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営業秘密とする技術情報の特定

営業秘密は、秘密管理性、有用性、非公知性の三要件を全て満たした情報でなければなりません(不正競争防止法第2条第6項)。そして、民事訴訟において三要件のうち秘密管理性が認められなかったたため、原告等が営業秘密であると主張する情報の営業秘密性が裁判所に認められないことが多々あります。しかしながら、営業秘密であると主張する情報が特定されていないとして、営業秘密の三要件の判断すら裁判所が行わない場合が少なからずあります。このため、情報を営業秘密として管理する場合には、まずは営業秘密とする情報の特定が重要となります。


(1)営業秘密になり得る情報

不正競争防止法第2条第6項には、下記のように営業秘密が規定されています。

不正競争防止法第2条第6項
この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。

上記のように、「生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報」であれば、営業秘密の対象となります。技術上の情報とは、例えば図面、ソースコード、化学物質の組成や配合等であり、営業上の情報は、例えば顧客情報、取引先情報、経営情報等です。すなわち、企業等で作成される一般的な情報は営業秘密となり得ます。なお、企業の反社会的な行為などの公序良俗に反する内容の情報は営業秘密とは認められないと考えられます。そして、「技術上又は営業上の情報」であって、秘密管理性、有用性、非公知性の全てが満たされた情報が営業秘密となります。

(2)営業秘密が特定されていない例

以下では、営業秘密が特定されていないとする裁判例を紹介します。

<小型USBフラッシュメモリ事件>
知財高裁平成23年11月28日判決 事件番号:平成23年(ネ)第10033号

本事件において、控訴人(一審原告)は、LEDに関する情報(LEDの搭載の可否、搭載位置、光線の方向及びLEDの実装に関する情報)が営業秘密であると主張しました。そして、控訴人は、これらの情報について、小型化を実現する寸法・形状との関係で「当該寸法・形状とLED搭載が両立する事実及びその方法」を伝える情報とし、また、そうした寸法・形状での小型化を達成する部品配列・回路構成等との関係でもそれら各要素が両立する事実及びその方法を伝える情報として、「全てが組み合わさることによって、そのまま商品化を可能にする技術情報として有用性を獲得する」と主張しました。

これに対して、裁判所は下記のように判断しました。

そうした寸法・形状での小型化を達成する部品配列・回路構成等との関係でもそれら各要素が両立する事実及びその方法を伝える情報として、全てが組み合わさった情報とはどのような情報なのか不明であり、営業秘密としての特定性を欠くといわざるを得ない。

このように、本事件において、控訴人は複数の技術情報を全て組み合わせた情報が営業秘密であると主張するものの、裁判所は全て組み合わさった情報がどのような情報であるのかを特定できていないとして控訴人の主張を認めませんでした。確かに、複数の技術情報を単に集めただけでは製品を作り上げることはできないでしょう。そうすると、複数の技術情報を組み合わせるためには、複数の技術情報を組み合わせるための新たな技術要素が必要であり、その技術要素が特定されていない情報は、営業秘密としての特定性を欠くの判断は妥当であると思われます。換言すると、複数の技術情報を組み合わせるための技術要素が真に営業秘密とするべき技術情報であったとも思われます。

<セルフィール事件>
大阪地裁令和2年3月26日判決 事件番号:平30(ワ)6183号、等

本事件は、被告との間でセルフィールのOEM販売契約を締結していた原告が、被告に対して同契約の解除に伴う原状回復請求権に基づき、支払済み代金の一部の返還等を請求したものです。一方で、被告は、原告が被告に無断で契約上禁止されているセルフィールの解析を行い、セルフィールの成分等に関する営業秘密を不正取得したと主張しました。
具体的に被告は、下記のように営業秘密を主張しています。

本件OEM契約では,製品に関する技術情報についての秘密保持が規定され,第三者への秘密漏洩を禁止し(16条),被告の同意なき成分分析も禁止されている(15条)。セルフィールの成分,成分の含有割合及びそのバランス(ただし,本件特許の特許公報記載のものを除く。)は上記情報に当たる。

これに対して、裁判所は下記のように判断しました。

被告は,営業秘密の内容として,本件特許の特許公報記載のものを除くセルフィールの成分,成分の含有割合及びそのバランスであると主張するものの,その具体的内容は明らかにしない。この程度の特定では,当該情報の有用性その他「営業秘密」の要件の有無や,当該情報と原告が取得等したとされる情報との同一性等を判断することは不可能又は著しく困難である。その意味で,被告の主張は,不正取得等されたという情報の特定の点で十分とはいえない。したがって,被告主張の情報が営業秘密に該当するとは認められない。

確かに、「本件特許の特許公報記載のものを除くセルフィールの成分」とのような技術情報の特定では、様々なセルフィールの成分等が含まれ、セルフィールの成分や成分の含有割合等の範囲も不明確であり、被告が主張する営業秘密に対して三要件の判断等はできないでしょう。仮に被告が主張するような営業秘密の特定方法が妥当であるとすると、被告(営業秘密保有者)も想定しなかった技術範囲ですら営業秘密の技術的範囲に含まれてしまう可能性もあります。
従って、「セルフィールの成分,成分の含有割合及びそのバランス」を営業秘密とするのであれば、やはりセルフィールの成分や含有割合等の数値そのものを営業秘密として特定するべきであると考えられます。

<UCN装置事件>
大阪地裁令和5年7月3日判決 事件番号:令2(ワ)12387号

本事件は、波長が600オングストロームより長い、極端に低いエネルギーの中性子であって、その低いエネルギー故に容器の中に閉じ込められる性質を有するもの(Ultra Cold Neutron:UCN)に関する装置(本件物件)の形状等を下記のように原告が営業秘密であると主張しました。

本件情報の具体的内容は、本件物件の外部形状、内部構造及びその機能を発揮させるため組み上げられた各部の装置や機器(以下「構成部品」という。)を含む仕組み自体であり、形状及び構造にあっては、本件物件全体及び各構成部品の形状、寸法、加工及び組立てに関する情報である。

これに対して、裁判所は下記のように判断しました。

しかし、かかる記述は情報の属性を極めて抽象的に述べたものにすぎず、具体的な技術思想や技術的意義を含む情報の具体的内容を読み解くことは全く不可能であり、ひいては公知の情報との対比(有用性、非公知性)や、管理態様(秘密管理性)を観念することができず、営業秘密の要件を備えるかどうかを判断することができない。
したがって、原告らの主張によってはそもそも本件情報が営業秘密に当たるとすることはできず、その主張は失当に帰する。原告らは先例からこのような特定で十分であるとするが、上記のとおり、営業秘密に該当するかどうかの判断ができない以上、原告らの主張は採用することができない。

本事件では、営業秘密の対象が本件物件の形状および構造とのように、特定できているようにも思えます。しかしながら、一般的に装置構成は公知技術も多用されています。より複雑な装置であればなおさらでしょう。このため、装置(本件物件)のどの部分が営業秘密であるのかを、換言すると非公知の技術情報を示す部分を客観的に認識できるように図面等で特定する必要があります。

(3)技術的効果と営業秘密の特定

次に、営業秘密とする情報は特定できているものの、その情報の保有者(原告)が主張する技術的効果との関係では情報の特定ができていない裁判例を紹介します。

<錫合金組成事件>
大阪地裁平成28年7月21日判決 事件番号:平成26(ワ)第11151号、等

本事件において、原告は錫合金の組成が営業秘密であると主張しました。しかしながら、原告が主張する錫合金の成分及び配合比率を容易に分析できるとして、裁判所によってその非公知性を否定されました。
これに対して原告は下記のようにも主張しました。

仮に,解析によって本件合金の金属含有率を測定できたとしても,金属がなじむ温度,金属を入れる順番等について専門知識,特殊な技術がなければ,偏析(金属や合金が凝固する際,不純物や成分元素の濃度分布が不均一になる現象)を起こしやすく,本件合金と同じ合金を製造することは不可能である。いわゆるリバースエンジニアリングが可能な製品であっても,分析により容易に製造できるものでない場合は,保護されるべき技術上の秘密に該当する。

しかしながら、原告の上記主張に対して裁判所は下記のように判断しています。

原告らは、本件合金の成分及び配合比率を容易に分析できたとしても、特殊な技術がなければ本件合金と同じ合金を製造することは不可能であるから、本件合金は保護されるべき技術上の秘密に該当する旨主張する。しかし、その場合には、営業秘密として保護されるべきは製造方法であって、容易に分析できる合金組成ではないから、原告らの上記主張は採用できない(なお、前記のとおり原告らは、本件で本件合金の製造方法は営業秘密として主張しない旨を明らかにしている。)。

確かに原告が主張する「金属がなじむ温度,金属を入れる順番等」は、裁判所が述べているように製造方法であって合金の組成ではありません。
このため、「本件合金と同じ合金を製造することは不可能」という効果を主張したいのであれば、営業秘密を錫合金の組成ではなく、製造方法によって特定するべきであり、営業秘密とする技術情報の特定を誤っているとも考えられるでしょう。

<クレープミックス液事件>
東京地判平成14年10月1日判決 事件番号:平成13(ワ)7445号

本事件は、原告が下記クレープミックス液の材料及びその配合割合そのものが原告の営業秘密と主張しました。

〈1〉粉10グラムに対する水分(牛乳及び水)の量が16ないし17cc
〈2〉牛乳と水を1対1の割合で配合
〈3〉調味料としてリキュールの配合(キャップ1/2程度)

裁判所は、上記〈1〉から〈3〉の原告主張のクレープミックス液の材料及びその配合割合の営業秘密性を否定しました。特に、リキュールの配合である〈3〉について、裁判所は下記のように判断しています。

・・・ケーキ等の焼き菓子類の原料に香料としてリキュール類を加えることがあることは、料理法として広く知られたものである上、原告配合においては単に「リキュール」としか記載されていないところ、被告配合においては、「コアントロー(オレンジリキュール)」と、クレープミックス液に加えるべきリキュールを特定の種類のものに限定しているものである。そうすると、原告配合において何らかの意味があるとすれば、個別の種類のリキュールの風味とは関係なく、1キログラムの粉に対してキャップ1/2程度の量のリキュールを加えるという、分量的な点(粉に対する配合比率)に意味があると考えるほかはないがリキュールの配合比率を上記の割合にすることについては、これが原告配合における独創であり、また、当該配合比率をとることによって、できあがったクレープの食感ないし風味にどのような効果を生ずるものかは、証拠上全く明らかではない。

すなわち、裁判所は原告主張のリキュールの配合において、「リキュール」には様々な種類が存在するにもかかわらず、原告は単に「リキュール」としか特定していないために、どのような効果が得られるのか不明であると認定しています。このような裁判所の判断は妥当であると考えられ、そうすると原告は営業秘密の特定として広い概念である「リキュール」ではなく、少なくとも実際に原告が使用しているリキュールの種類を営業秘密として特定する必要があったのではないかと考えられます。

(4)まとめ

以上のように、営業秘密として技術情報を特定するためには、具体的な構成、すなわち、他の技術情報との対比が可能な程度には特定する必要があると考えられます。ここでいう対比とは、すなわち、公知の技術情報や、不正に持ち出されたとする技術情報、不正に使用されたとする技術情報との対比が可能な程度に特定する必要があるでしょう。
また、営業秘密としての有用性を主張するために、営業秘密とする技術情報の技術的な効果を主張するのであれば、当該効果が客観的に理解できるように特定する必要があります。
そもそも、営業秘密とする技術情報を特定しないと秘密管理もできず、秘密管理性が認められることもないと考えられます。

最後に、発明を営業秘密として特定する場合の態様について、秘密保持契約に関する資料である特許庁オープンイノベーションポータルサイト モデル契約書_秘密保持契約書(新素材)のp.10には下記のように記載されています。

・・・そこで、秘密保持契約締結前に自社が保有していた秘密情報のうち特に重要なものだけでも秘密保持契約の別紙において明確に定めておくことが考えられる。
・これにより、自社の重要な情報を確実に秘密情報として特定できるとともに、上記リスクを回避することができる。なお、秘密保持契約の別紙において定義をする際には、弁理士に対して、特許請求の範囲を記載する要領で作成を依頼することも考えられよう。

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