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カジュアルな反乱

アメリカの連邦議会議事堂が暴徒に突入され略奪を受けるという光景を、自分が生きているあいだに見ると思っていた人は、そう多くなかっただろう。映画では、宇宙人やゾンビによって攻撃・炎上させられる「常連」の場所だが、現実には、ナチス・ドイツやアルカイダも攻撃できなかった、アメリカ政治の中枢。しかし、2021年1月6日のフィクションめいた現実には、どこか喜劇めいたカジュアルさが漂う。事件がもたらす影響の深刻さにもかかわらず、である。

「4時間の反乱」

まず簡単に、事件の概略を確認しておこう。

大統領選挙の結果を最終確定する上下院合同会議が予定されていたのは、1月6日13時(米東部時間)だった。通例では1時間程度で終わる儀礼的な会合である。
その日の12時、ホワイトハウスに隣接する広場(エリプス)に、ドナルド・トランプ大統領の強固な支持層で、選挙結果の確定に抗議する集団が集まる。トランプは、群衆を前に演説し、次のように述べる。

「これから、我々は通りを下ろう。諸君、そこで会おう!」

言葉通り、人々は16ブロック離れた連邦議会へと向かう。

13時10分には議事堂が包囲され、13時30分前後には催涙ガスなどを用いた小競り合いが、群衆と警官隊とのあいだで始まる。まもなく、議事堂の東入口から群衆が押し入り、グレート・ロトゥンダと呼ばれる塔の下へ、そして上院・下院へとなだれ込んだ。会議の進行は止められ、議員は避難ルートを使い脱出する。14時頃には反対側の西入口も破られ、そちらからも群衆が進入、下院議長室、本会議場などを荒らした。15時頃には、議長室に押し入ろうとした女性に対し警備側が発砲する(女性はその後、死亡)。

やがて、増援を受けた警備隊により群衆の排除が進められ、17時40分までに完了、ワシントンD.C.に外出禁止令が出された18時にはすでに議事堂の安全は確保されていた。連邦議会は20時に再開され、翌午前3時41分、予定通りバイデンの勝利を確定させた。
ワシントン・ポストは、この事件に関する記事に、次のようなタイトルを付した。「4時間の反乱――トランプの暴徒はいかにしてアメリカの民主主義を停止させたか」(The four-hour insurrection; How a Trump mob halted American democracy)。

カジュアルな反乱

「4時間の反乱」について、チャック・シューマー上院少数派院内総務(民主党の上院リーダー)は、会議再開後に、次のように非難した。

「フランクリン・ルーズヴェルトは、(日本軍が真珠湾を攻撃した)1941年12月7日は恥辱の日として記憶されるだろう、と述べた。我々は、2021年1月6日を、恥辱の日としてこのアメリカ史に書き加えなければならなくなった」

2012年の大統領選挙で共和党候補であったミット・ロムニー上院議員も、「今日起こった事件は、大統領により引き起こされた反乱だ」として、トランプと群衆を非難した。だが、こうした強い言葉に比して、現実には不釣り合いに「軽い」ものがある。

群衆の前に現れたトランプは、「我々はより激しく戦うことにしようではないか!」、「諸君、そこ(連邦議会議事堂)で会おう!」と言った。だが大統領が現場に向かうことはなく、ホワイトハウスに戻ってしまう。ニューヨーク・タイムズが伝えるところによると、トランプは側近たちとともに「テレビに映るシーンを眺めて楽しもうとしていた」。
トランプの弁護士であるルディ・ジュリアーニも、群衆に「戦って裁きを受けさせろ」(Let's have trial by combat)と呼びかけるのだが、演説後はそそくさと立ち去っている。

参加者も同じようにカジュアルだ。仮装をしていたり、占拠した議長席に座る様子を記念撮影したり、なかには警備隊と写真を撮っている者すらいた。「反乱」「テロ」といった言葉で非難されることになる行為の実行者だという自覚など、およそどこにも見られない。ちょっとした祭りにでも参加しているかのようだ。

つまり、扇動した側にも、暴徒の側にも、真珠湾攻撃と並べられる事件を起こしたという認識がないのだ。トランプ支持者の友人に、筆者もメッセージアプリで連絡してみたが、「(参加者の多くは)警官に対して暴力的な行為を行う意志はまったくなかったらしい」という返事。その場のノリでやったというのだ。
事件から10日後の司法省の発表でも、議員に対する殺害や誘拐の計画についての証拠はない、とされた。やはり計画的犯行というよりはノリでやった、ということのようだ。

同時多発テロとの比べて

しかし、議事堂を陥落させた結果と影響は、とうてい「ノリ」で済むものではない。民主主義的な手続きが停止され、史上稀に見る混乱を起こした。地域の警察トップは責任を問われ、政権の閣僚が複数人辞任した。インパクトは、ノリとは不釣り合いなほど大きい。

このことは、2001年9月11日の米国同時多発テロ事件と対照すると、より鮮明になる。アルカイダのテロリストによって旅客機4機がハイジャックされ、2機がニューヨークの世界貿易センタービルに、1機が国防総省に、突入した(1機は乗客の反撃で墜落)。3000人もの人々が命を落とす、まさしく悲劇である。「アメリカ人に対する、そして世界中の自由を愛する人々に対する、邪悪で卑怯な戦争行為だ」(ディック・アーミー:当時下院共和党のリーダー)と非難され、アメリカ各地で「これは戦争だ」(It's War)というプラカードが掲げられた。

しかし、攻撃の悲劇性と甚大な人的・物理的被害に対して、アメリカの政治制度への影響は、驚くほど少なかった。ブッシュ大統領の支持率は90%近くまで跳ね上がり、議会では超党派の団結を生んだ。その後の「対テロ戦争」、なかんずく2003年に始められたイラク戦争において国際法上の問題を引き起こしはしたものの、テロそのものによってアメリカの民主主義や政治体制が傷つけられたとは言いにくい。

厳重に計画され甚大な被害をもたらした悲劇は民主主義を傷つけなかった一方で、カジュアルに実行された喜劇がそれを停止させることに成功した。今回の事件の奇妙な逆説である。

世論工作の復権

喜劇のような「4時間の反乱」は、同時多発テロ事件と同じように米国史に刻まれるだろう。そして、合衆国の大統領権限や選挙制度に、大きな影響を残すはずだ。

事件から一両日のうちに、運輸長官、教育長官、安全保障副補佐官といった要人が相次いで抗議のため政権を去った。これだけでも前代未聞だが、首都の治安維持のために州兵を派遣するという決定が、ペンス副大統領と上下両院の幹部、それと国防長官代行によってなされたという情報が、おおっぴらにリークされた衝撃は大きい。ワシントンD.C.の州兵は大統領の指揮に属するにもかかわらず、トランプがその決定から外されたということだからだ。実質的に大統領は職務を果していない、という事実の公表に近い。

野党である民主党は、下院で弾劾を決議し、公式にトランプの地位を剥奪すべく動いている。下院司法委員会などの委員長6名は連名で、連邦捜査局(FBI)に対して「連邦議事堂に対する殺人的なテロ攻撃の計画・実行について捜査ならびに起訴する」ように要求した。司法省ですら、大統領に対する訴追の可能性を排除しない、と発表している。トランプは必ず責任を問われることになる。

国際関係に目を向けると、さらに大きな影響が見えてくる。
この事件に小躍りした政府は少なくない。ロシアのポリヤンスキー国連大使は、「(ウクライナで親ロ政権が倒された)マイダン広場での事件のような画像がワシントンから届いた。クラッカーの差し入れでもしたらどうかと友達に言われたよ」とTwitterに投稿した。旧ソ連諸国だけでなく、中東や南米など各地で、議会などを「民主派」勢力が占拠することに、アメリカ政府は肯定的であった。だが、今後はこうしたスタンスを取りにくくなるだろう。

より重要な問題は、SNSやウェブメディアなどを用いて陰謀論をばらまくといった世論工作は、激化するだろうということだ。
ランド研究所は昨年、ロシアが自国の影響力拡大のために選挙の機会をねらってアメリカの世論を分断するような工作を強化しているとの報告書を発表した。世論工作は新しい現象ではまったくないが、これほどカジュアルにアメリカ政治を混乱させられると明らかになったことで、よりエネルギーを割くに値する行動だと、アメリカと潜在的に対立する国家の指導者たちは認識したはずだ。当然、対抗策としてSNSなどでの投稿に制約がかけられるだろうが、言論の自由との兼ね合いがより深刻に問われる。基本的人権、国内制度、国際関係と、「4時間の反乱」が影響しうる領域は見渡せないほど広い。

「エネミー・ナンバーワン」

「テロリストは我々の建造物を破壊するかもしれない。テロリストは我々人民を傷つけ殺害するかもしれない。しかしテロリストは、決して自由の精神と民主主義への愛を破壊することはできない」(ジョン・ルイス:2001年当時の民主党幹部)。

同時多発テロ事件のときに発されたこの言葉を、「テロリスト」から「暴徒」に置き換えれば、2021年1月6日のものとほぼ同じになる。このとき、「アメリカ第一の敵」(エネミー・ナンバーワン)とされたのはアルカイダの指導者ウサマ・ビンラディンだった。ビンラディンは実際に、2011年5月、パキスタンで米軍特殊部隊に殺害された。

カジュアルに「反乱」をそそのかしてしまったトランプがどのような法的あるいは社会的制裁を受けるか、現時点ではまだ知りようがない。しかし、事件のまぎれもない象徴として、少なくとも「アメリカ民主主義第一の敵」と描かれることになろう。
また、トランプ支持者に対しても、不当に近い排斥の視線が向けられるだろう。このことは、イスラム教徒がテロ事件後に受けた差別を考えると容易に想像される。
ビンラディンがアメリカの敵となることを意図的に望んだのと反対に、トランプは本人の意図から遠く離れた「民主主義第一の敵」へと、カジュアルに流れていった。

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