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二度目もみじめな笑劇としてーートランプ弾劾の結末

「すべての偉大な世界史的な事実と世界史的人物はいわば二度現れる…(中略)…一度目は偉大な悲劇として、二度目はみじめな笑劇として。」

この有名な言葉で始まるのは、マルクスによる『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』だけれど、ドナルド・トランプに対する弾劾は、1度目も2度目も、みじめな笑劇だったような気がする。1度目は民主党にとって、2度目は共和党にとって。

幕切れは早めに

トランプに対する2回目の弾劾裁判は、2月9日から13日までの5日間という、異例の短さで結審した。元大統領に有罪評決を下す見込みは立たず、下したところで良い効果があがるわけでもない。だったらさっさと幕を下ろしたいというのが、民主党にとっても共和党にとっても、本音のようだ。
結論は、共和党から7人が有罪票を投じたので57対43、過半数は大きく上回るが、有罪に必要な3分の2は獲得できず。いかにも出来レース。

お互いの顔を立てて、「もういいじゃないか」となったのは、証人喚問が土壇場でキャンセルされたことからも、よくわかる。
民主党側は、弾劾に賛成した共和党の下院議員を証人として招致するよう求めた。民主党全員と共和党5人(コリンズ、マーコウスキ、ロムニー、サッシと、なぜかリンゼー・グラム)の賛成多数で動議は可決されたのだが、共和党と弁護団による調整が入り、証人喚問は見送りとなった。
調整の結果、トランプに不利となる議員証言を、議論なしで証拠として採用したというのだから、「議論したくねえ」という本音がダダ漏れである。

トランプ派のリーダー格で、にわかに日本のTrump Loverにも人気が出始めているテッド・クルーズは、証人喚問について「やれるもんならやってみな」みたいな啖呵を切ったけれど、これも笑劇のうち。芝居をきちんとできるのも大事です。

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民主党としてみれば、トランプと連邦議会突入事件との関係を記録した文書を公的に永久に残すという成果は得た。裁判を長期化させて、弾劾が終わるまでトランプの顔が連日ニュースのヘッドラインに乗るのは、むしろ存在感を高めるだけだから得策ではない。

共和党にとっては、前回の記事でも書いたようにトランプはいまや悪夢に等しい。弁護すれば中道グループから見捨てられ、切り捨てればトランプ支持者からの怒りを買う。できることならほっかむりして知らぬ顔を決め込みたい。「賛成できないのは分かってるだろ? もう止めてくれよ」というところで、バイデン政権の人事か予算の承認あたりをバーターにしたのだろう。

選択肢にできなかった有罪

そもそも弾劾裁判で有罪評決を下すというのは、政治的に可能な選択肢だったのだろうか。
前回の繰り返しになるけれど、共和党幹部は、連邦議会突入事件の直後には本当にブチ切れていた。現職大統領を「犯罪者ども」(criminals)呼ばわりしていたのだから、よほどである。ところが、冷や水をかけるように、世論調査ではトランプ支持は強固であり、また弾劾への支持もそれほど(特に共和党支持層で)伸びなかった。

それ以上に、有罪評決を下すリスクが高すぎた。
もし有罪となれば、トランプ支持者による民主党や議会への敵意は、収拾がつかなくなるだろう。国土安全保障省は1月27日に白人至上主義者などの「国内の過激派」によるテロのリスクが高まっていると宣言したが、その効力はまだ続いている(現時点では4月30日まで)。

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連邦議会に突っ込んだ人々は、「マイク・ペンス(副大統領)を吊るせ」(※1)と叫びながら、本当に絞首台を用意するありさまだったのだから、トランプに有罪評決を下せば、何をしでかすかわかったものではない。

その意味では、民主党・共和党ともに、「本当にトランプを有罪にする」のは、取りようがない選択肢だったのだろう。とはいえ、責任を問わないのも考えられないから、実際に弾劾裁判を開いた上で手打ち。政治的には妥当な線でしょう。

(※1)それにしても、マイク・ペンスはかわいそすぎる。4年間我慢してトランプに付き合った挙句、憲法の規定に沿ってジョー・バイデンの勝利を確定する議事進行をしたというだけで、「吊るせ」と言われるんだからたまらんだろう。選挙結果が気に食わないから選挙管理委員長を吊るせ、と言っているようなものだ。

苦し紛れの共和党

共和党のいわゆる中道と呼ばれる人々の苦し紛れっぷりは、今回の弾劾裁判をみじめな笑劇たらしめる。

「白い死神」こと、ミッチ・マコーネル院内総務は、無罪票を投じた直後に、「トランプ大統領に実質的かつ道義的な責任があることに、疑いの余地はまったくない」と演説した。

“There’s no question — none — that President Trump is practically and morally responsible for provoking the events of the day”

そこまで言うなら、有罪に票を投じればいいじゃない。いや、すでに縷々書いてきたように、事情はわかるんだけれど。

「いまや一般市民になった元権力者を、有罪にしたり公職追放にする権限を、我々は持っていない」(“We have no power to convict and disqualify a former officeholder who is now a private citizen”)というのがマコーネルの言い分で、トランプの弁護団の主張でもあるわけだが、いかにも苦しい。
それじゃあ、退任前日に大統領がもっとトンデモナイことをやったらどうするの?という疑問は誰でも湧く。法的前例としてもよろしくない(アメリカは慣習法国家である)。

もっとも、弾劾裁判だけが責任の取らせ方ではない。トランプに対しては、ジョージア州の州務長官に対して自分に有利な開票結果をするように求めた不当な圧力が、犯罪行為として捜査されている。
同じくジョージア州の問題で、トランプの側近であるリンゼー・グラム上院議員が州当局者に電話をかけた件でも、捜査が計画されている。
トランプと一緒に暴動をけしかけたルディ・ジュリアーニ弁護士は、弁護士資格の剥奪が請求されていて、調査中。いずれも、相応の責任を取らされることだろう。

弾劾裁判の見直し

日本市民たる筆者からすると、こんなことになるくらいなら、弾劾裁判のありかたを見直せばいいのに、と思う。欠陥だらけの大統領選挙制度と同じくらい。

共和党は、今回、「弾劾の政治利用だ」と繰り返し主張した。前回のロシア・ゲートのときも同じことを言っていた。
ただね、そもそもビル・クリントンの不倫を口実に弾劾を政治的に使ったの、あんたたちじゃない。しつこく不倫の話ばかりしたから支持を落としたのが、共和党のニュート・ギングリッチ下院議長(当時)。いまは引退して遠くから「劣悪なファンタジーだ」と批判しているけれど、お前が言うな

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理性に基づく裁きによって公正な結果が得られるという司法信仰が根強くアメリカにはあるから、弾劾制度そのものを見直すことは難しいだろうけれど、運用レベルでは見直すべきところはある。クリントン、トランプ(×2回)とこの30年で3回やって、ロクな効果がないことだけは明らかになったのだから、せめて運用ルールくらい再考してみたらどうだろう。その意味では、「3度目もみじめな笑劇」だったのかもしれません。

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