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カナヘビの礫死体

 緩やかな下り坂で自転車を転がしていたら、道の端でカナヘビが真っ平に潰れていたのが見えた。おおかた往来の自転車に轢かれたに違いない。肉は裂けて内臓が出て、その上太陽に焦がされたその身体は血の色味がかった真っ黒になっていた。

 この坂を下る人に潰されたんだろうか。それとも上る人に潰されたんだろうか。何処かへ行く途中に潰されたんだろうか。帰る途中だろうか。誰かに気付かれただろうか。気付く間も無かっただろうか。死んでからどれくらいの間ここに居ただろうか。

 色々なことが、車輪の回転する如くにくるくる回る。ペダルは踏まずともくるくる回る。

 轢かれないためには、不真面目ではいけない。実際家でなくてはならない。

 然しさあやってやるぞと思い立ってみても、その気概は大抵明日まで続かない。一寸止まったその隙に、誰かに踏まれてみなければ、自分の不足と無能が理解できない。不様に裂けた肉を見なければ、飛び出た臓器を見なければ、吹き出す血潮を見なければ、今まで如何なる鼓動を打っていたかに気が付かない。然し死んでからじゃ意味が無い。

 轢死体は、こういう矛盾を教えてくれる。矛盾を解消できずとも、知っているのと知らないのでは懸隔があるに違いない。

 坂道の終いまで来たところで振り返ると、既に轢死体は見えなくなった。


 

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