フィラデルフィアでの恐怖と憎悪④
わたしたちは雪の中を進んでいった。小さなプラザを過ぎ、雪で覆われた林を過ぎ、銀世界の野原を過ぎていった。そのうちに住宅地が見えてきた。
「あともう少しだよ。」
とEは言い、わたしはそっと手を握り返した。すると、遠くからパトカーが走ってくるのが見えてきた。サイレンは鳴らしていないがランプは点灯しているようだ。日本と違って警察がランプをつけているときは何かあったときだ。
やがてパトカーは私たちの前に停車し、体格の良い警官が降りてきた。警官はわたしに高圧的にこう伝えた。
「彼女(E)の交際相手から、ストーカーによって連れ去られているという通報が入った。署まで来てもらう。」
え?はい?わたしは思わずEの顔に目を向けた。彼女はうつむいたまま涙を流している。わたしの頭の中に大きな疑問符が膨らみ、そして真っ白になり、そして真っ暗となった。その間に警官はわたしに手錠をかけ、パトカーの後部座席に押し込み、車を出した。車から遠ざかるEの方を見つめていると、彼女はうつむいて立ち尽くしているままであったが、やがてその姿も雪の中に見えなくなった。
アメリカでグレイハウンドよりひどい乗り物はないとそれまで思っていたが、どうやらパトカーがそれを下回るようだ。まず椅子がプラスチック製で堅い。全ての揺れが直接痛みとなって襲い掛かってくる。そして背もたれには手が入るくぼみがある。これは、アメリカでは後ろ手錠が基本なので、手錠をしたまま乗せられるようになっているからだ。
パトカーはやがて小さい警察署に入っていった。規模でしたら日本の交番を大きくしたような建物である。中へ誘導されすぐ手錠を外された。
「一体どうなってるんだ?僕は逮捕されたのかい?」
とわたしは早速すべての疑問を警官にぶちまけた。
「いや、逮捕ではない、悪かった手錠をかけたのは予防措置のためだ。」
そして警官は、Eの交際相手から、わたしがカリフォルニアから訪れてきていて、そのまま2人で失踪しないか心配で通報を受けて出動した、との説明を受けた。だがわたしにとって見れば他に交際相手がいるなんてそれまで聞いたことがない。仲良くしている男がいるが、ただの友達だ、としか知らない。
「どうやら、君は悪い女に引っかかったようだな。一通り調書は取らないといけないから、悪いがちょっと付き合ってもらう。」
と警官はいい、わたしはすべての質問にできる限り答えた。どう付き合いが始まったか。なぜ遠距離になってしまったか。どういう経緯でこのペンシルバニアにいるのか、などなど。全て納得がいったのか警官は
「よし、わかった。もう言っていい。老婆心ながら忠告するが、彼女とはもう縁を切ったほうが見のためだよ。駅まで送っていってやるから、そのままカリフォルニアに帰りなさい。」
これは忠告なんかじゃない。ほぼ命令みたいなものだ。仕方がなく言う通りにし、パトカーに再び乗り込んだ今回は後部座席じゃなくて助手席だ。犯罪者扱いなんてもうこりごりだ。パトカーから流れる雪の車窓を見つめながら、いまだ理解ができないこの状況に頭の中は真っ暗のままであった。
つづく