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#9 西九州新幹線の期待と覚悟

西九州新幹線・武雄温泉-長崎間が9月23日に開業します。長崎は中国やオランダの影響を随所に見つけられる異国情緒あふれた街。貿易、造船で栄え、かつて九州最大の都市でした。坂が多くコンパクトな市街は、風光明媚で食も多彩。平和教育が目的の修学旅行先としても人気です。2020年10月、観光特急「36ぷらす3」取材ついでに訪れた、久々の長崎では、再開発が進む駅周辺の変化に驚きました。旧駅舎の商業施設で出発直前まで土産物を選んでいたのですが、ホームがあまりに遠くて、長い通路を走ったことを思い出します。新駅舎は、どんな姿になったのでしょう。今度は新幹線「かもめ」で訪れ、五島列島にも渡ってみたい、と思いを馳せています。

新幹線は新たな流動を創出する仕掛けとなります。短時間かつ快適に移動できるのならば、と誘客効果は絶大です。東京-金沢間を約2時間半で結んだ北陸新幹線の例を挙げるまでもありません。西九州新幹線が想定する市場の一つは関西。新大阪-長崎間は鉄道で約4時間半かかりますが、開業後は最速4時間を切ります。到達時分の4時間には、航空と新幹線を選択する際の心理的な“壁”が存在すると言われます。しかし、西九州新幹線は対面ホームでの「乗り換え」が1回増えます。開業効果は見込めると思いますが、4時間近い長時間の移動と、博多と武雄温泉で2度の乗りかえ。到達時分以上に、新幹線ネットワークと接続していないのは流動定着に厳しいでしょう。

水を差すわけではありませんが、営業主体のJR九州にとって、西九州新幹線が経営の重荷になることを懸念しています。新幹線自由席特急料金の認可申請時に示された収入・原価の想定を見る限り、年度収支が均衡する見通しが立っていないためです。運輸・料金収入が約70億円の想定に、九州新幹線の実績を参考に算出した人件費と経費、それにJR九の設備投資にかかる減価償却費、固定資産税の支出合計は約70億円の見込み。加えて、新幹線を保有する鉄道・運輸機構に「貸付料」を支払わなければなりません。その額は「受益の範囲内」とされていますが、閑散化が必至の並行在来線を完全に経営分離しないこともあり、JR九に“受益”が発生しないようにも見えます。

とはいえ、6197億円の巨額が投じられた公共事業で、JR九が払う貸付料がゼロとは考えにくいです。ただ、工事費を増額した2019年の鉄道・運輸機構による事業再評価では、50年累計の費用便益比が0.5と非常に残念な効率。建設費負担がないはずのJR九に、責任の一端を負わせるのは酷です。30年間定額のため、将来の九州・山陽新幹線乗り入れを考慮するのかどうか。貸付料は、慣例で開業前日に公表されることになっており、JR九の業績を左右する数字として注目です。ミッシングリンクがいつ、どうつながるのか。整備新幹線は、計画も予算措置も、政府与党による“政治判断”。JR九ができるのは、需要創出と安全運行に全力を尽くすのみです。


(用語)貸付料

整備新幹線は、鉄道・運輸機構が施設を建設して保有、営業主体のJRが貸付料を払って運行・維持管理する上下分離方式。工事は、貸付料収入を除いた3分の2を国、3分の1が地方公共団体が負担する枠組み。貸付料は、新幹線を整備した場合に発生する「収益」と整備しない場合の「収益」の差(=受益)を限度として、30年定額で設定。現時点で受益の算出は、直接の鉄道事業に限っているが、財務省からは財源を捻出するために、関連事業の収益も加えるべきとの声や50年への延長を求める声があがっている。


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