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ミナンカバウ / ブキティンギ(4)

2003/08/31

本来なら休みのはずの生徒たちが、ひとり、またひとりと学校に姿を見せはじめた。

彼らが集まった理由はひとつだった。マニンジャウ湖へぼくを案内すること。昨日、授業が終わったあとでリスマール先生がそう呼びかけてくれた。

「明日授業はありませんが、みなさん、一緒にマニンジャウ湖へ行きませんか。タイラさん、そこでまたお話をしてください」

生徒たちはそれぞれ明日の予定を確認し合っていた。授業のない日曜日、彼らの多くは家の手伝いを任されていたからだ。市場でランブータン売りを手伝ったり、父と共に畑へ出たり、あるいは行商の手伝いをしたり。

彼らの家族を思うと、言いようのない申し訳なさが頭をよぎった。明日、働き手がひとり減ってしまうことになる。気紛れな旅行者のぼくと、この街にある彼らの日々の暮らしのこと。

それでもどうにか都合をつけようとあれこれ相談し合っている生徒たちを、ぼくは祈るような気持ちで見守った。掛ける言葉は見つからなかったが、それでも視線が合うたびに、生徒たちはみな照れくさそうに微笑み返してくれた。

「明日だけなんとかならないかな?」「三時ぐらいまでに戻ってこれたらいいんだけど」「でも先生とおしゃべりしたいよ」「じゃあ先に二人で戻ろうか」「いいよ、今日のうちになんとかしてみるよ」

彼らのやりとりの断片が細切れに聞こえた。ひとつひとつの言葉が胸に沁みた。彼らを順番に抱きしめたいとさえ思った。

学校を出発したのは太陽が南中に差し掛かる少し前のことだった。生徒の一人がミニバスを一台手配してくれ、彼らに手を引かれるようにして乗り込んだ。

すし詰めの車内では肩を寄せ合いながら過ごした。インドネシア語とミナンカバウ語と英語と日本語が、乱れ飛ぶ矢のように行き交った。遠足みたいだ、と思った。そして、そう思った途端なぜか涙がこぼれ落ちそうになった。

道すがら生徒たちからミナンカバウ語の挨拶を教わり、ぼくは何度も復唱した。

「Baa nasip ang yuang?(ご機嫌いかが?)」

「Paya kini daa!(元気だよ!)」

そう繰り返すたびに大きな笑いが起こった。「上手だな、すごく上手だよ」と、運転手までもが運転そっちのけで振り返り、ぼくに向かって「Bagus!(最高!)」と笑った。

マニンジャウ湖はブキティンギから西へ三十五キロほど離れた場所に位置していた。スマトラ島第二のカルデラ湖だという。青く湛えた湖水と、周囲をめぐる深緑の森。生徒たちはマニンジャウ湖についていろいろと話を聞かせてくれた。

「霧が多くて湖面が隠れてる時もあるけど、もし霧が晴れて湖の姿が見れたら、大切な人に幸せが訪れるんだ。家族とか、恋人とか、友達とか、大切な人みんなに」

湖を見た本人ではなく、その人が大切に思っている誰かに幸せが訪れる。そんなミナンカバウの言い伝えが素敵だと思った。彼らの優しさの源泉に触れた気がした。

総勢十五名を乗せたミニバスは、途中「Kelok 44 (44の急カーブ)」と呼ばれる過酷な山道をひた走った。出発時にはあれほど晴れていた空は、標高が上がるにつれて濃い霧に包まれていった。それでも笑い声が絶えることはなかった。

およそ二時間の移動の末にたどり着いた湖は、冷たい霧雨の中にあった。美しいと言われる青の湖面も、周囲をめぐる深緑の木々も、今は白く煙る雨の中だった。生徒たちに手を引かれ、湖畔の丘を上ったり下ったりしながら、湖を一望できる突端の東屋へ向かって歩いた。

東屋の下でたっぷりとおしゃべりをした。授業の続きといった内容から、東京での暮らしのこと、この旅のこと、友達のこと、大切な人たちのこと。

彼らもまたこの同じ空の下で今日を生きていた。がむしゃらに突き進むのではなく、誰かを思いながら、誰かの笑顔を守りたいと願いながら。

「ぼくらにはイスラム教っていう信仰があるんだけれど、でもね、それで全部が解決するわけじゃない」

「苦しいことだってたくさんある。でもね、受け止めるんだ。嘆いたり悲しんだりしないで受け止めるんだ」

「いつかその苦しみを許せる日が来るまで、ぼくらは負けないで生きていくんだ」

湖から吹き上げる風が、木々と雨の匂いを後方へ運んでいった。穏やかな時間が、湖を覆う雨のようにぼくらを包んだ。

以前、授業中に伝えた「ギターを弾いて歌うこと好きだ」という言葉を、生徒たちはずっと覚えていた。二人の生徒が今日のために自宅からギターを持参し、ひとつをぼくに手渡してくれた。

「先生、日本の曲を聴かせてください」

しばらく迷って、結局ぼくは自分の曲を歌うことにした。六年前の旅の途中、ジャワ島西部パガンダランという海辺の街で生まれたささやかな歌を。

歌い終わった後、今度は彼らがインドネシア語で歌ってくれた。優しいメロディで「cinta(愛)」という言葉が何度も繰り返される歌だった。しばらくそんなふうにして、代わる代わるギターを手にして歌った。

ふと、ギターの持ち主の生徒が、胸ポケットから丁寧に折りたたまれたノートの切れ端を取り出した。

「先生、この歌は知っていますか? もし知っていたら歌ってほしいです」

差し出された紙には、すべてひらがなの歌詞がびっしりと書かれていた。彼らにも意味がつかめるようにと、言葉の区切りには少しの空白が挟まれていた。そして、右隅には見慣れた筆跡のアルファベットのサイン。

 KARAKKAZE

思わずぼくは声をあげた。からっ風だっだ。「彼とはトバ湖で出会ったんだ。ぼくの友達なんだよ!」

その紙を取り出した生徒は頬を高潮させて興奮しながら言った。「すごい! 彼はぼくたちの音楽の先生なんです。優しかった。いろいろと歌ってくれたんです。そう、ブキティンギのカフェで一緒に」

その言葉が自分のことのように嬉しかった。ぼくよりも先にトバ湖を離れたからっ風は、この土地でも、そして目の前にいる彼らにも、きちんとその足跡を残していたのだ。

もう一度、ひらがなだけで書かれた歌詞の文字を見つめた。からっ風のやさしさが、そのぶっきらぼうな筆跡に滲んでいた。

 くちなしのことば
 ひゃくやっつの どあ あけて
 からっぽで とうめいで とってもちっぽけな
 あのへやに あなをあける

 口なしの言葉 / からっ風

「先生、見て!」

生徒の一人が突然そう声を上げた。彼女の指差す先には、さっきよりも少しだけ明るさの増したマニンジャウ湖があった。

ぼくらは一斉に東屋の囲いに集まって、ゆらゆらと漂う霧の行方を目で追った。太陽の光が束になって地上へと降り注ぎ、まるで霧をなだめるようにして青の湖面を照らし始めた。

「見えたね」

「……うん。やっぱり、見えた」

どこからかそんな言葉が聴こえた。それはまるで、ぼくの心の奥から聞こえてくる言葉のようだった。

もう一度風が吹いた。それは湖から吹き上げる温かな風だった。

ふと、からっ風のあの笑顔を思い出した。彼もきっとまだこの旅の空の下にいるのだろう。空っぽで、透明で、とってもちっぽけな、あの部屋に穴を開けながら。

からっ風、きっと大丈夫だよ、とぼくは心の中で呟いた。こうやって今、確かにぼくはマニンジャウ湖を見ることが出来たんだから。

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