がいる、ということで、私はここにいるんじゃなかったっけ。

結論から言うと、この人は宗教法人「幸福の科学」の関係者だった。
といっても、宗教的な勧誘をされることもなかったし、実はこの話の前も後も、本当にアメリカ政治の話をしていた。相手は、小規模ではあるが法人の経営者。身なりは清潔で、いくらか値の張る時計を身に着けている。普通に見かければ、何も変わったところのない紳士的な人物である。
この会話も、中国共産党による少数民族への非人道的行為についての話のあとに、ちょっと一息、間があいたところで差し挟まれたのである(ちなみにその後、「インドの神」ではなく「天照大神」というバージョンも、別の人から聞くことになった)。

トランプ支持者のキーワード

日本の熱狂的なトランプ支持者には、共通する性質がある。それは、下記の4つだ。
(1) 中国を「全体主義」と呼び敵視する
(2) 自分たちを「保守」だと位置付ける
(3) 「ディープ・ステートによるワシントン支配」を信じている
(4) 「フェイクニュースの背後に陰謀がある」と信じている

とりわけ目立つのが、「中国嫌い」と「ディープ・ステート」である。
ディープ・ステートとは、「国家内国家」と訳されることもあるが、要するに既得権益を持つ官僚たちのことだ。
アメリカでは「回転ドア・システム」と呼ばれるように、政権交代が起きると役人がごっそり入れ替わる。共和党政権のときに公職に就いていた人々は、民主党政権になると、ハドソン研究所などの共和党系のシンクタンクやコンサルティング会社へと転じる。再び共和党が政権を取れば、ワシントンへと戻ってゆく。
こうした人々によって、行政・制度に関する専門知の蓄積と共有、それと官庁利権が形成されてゆく。外部からはわかりにくい専門知であるため、「国家深くに潜む勢力」という意味でディープ・ステートと呼ばれる。日本でいえば「霞が関の闇」くらいの話である。
ところが、日本のトランプ信者のあいだでは、あたかも闇の政治結社か何かのように使われる。まるで一昔前に流行したフリーメイソンやロスチャイルドの世界支配のように。

もうひとつの特徴である「中国嫌い」について見てみよう。
オバマ政権末期からトランプ政権になるにつれ、中国に対して強い姿勢で臨むという超党派の合意が、アメリカでは形成されていった。次期国務長官に指名されているアントニー・ブリンケンも、対中政策には超党派の強い支持があると述べたが、この基礎を作ることにトランプが貢献したのは確かだ。
反中姿勢を強めたトランプに、日本国民が「国益」の名の下に快哉を叫ぶのは、筋が通る。ところがこの対中強硬策に、不思議な「トランプ信者」が生まれるバックグラウンドがあるのだ。

「反中」が結び付けたトランプと宗教

日本の熱狂的なトランプ支持には、3つの宗教が関与している。法輪功、統一教会、そして「幸福の科学」、だ。この3つの宗教団体に共通するのは、「反中」というキャラクターである。

法輪功は気功をもとに1990年代に始まった団体だが、あまりに急速に拡大したために中国政府により禁止された。政府によって摘発された信者の臓器が売買されているとの噂もあり、日本などに脱出した信者は強い反共産党感情を持っている。最近はダブル・スパイ疑惑がかけられているが、亡命中の大富豪である郭文貴が、法輪功をバックアップしていると言われている。
コロナ・パンデミック以前は、東京・銀座にあるGINZA SIXの前や銀座8丁目の交差点など、中国人観光客の集合に使われる場所で、習近平に対する抗議のプラカードを掲げたりしていた。

「幸福の科学」もまた、中国共産党を敵視している。機関紙でも中国の全体主義を批判する文章がしばしば掲載されるし、2012年に公開された『ファイナル・ジャッジメント』という映画では「オウラン国」という危険な新興大国が登場するが、どう見ても中国である。
なにより、「幸福の科学」が創設した幸福実現党は、中国に対抗するための核武装などを掲げており、ややもすると右翼よりも過激だ。前述の人物も、とにかく中国共産党が嫌い。香港の民主化勢力への弾圧、ウイグルやチベットでの人権侵害などを、熱っぽく語っていた。

「幸福の科学」が中国を敵視する背景には、創価学会(と公明党)が存在している。1990年代に「幸福の科学」は創価学会と対立し、相互に施設に投石するなどの事件を起こした。『創価学会亡国論』などの書籍も出版されているが、およそ四半世紀にわたって両者の仲は悪い。
その「幸福の科学」が着目したのが、創価学会の親中姿勢であった。全体主義、人権侵害、自由主義の敵、こうした反中スローガンを掲げることで(内容として事実に反しているわけではない)、中国に対する穏健路線をとる公明党やその支持団体である創価学会を「日本の国益に反する」と描き出す、という戦略だったのだ。

そしてディープ・ステートが現れる

宗教団体の反中姿勢と、トランプ政権による強硬な対中政策は、たまたま見事に一致した。さらに彼らがトランプを信じるように後押ししたのが、「ディープ・ステートと戦う」という姿勢だ。

既に述べたように、ディープ・ステートという言葉には「霞が関の闇」とか「既得権益」くらいの意味しかない。しかし、ディープ・ステートのイメージが独り歩きし、「世界の真の支配者」へと広がっていく。繰り返しになるけれど、フリーメイソンだのロスチャイルド家だのと、互換可能である。

「世界の真の支配者であるディープ・ステートとトランプは戦っている」という発想と、終末論的な信仰体系とは、親和性が高かった。かくして、トランプは「中国」と「ディープ・ステート」という、世界の2つの巨大な敵(トランプ支持者たちは、「巨悪」という言葉を使うことが多い)と戦う偶像へと祭り上げられたのである。

陰謀論の紐解き方

なぜ私がこの記事を書いたかというと、陰謀論の紐解き方のひとつの例だと思うから、である。

法輪功にしても「幸福の科学」にしても、反中を掲げるのには、具体的な利益がある。これに単純にマッチするからトランプを支持するのだったら、単なる党派争いに過ぎない。
ところが、そこに宗教が関係すると、「善と悪の対決」という構造に組み込まれる。トランプの場合、「善のトランプと悪の中国」「悪の支配者ディープ・ステートと戦うトランプ」といった具合である。
このような信念を持つ人々が、パーツを切り出して話をすると、「ディープ・ステートと戦うトランプが、ペンス副大統領らの裏切りにあって敗北した」という言葉になって現れる。ほら、陰謀論の出来上がり。

陰謀論が常に宗教に関係しているわけではない。もとをたどれば、単なるデマだったり、利益を求めての行動だったりする。それが、シンプルなまま流布されず、信仰だったり政治的デマゴギーによって肥大化すると、全体が見えにくい思考体系かのように膨らむ。
Twitterはそして、断片ばかりをぽろぽろと見せる、絶好のシステムだ(この点でもトランプと相性が良かった)。タワーの上から見れば全体が見渡せる建物であっても、闇のなかでパーツをなでるだけでは全体が見えず、かえって恐ろしい魔物のように思われるのと同じことだ。
だが、ここまで書いてきたように、一皮剥けば、宗教間の対立だったり、反政府運動だったりする。これはシンプルで、陰謀ではない。このことを、日本における「トランプ信者」は見せてくれた。

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