「TECHNOLOGY POPS的」80年代アルバム/曲ベスト30(性懲りもなく参加してみました)【前編:アルバム編②20位〜11位】
20位:「The Love That Whirls(Diary Of A Thinking Heart)」
Bill Nelson(1982)
電流の振動によって起こした磁気を利用してギター弦を振動させることにより無限サスティンを生み出す(音が途切れない!)魅惑のアタッチメント、E-Bow。ゲートリバーブやフレットレスベース、エレクトリックドラム・・・アーリー80'sのサウンドアイコンは数多くありますが、このE-Bowによるサスティナブルギターサウンドも80's初頭のニューウェーブを彩った時代の音と言えるでしょう。もちろん現在でもこの効果は数多くの楽曲で使用されていますが、このE-Bowギターを前面に押し出した名手といえばBill Nelsonをおいてほかは存在しません。Be Bop DeluxeやRed Noiseといった革新的なサウンドを追求していたバンドやユニットを経てソロに転向した彼が1982年にリリースしたのが、この「The Love That Whirls」で、当時Bill Nelsonは高橋幸宏の4thアルバム「What Me Worry?」に参加しこの美しいE-Bowサウンドを聴かせてくれたわけですが、この高橋幸宏との共同作業はBill Nelsonの音楽的方向性にも大きな影響を与え、本作においてエレクトロサウンドをフィーチャーしつつもまだロック色の強かった前作「Quit Dreaming And Get on the Beam」と比較しても明らかにニューウェーブ~シンセポップに傾倒した音作りにシフトしています。リズムはRoland TR-808を軸にしていますがあの独特のスネアをパワフルに加工し強烈なノリを生み出し、前述のE-Bowやギターシンセサイザーを駆使した斬新なギター音色で彩られたサウンドは、ノスタルジックでもあり近未来でもある不思議な空間を演出しています。冒頭を飾るエネルギッシュな「Empire of the Senses」と強力リズムとギターシンセが唸りまくる「Flaming Desire」を聴くだけでも彼の先進性が理解できると思います。個人的に海外の80'sといえばBill Nelsonなしには語ることはできません。しかもその後生み出される膨大な作品群(飽くなき創作意欲)には頭が下がります。しかし、テクノロジーの著しい進化の過程にあった80年代だからこそ、先進的なサウンドに常に創作意欲を刺激されていた彼だからこそなし得た実績であると思われます。
19位:「遠野」
姫神せんせいしょん(1982)
YMOのブレイクに端を発した1980年の空前のテクノポップブームに日本の音楽シーンが沸く中、岩手県ではYMOと対を成すような日本の原風景をテクノポップに料理したようなバンドがゆらりとデビューしました。それが後に姫神として世界のニューエイジ・ミュージックを牽引していくことになる星吉昭率いる姫神せんせいしょんです。1981年にシングル「奥の細道」でデビューしますが、これが岩手県内で大ヒット。当時岩手が誇るベストテン方式ラジオ番組「IBC TOP40」では年間第7位にランクされるなど、岩手県民の心をがっちりと掴み、県民にシンセサイザーの魅力をYMOやテクノポップ御三家とは違った形で伝えることに成功しました。
さて、姫神せんせいしょんは4人組バンドでして、原則として星吉昭ソロだった姫神とは異なり、ギターやリズム隊が生演奏するフュージョン由来のテクノポップインストグループでした。彼らの特徴である和風テクノなアンサンブルはおよそ欧米では味わえない類のサウンドで、この強烈な個性はいまだ評価が足りないのではないでしょうか?そこで、今回彼らの作品を選出させていただいたわけですが、ここではヒット作である1stアルバム「奥の細道」ではなく、1982年作品の2ndアルバム「遠野」を挙げたいと思います。本作は、タイトルを見てもわかりますように岩手県民のDNAに染み付いている柳田国男の民話集「遠野物語」をモチーフにしたもので、前作以上に岩手の奥深い、不思議な遠野ワールドを情景描写豊かなシンセサイザーサウンドで表現しています。「春風祭−遠野物語への旅−」や「水車まわれ」のようなアップテンポな楽曲は、岩手県のTV番組で頻繁にしようされていましたしが、本作の魅力は「水光る」や「峠」のような全体を包み込むような美しいナチュラルアトモスフィア、そして「早池峰」や「河童淵」のような土着的なアヴァンギャルド性が混在する部分です。前作の2番煎じに甘んじることなく、「遠野」というコンセプトによってシンセサイザーの可能性を十二分に引き出した作品になっていると思います。なお、クレジットには「KORG Synthesizer」と記載されていますが、やはり星吉昭といえばRoland Jupiter4でしょう。音のお尻をベンダーで震わせる亊の音のような独特の奏法は、彼ならではの技術。ノイズを使用した風の音やLFOで揺らした笛の音など音作りの細やかさは絶品です。サブスクではYouYubeのみでしか聴くことはできませんが、是非聴いてみて下さい。
18位:「Warp」
New Musik(1982)
Tony Mansfieldも当然のことながら80年代のエレクトロポップシーンにおける最重要人物の1人です。彼が率いた4ピースバンド・New Musikはギターポップ〜ネオアコの流れにエレクトリックサウンドを混合させる際に起こるマジックを体現した作品を次々と生み出しました。みんな大好きPrefab Sproutやデンマークのポップ職人Gangwayといったエレクトロ風味をまぶしたギターポップバンド達は、往々にしてNew Musikの1stアルバム「From A to B」や2ndアルバム「Anywhere」の系譜を継いでいると言っても過言ではないと思われます。
しかし今回New Musikの作品から選出したのは、3rdアルバム「Warp」です。トリオバンドとなりFairlight CMIの実験場として急速にテクノポップ化した時期の作品で、これでもかとチープなシモンズドラムが炸裂する「人工甘味料が加えられたバブルガム・ポップ」という異名も頷けるバンド感を排した淡々としたポップミュージック。その原因はシンセサイザーパートの割合の多さ、そしてシンセベースのチープさが独特の侘しさを醸し出しているためです。本作はこのチープなエレクトロのベース&リズムの存在が非常に大きく、楽曲全体の物悲しい哀愁感覚はこの容赦のない鉄面皮のようなエレクトロニクスによるものでしょう。もともとメロディアスなフレーズを連発するキャッチーポップが魅力であったNew Musikがテクノロジーの導入により劇的に変化したこの3rdアルバムは、賛否両論こそあるかと思いますが、今回の選出にふさわしい作品であるかと思います。
なお、Tony Mansfieldの魅力は、そのサウンドメイクやメロディメイカーとしてのセンスもさることながら、異常に滑舌が良い歌唱にあると常々思っています。リスニングしやすいというかスパイクが良く引っかかる感じというか・・・とにかくわかりやすい。なのでもっと歌って欲しかったなあ、という思いがあるのです。
17位:「It's Friday」
Jadoes(1986)
日本の80年代音楽シーンを語るにあたり、やはり角松敏生は外せないと思いまして本人のアルバムをいくつか候補に挙げていたのですが、「After 5 Crash」にしても「Touch And Go」にしても「Before The Daylight」にしても他の皆様がそれなりに評価していただけるでしょうし、何よりもう十分に高い水準で評価が固まりつつあるように思えます。既に評価が固まりつつある作品をわざわざこの企画で取り上げても仕方がありませんので、今回は角松の愛弟子でもあり、彼のコテコテのキャラクターや音楽性を忠実に受け継いだJadoes(ジャドーズ)の作品に目を向けたいと思います。1stアルバム「It's Friday」、2ndアルバム「Free Drink」、3rdアルバム「a lie」という初期の名盤が2010年代にリマスター再発され、Light Mellow周辺のシティポップリバイバルで注目されたことは記憶に新しいのですが、少しだけ芸人活動を行っていたことが仇となってまともに音楽的評価が得られなかった当時の境遇を考えるとまだマシとはいえ、もっともっと評価されるべき重要バンドであることを改めてアピールしたいと思い、今回は彼らの1stアルバム「It's Friday」を選出いたしました。
現在ではブギーと呼ばれる重厚なリズムと強いファンクネスを感じるグルーヴ、生演奏によるシティポップ的な優しいメロディラインを見せたと思うと、疾走感のあるシーケンスによるバリバリのエレクトロポップのアプローチを試みる多彩な音楽性をぶっ込んだ本作は、角松敏生プロデュース(彼のプロデュースはいちいち本人が出たがり過ぎ)によりブラッシュアップされていますが、当初から藤沢秀樹や斉藤謙策、伝田一正といったメンバーみずからが作曲を手掛けており、その豊富な音楽的知識に裏打ちされたセンス抜群のグッドメロディは彼ら本来持ち合わせている個性であり、本作は彼らのポテンシャルが遺憾無く発揮された傑作です。このライブ演奏における「Silent Night」でも彼らのプレイヤーとしてのセンスが感じられるところです。
結局Jadoesとしては角松からの独立以降は少々迷走状態に入ってしまって不遇のまま自然消滅してしまいましたが、コアメンバーはダンス☆マン(藤沢秀樹)率いるバンド☆マンに移行し、ミレニアム周辺で社会現象となるほどの大ヒットとなったモーニング娘。「LOVEマシーン」の編曲でようやく天下を取りますが、その下地は既にJadoes時代に鍛えられたものであり、彼らは80年代のみならず現代の音楽シーンにしっかり爪痕を残していることになります。「LOVEマシーン」のヒットは21世紀以降のアイドルソングが自称楽曲派の方々にロックオンされるターニングポイントとなったことを考えますと、ダンス☆マンひいてはJadoesが現在の楽曲派アイドル勢の火付け役になったと言っても過言ではないでしょう。
16位:「From Langley Park To Memphis」
Prefab Sprout(1988)
日本人も皆様大好きな音楽史に残るギターポップバンドPrefab Sproutは当然80年代ベストにはランクインされてくると思いますし、これは洋邦いずれの音楽ファンからもほぼ異論がないことと思われます。というわけで、ではどの作品を選ぶかが焦点となりますが、通常であればほぼ間違いなく1985年リリースの「Steve McQueen」を選択されることになるでしょう。奇才Thomas Dolbyをプロデューサーに迎えた意外性に加え、仕上がった各楽曲の無類の瑞々しさはネオアコから始まった彼らの音楽性を裏切らない程度の絶妙なエレクトロニクス加減をThomas Dolbyが調整したおかげであると感じています。しかし、トータルの空気感で勝負したこの名盤よりも、今回は各楽曲のパワーが格段に上がった1988年リリース「From Langley Park To Memphis(邦題:「ラングレー・パークからの挨拶状」)を挙げることにいたしました。
米国のマーケットを意識した結果、リズムが強調されゴージャス感の増した珠玉の楽曲が立ち並ぶ本作では、「The King Of Rock'N'Roll」「The Golden Calf」のようなロックナンバーに傾倒した楽曲もあれば、「Nightingales」「Hey Manhattan!」のような誰もがうらやむキラーチューンをいとも簡単に繰り出し、「I Remember That」「The Venus Of The Soup Kitchen」ではゴスペルも導入したドラマティックな展開で次作以降の期待感を煽り、かと思えば「Enchanted」「Knock On Wood」のような比較的地味めの楽曲においてエレクトロニクスを迷いなく導入して実験的なサウンドにも挑戦するという多様性も獲得しています。しかしその多様性が輝くのもPaddy McAloonの天才的なメロディセンスの賜物であり、しっかりとした楽曲の基盤があってこその名曲の数々であることは皆様もよくおわかりのことかと思います。
甲乙付け難い「Steve McQueen」と「From Langley Park To Memphis」ですが、Thomas Dolby全面プロデュース作品は1990年の世紀の大名盤「Jordan:The Come Back」が圧倒的で、それに比べるとどうしても「Steve McQueen」の印象が薄くなってしまったのと、「From Langley〜」もThomas Dolbyは参加しているものの数曲のみで、その他Jon KellyやAndy Richardsといった大物プロデューサーも手掛けた名曲は数多く揃えているものの、多様なプロデュース楽曲が混在しても彼らのポップネスは不変であることを再確認できる本作に軍配を上げたというわけです。
15位:「緑野原座フライト・プラネット」
星野架名(イメージアルバム)(1987)
80年代音楽シーンのアナザーワールドとして厳然と存在していた少女漫画やライトノベルの世界観を楽曲に仕立て上げサウンドトラックとして制作されたイメージアルバムの文化がありました。得てしてこのような戦場はC級アイドルソングと同じく、無名クリエイターの墓場として機能するか、メジャーフィールドで受け入れられないような個性派ニューウェーブアーティストの実験場になるか、どちらにしても一般的にはなかなか味わえないような独特の音世界があったわけです。そのため各作品のクオリティには天と地の差が存在しますが、後者のタイプの作品には稀に驚くべき輝きを放つものが登場してくることがありました。それが今回選ばせていただいたビクターレコードのファンタスティックワールドシリーズNo.13、星野架名原作のライトノベル「緑野原座フライト・プラネット」のイメージアルバムです。
このファンタスティックワールドシリーズはなかなかクセ者でして、No.8の日渡早紀原作「アクマくん魔法☆SWEET」(1986年)では、若き門倉聡を中心にリアルフィッシュの面々や上野耕路、鈴木さえ子、デビュー前の遊佐未森が参加していたり、No.11のわかつきめぐみ原作「わかつきめぐみの宝船ワールド」では大御所ムーンライダーズのメンバーやポータブルロック、カーネーションといった水族館レーベル人脈の面々が参加しており、彼らが楽曲を持ち寄ったオリジナルソングが収録されるため、現在となっては貴重な資料として重宝されるようになりました(なっているはずです)。その有用なシリーズNo.13がこの「緑野原座フライト・プラネット」というわけですが、これがまた格段に楽曲の出来が良いのです。特に作品の顔となるテーマソングの白眉の仕上がりには驚かされます。
本作を中心になって手掛けているのは、鈴木智文らと共に高橋幸宏プロデュースでYENレーベルからデビューするはずだったバンド・PRICEの元メンバー、国本佳宏です。一般的には戸川純「玉姫様」のアレンジャーと言った方が早いかもしれません。作詞にパール兄弟のサエキけんぞうを迎え、ボーカルには冨田恵一とKEDGEを結成してデビューする前の杉本直子を起用したこのテーマソングは、まず杉本の起用が大当たり。純度の高い無垢な声質が美しいメロディに見事にマッチしています。そしてドラムパートの微妙にヒューマナイズされたプログラミング。この少しモタリ気味なリズムあってのこの名曲です。この曲は後にリメイクされるのですが、もう既にこのモタリズムを失ってしまいましたので魅力は半減いたしました。
ヤプーズの吉川洋一郎が作曲した幻想的なシンセワークが光る「月齢14.9の夜」、プラチナKITとしてデビューする前の本間哲子ボーカルのアヴァンギャルドなベースプログラミングが美味しい直球テクノポップ「Psiクロン・シンドローム」、TPOの天野正道と国本の共同アレンジで踊れないシンセサウンドを披露する「彼方−まほろばフェスタ」と名曲は数知れずというところですが、やはりハイライトは再び戸川純と国本がタッグを組んだポエトリーリーディング(?)テクノ「夢見たちのハーモニー」。苛烈に襲いかかる変拍子リズムに、いかにも不遜な戸川の魔女セリフ、そしてラストの断末魔の叫びが実に素晴らしい。ポップスに使用される様々なシャウトの中でも最も鬼気迫る呪いのような叫びではないかと思います。結果的に戸川のパフォーマンスが目立ってしまったアルバムでしたが、杉本直子や本間哲子のようにデビュー前の力試しとして機能する場を提供していたイメージアルバムというジャンルからも選出したいという思いから、本作をランクインさせました。もちろんその資格は十分にある名盤です。
14位:「Demonstrations Of Affection」
Bill Nelson(1989)
さてこれなのですが、これは反則ですね。まず1アーティスト1作品と決めておきながらBill Nelsonだけが2作目です。そしてこのアルバムは4枚組BOX仕様でして、独立した4枚のアルバム「Chimes And Rings」「Details」「Heartbreakland」「Nudity」とTシャツ(!?)が同梱されているという、いわゆる企画盤です。上記4枚は単体でもリリースされていますので、まあ力技なんですね。しかし本作も80年代後期の音楽制作状況を考えますと外すことの難しい作品なのです。
Bill Nelsonは80年代初頭から自主制作レーベルCocteau Recordsを設立していまして、そこではTV番組のサウンドトラックやアンビエント作品等を精力的にリリースし続けていました(日本でいうところの細野晴臣のモナドレーベルのようなものと考えていただければわかりやすいと思います)。そのような中でもメジャーレーベルでは打って変わってエレクトロポップなアプローチの作品を1986年まではリリースするなどメジャーとインディーズを行き来する活動をしていたのですが、それ以降は再びCocteau Recordsでの自主制作活動期間に入ります。そんな明らかにワーカーホリック的に作品リリースを続けてきたBill Nelsonが、1988年にパタリとリリースを途絶えさせた瞬間がありました。しかしその間彼は4枚63曲約3時間にも及ぶシンセポップ楽曲をたった1人による多重録音で制作し続けていたのです(しかもその間に離婚してまで・・・しかしその出来事がさらに本作の制作に没頭させていったようです)。1年で63曲(しかも全曲歌モノ)ですよ? しかも持ち前のギターワークと長年培ってきたリズムプログラミングとシンセワークのセンスで作り上げる楽曲の数々は、どれもがBill Nelson謹製のポップソング揃いです。
では、数ある80's作品の中からなぜこの途方もないボックスセットを選出したのかといいますと、それは本作がすべて1人の多重録音で完パケした作品だからです。80年代後半は音楽制作用パソコンや汎用MIDIシーケンサーが普及し始めたこともあって、多重録音で制作するアーティストがプロアマ問わず急速に登場してきた時期ですが、まだまだミックスからマスターまで完全にパッケージングするまでは創意工夫が必要な時代でした。現在ではほとんどDAW(デジタルオーディオワークステーション)で完結するDTM全盛時代ですが、Bill NelsonはまだDTMを進めるには不自由だった時代に孤独にストイックに63曲もの楽曲を淡々と作り続けていました。この膨大な楽曲数によるボックスセットがプライベートな多重録音のみで制作されたという事実は、はからずも現在のDTMシーンにも影響を与えているのでは、多重録音の可能性や方向性を示していたのではと考えまして、今回の選出に至ったというわけです。恐らく本作を選出した方は誰もいらっしゃらないと思いますが、本作の選出は現在の音楽シーンにも必要なことではないかと考えたというわけです(まあサブスクにはないので皆様が聴ける術もほとんどないのですが)。
13位:「Night Mirage」
一風堂(1984)
80年代初頭の全世界におけるニューウェーブ&ニューロマ全盛期は、欧米のみならず日本もそのムーブメントに相乗し、結果として欧米と日本の先進的なアーティストが最もリンクしていた時代であったというのが個人的な印象です。YMOが現在まで評価されているのは、2度のワールドツアーの成功により欧米人脈の構築と彼らとのコラボレーションが実現した(坂本龍一とDavid Sylvian、MことRobin Scottとのコラボ、高橋幸宏とBill Nelson、Zaine Griff、Tony Mansfield、Steve Jansenとのコラボなど)ことにも一因があると思うのですが、坂本と高橋の加えて最も欧米の同時代的アーティストとのリンクを果たしていたのは、土屋昌巳でしょう。一風堂のリーダーでもあった土屋は、「すみれSeptember Love」という大ヒット曲を残したため日本の音楽史にも足跡を残す存在ですが、彼はそのような日本歌謡界での成功に甘んじることなく、時を同じくしてJAPANのラストワールドツアーのサポートギタリストとして参加した結果、世界的に名を知られるギタリストに成長、Duran Duranのメンバーが参加した別働ユニットArcadiaへのレコーディング参加など世界との距離を身近に感じつつ、80年代後半には「Life in Mirrors」「Horizon」「Time Passenger」というハイクオリティなソロアルバム3枚をリリース、その他の数多なプロデュース作品も合わせても彼の80年代仕事の充実ぶりは目を見張るものがありました。
今回のベスト企画では土屋昌巳が関わった作品も取り上げようと思い、直前まで「Life in Mirrors」と迷いましたが、ここは一風堂最後にして豪華ゲストを招いて制作されたニューウェーブとニューエイジ〜アンビエントの架け橋的な名盤、1984年の「Night Mirage」を選出いたしました。
本作はそれまでのオマージュ連発のニューウェーブバンドであった一風堂の姿から一変して、オリエンタルニューウェーブを展開していますが、何しろレコーディングメンバーがJapanのSteve JansenやRichard Barbieri、そしてBrand Xの革新的なフレットレスベーシストPercy Jonesが参加しているのが大きい。特にMick KarnではなくPercy Jonesというのが貴重で、彼の誰も思いつかないような独特のフレットレスプレイには楽曲の世界観の構築に大きな役割を果たしています。Mick Karnも大概変態フレットレスプレイヤーとして名を馳せていましたが、彼はPercy Jonesに影響を受けてプレイスタイルを確立しましたので、本家はこちらの変態となります。フレットレス特有のブヨブヨ音にピッキングハーモニクスのとんでもない高音フレーズは、とても日本人に真似できる代物ではありません(世界のほとんどのプレイヤーが真似できないとは思いますが)。そんな彼のベースプレイが「Plants' Music」「African Nights」「僕の心に夏の雨」「Lonely Sea Lion」「"Sail On"」と5曲で堪能できることには僥倖というほかないわけで、ポップスアルバムにおける彼の貴重なプレイを追うだけでも本作の価値があると言うものです。なお、この頃の一風堂は既に土屋ソロと化していまして、本作もほとんどが土屋楽曲なわけですが、ただ1曲見岳章が手掛けたサティライクなオーガニックインストゥルメンタル「水晶の葉」で占めるのが素晴らしい。一風堂の活動全てを浄化するといえば大袈裟ですが、恐ろしいほどのエンディング力です。
12位:「Tin Drum」
Japan(1981)
Japanのこのアルバムに関しては、もはや誰もが認める名盤ですから当方がとやかく申し上げることはありませんよね。バンド名のおかげで日本でのみ何故か熱狂的な人気を博していたグラム系ロックバンドであった彼らが、Giorgio Moroderプロデュースのシングル「Life In Tokyo」と3rdアルバム「Quiet Life」によりシンセポップに開眼、複雑奇妙なリズム隊が爆誕すると、4thアルバム「Gentlemen Take Polaroids」を経てリリースされたのが世紀の名盤「Tin Drum(邦題:錻力の太鼓)」です。オリエンタル風味に特化したProphet5のシンセワーク(特に金物系の使い方が素晴らしい)にMick Karnの不思議極まりないフレットレスベースのフレージングが炸裂、David Sylvianのボーカルもすっかりヌメリを感じる低音ボイスが板について、他に類を見ない空気感を醸し出した求道的な作品に仕上がっています。
特に全編シンセによる不思議バラード「Ghosts」をシングルカットする徹底ぶりにJapanの音楽性が一般リスナーが想像する遥か彼方に飛んでいってしまった印象を受けますが、バンド自体の内情は芳しいものではなかったらしく、しかしそんな中でも各メンバーがプロフェッショナルに徹して最高の作品を作り上げてくれたことには感謝しかありません。本作後のラストツアーをもって彼らは解散してしまいますが、彼らが残した音楽的影響は余りに大きく、数多のフォロワーを生み出しながら現在までその足跡を残し続けています。
11位:「イマジネイション通信」
原マスミ(1982)
ギター1本弾き語りで成立するような個性的な歌詞世界とフォーキーな歌唱が売りで、現在も熱狂的なファンに支えられて活動を継続しているシンガーソングライター原マスミの作品が現在まで愛され続けている理由は、自身の世界観の構築のためならエレクトロニクスを大胆に利用したニューウェーブな作風を取り入れることに躊躇しない部分にあったと思われます。このアヴァンギャルドともいえるエレクトリックサウンドの導入が原マスミというストイックなシンガーの評価として、特にファンの間でも賛否両論があったかと推測されますが、明らかに支持層を増やすことには成功していたと思いますし、実際に彼が内面に持ち合わせている宇宙規模の音世界を表現するにはシンセサイザーの力は欠かせないものだったのではないでしょうか。
そのような独自の強力な世界を持つ原マスミの音世界を全面的にバックアップしていたのが川島裕二ことBANANAです。彼は80年代において大変重要なキーボーディストの1人で、EP-4のキーボーディストとして活躍するかたわら、井上陽水や安全地帯の80年代における鮮烈なサウンドデザインは彼なしでは構築できなかったはずですし、ニューウェーブ期の太田裕美や越美晴、爆風スランプやPINKとの共演、さらには板倉文が参加するキリングタイムのサポートなど、日本の歌謡界からニューウェーブ界隈を横断的に行き来しながら、強烈なルックスとパフォーマンス、前衛的なサウンドセンスで常に聴き手にインパクトを残してきたマッドサイエンティストです。そのようなBANANAが原マスミの個性派ワールドを支えるとなれば当然普通の音になることはありません。アレンジャーとして記載されているDA・DA・DAはBANANAの変名で(彼はやたらと変名が多いアーティスト)、彼が特に前衛的なアレンジを施す時に使われる名義であると推測しています(ちなみに井上陽水「この頃、妙だ」はDADAAD名義。少し違いますねw)。本作では岡野ハジメやMeckenをベースに、そしてBANANAと奇妙キテレツなサウンドを構築するための御用達ギタリストであったRAが参加し、独白のような歌のバックで散々やりたい放題のサウンドメイクを施しています。それほど複雑怪奇な世界(もちろんバラードは優しい弾き語り系の曲調ですが)を表現できるのはBANANA以外にあり得ないですし、彼のセレンディピティ溢れるアレンジメントは海外のクリエイターでは思いもつかない手法で繰り出されていますので、原マスミは日本独自のガラパゴス的なニューウェーブフォークシンガーとして、今もなお他の追随を許さない立ち位置に君臨しています。この独自性とBANANAの代表的なプロデュース作品としてこれ以上ないアルバムということで、今回の選出に至ったというわけです。
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