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窓の外に描く 第8話「バイクと絵」

その後、一週間たっても、ジニは学校に来なかった。フィリックスは相変わらず毎日学校に来て、女の子達に囲まれていたが、どこか寂しそうだった。
 「フィリックス、元気無いな。」
そう話しかけると、フィリックスは答えた。
 「先生もだよ。全然元気ない。」
いつもの澄んだ目で見透かされて、どきっとした。そうかもしれない。寂しかったのは自分自身だった。

 「先生、ジニを迎えに行こう。家まで。多分、午前中は寝てるよ。」
 「そうだな。わかった。」

たまたま午後の授業は空いていたから、主任の先生に事情を話して、フィリックスと一緒にジニを車で迎えに行った。しばらく走ると、フィリックスが言った。
 「先生、ジニがなんで学校に来なくなったか知ってる?」
 「ああ、前に話したように、俺がバイクの・・・」

 「違う、違う、そうじゃなくて、それより前の話。中2の途中から中3のはじめまで、ジニは学校来なかったんでしょ。」「なんで来なかったか知ってる?」

 「ああ、前任の先生からは、その頃に暴走族に入ったからって聞いたが」
 「そう聞いたんだ。あれね、実は、ジニが中2の頃に描いた絵が原因なんだよ。ジニには言わないでよ、この話。僕から聞いたって。」
 「絵?ジニは絵なんか描かないって前に言っていたんだが」

 「うん、それ以来描かないって言ってた。」「中2の時にジニは、夏休みの課題を一つもやって来なかったんだけど、唯一得意な美術の絵の課題だけ持ってきたんだって。」「めずらしいから、みんなが褒めたりびっくりしたりしたらしいんだけど・・・」

 「けど・・・?」

「その時の担任の先生に、『どうせ、ひとに描かせたんだろ。お前がこんなにかけるわけ無い』って言われたんだって・・・。」

 「・・・それから、学校に来なくなったってわけか。」

 「うん、そうみたい。」

 フィリックスの話を聞いて、同じ教師として、恥ずかしかった。生徒の才能や努力を信じることが出来ないなら、なぜ教師なんかしてるのだろうかと思う。思う反面、ジニを過去の自分や、死んだ友人と重ねてしまったことを振り返ると、自分も似たようなものだと思えてきた。

 生徒は、教師がその才能や人間性まで決めつけて良いものでもなければ、自己投影の対象でもない。勝手に評価したり、憂慮したり、求められてもいないのにしてしまうのはなぜだろう。

 ジニは賢い。そして繊細だ。今回も、単に注意されたから学校に来なくなったわけではない。俺の、身勝手な自己投影に無意識に傷ついたはずだ。
 あの時、美術準備室で俺が心配していたのは、ジニ自身ではない。ジニが、死んだ友人のようになることを心配し、俺自身が傷つくのを心配したのだと気づいた。
 ありのままの、目の前のジニをそのまま受け入れてあげられなかったことを後悔した。

 そう考えながら、バン先生はそのまま車を運転し続けた。

 15分後に、ジニの家に着いた。ドアのチャイムを鳴らしたが、ジニは出て来なかった。
 「寝てるかも、電話してみるね。」
 フィリックスはそう言ってケータイを出した。その時、ドアが開いた。
 「ジニ!起きた?」
フィリックスが言ったが、ジニは様子がおかしい。ドアにもたれかかるように、倒れた。
 「ジニ、ジニ!大丈夫か!」
 「先生、ジニ、すごい熱だよ!」

 そのまま、車に乗せて病院に連れて行った。風邪を拗らせて、高熱が出たようだった。薬をもらい、ジニの家族に連絡をしたが、電話を取らなかった。
 ジニをまた、家まで車で運ぶしかなかった。フィリックスが心配しながらジニを支えた。
 まもなくして、ジニの家に着いた。フィリックスと一緒にジニを支え、部屋まであがった。ベッドに寝かせたが、部屋を見て驚いた。
 ジニの部屋は壁までびっしり、バイクの絵でいっぱいだった。

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