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落日の火照り 前編 / ギリメノ(3)

2003/09/16

一足先にバリ島へ戻る友人とビーチ沿いの小さなレストランで最後の食事をした。照りつける陽射しの中で新鮮なシーフードピザを頬張り、よく冷えたビールを次々と空にした。

ぼくたちにとってこの液体はもはやアルコール以上のものだった。尽きせぬ会話であり、時間を超えて引き継がれる物語でもあった。

たったひとりを乗せたアウトリガーはうねる波に呑まれるようにして島を離れていった。互いに大きく手を振り、「次はいつだろうね」とふたりで笑った。

サンダルを手に持ち、砕けた珊瑚で白く光る砂浜を裸足で歩いた。夏の記憶をかき集めるみたいに、小さな貝殻や珊瑚の欠片を拾いあげてはポケットにしまった。

波の音以外に何ひとつ鼓膜を震わせるものはなかった。浜辺にも海にも人影はなく、今、ぼくと世界だけがひっそりと息をしていた。

なだらかにカーブを描く海岸線の先に小さなあばら家が見えた。昼下がりの島はまるで、長く引き伸ばされた白昼夢に浮かんでいるようだった。

あばら家の前までくると、建物は小さな食堂になっていた。メニューはあってないようなもので、店番をしている青年がぶっきらぼうに挙げる中から選ぶしかなかった。温かなジンジャーティーを注文し、少しだけ砂糖を溶かし、頬杖をついて海の姿を眺めた。

「なあ、タバコ吸うか? 吸うんだったら買ってくれないかな?」

青年は陽気にそう声をかけた。笑いながらぼくも応じ、「紙巻タバコのペーパーなんてあるかな?」と訊いた。

「悪いね、ここにはないよ。そもそも紙がない」青年はまた屈託のない笑顔で答えた。

促されるまま、甘いフィルターのインドネシア煙草「Surya」を一箱買った。日本ではガラムという名で知られていたが、インドネシアではスーリヤと呼ばれることが多かった。かつて大学で学んだ古代インド宗教史の講義でもこの言葉が出てきた。スーリヤ。きっとサンスクリット語の「太陽」から付けられた名前なのだろう。

封を切った途端にクローブの甘い薫りが鼻をついた。一本をくわえ、持っていたマッチで火を点けようとしたところで、青年はあっけらかんとこんなことを言った。

「俺にもくれよ。さっきからタバコ吸いたかったんだ」

青年は買ったばかりのぼくの煙草へ当然のように手を伸ばすと、たちまち一本を耳に差し、更に一本を抜き取って口にくわえた。「なあ、火だよ。早く点けてくれよ」

ある意味でそれはインドネシアでよくある光景だった。これまでも何度となく同じような場面に遭遇していたし、そのたびに気持ちが萎える空虚さも味わっていた。

ぼくはため息を押し殺してマッチを擦り、彼のタバコに火を点けてやった。青年はありがとうも何も言わず、うまそうに煙を吐き出してさっさとテーブルを離れた。

「なあ、ちょっと待てよ」

ぼくは彼の背中に向かって、なるべく穏やかに声をかけた。

「こういう時はやっぱりありがとうって言うんもんじゃないかな? なんだか寂しかったよ」

そんなことを告げながら、同時に彼が返してくるだろう言葉がすっかり予想できていた。俺たち友達だろ、と。それは、こう問いかけるたびに彼らが決まって返してくる言葉だった。

「気にすんなよ、友達じゃないか。それにお前は金持ちなんだろ? 俺は違う。金のあるお前がタバコを買って、それを俺がもらっただけだ。何もおかしくないじゃないか」

なんて無茶苦茶な理屈なのだろう。いったいそれのどこが友達だと言うのか。もちろんここは彼らの国であってぼくの国ではなかった。ここにあるのは彼らの暮らしであってぼくの暮らしではなかった。そんなことはとっくに理解していたつもりだった。

「でもね、そうは思えないんだよ」と、ぼくはまたゆっくりと彼に言葉をかけた。

「ぼくの友達はみんなありがとうって言えるんだ。それが人としての最低限のルールなんだ。友達だからってルールを無視しちゃいけない。そうは思わない?」

「言ってる意味がよく分かんないな。じゃ、何だよ。俺が今ありがとうって言えばそれでいいのか? だったら何回でも言ってやるぜ。ありがとな、ありがとさん」

「そうじゃないんだよ。言えばいいってことじゃない。分かるだろ? ぼくが言ってるのは気持ちの方なんだ。言葉じゃなくて心の方なんだ」

「なあ、いいか。おまえは金持ちなんだ。現にこうしてインドネシアに来てるじゃないか。飛行機に乗る金だって持ってるんだ。俺には無理だね。飛行機なんて一生乗れっこない。日本になんて行けるわけがないんだよ。貧乏な俺がお前からタバコをもらって何がいけないって言うんだ?」

「本気で言ってるのか?」

「だから、ありがとうって言ってほしけりゃ何回だって言ってやるさ。俺には金がないんだ。少しぐらいもらったっていいじゃないか。なんでそんなことで文句言われなきゃならない? それこそ意味が分からないぜ」

その時、ぼくらのやりとりを聞いていた別の青年がゆっくりと近づき、テーブルの向かいに腰をおろした。

「なあ、俺の友達がお前に何かしたのか?」

そんなふうにして、ヨノは静かに語り始めた。

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