人〈広島カープ〉

ハイヒールの踵をお直しにいった。

とある駅近のお直し屋さん。
初めて入った。

先客のおばあちゃまの後ろに並んだ途端「ちょっと！外に書いてあるでしょ！人がいたら次は入ってくるなと！」

『あ、すみません…』

めちゃくちゃキレられた。

日焼けを気にしながら外で待つこと7分。

おばあちゃまが帰られ、再び中へ。

「あのね、コロナ減ってると思って調子に乗ってると（略）』

また怒られた。

ただ踵を直しにきただけなのに、なんでこんなに怒られなきゃならないのか。

面白くなってきて、天を仰ぐ。

赤い。
やたら赤いぞ。

お、ぜんぶ広島カープだ！

『カープファンなんですか？』

「見りゃわかるだろ！」

『あ…はい』

「野球はすきか？」

『はい！』

「そうかあ、そうかあ（満面の笑み）」

と軽やかに踵が直った。

早く帰ろ。

『おいくらですか？』

「あのポスターは俺が新聞を切り抜いてな」とわたしの靴を抱えたまま2016年の優勝のはなし、江夏と衣笠の話、黒田の話、新井の話、名前忘れたけど背番号33の選手の話をされた…

わたしは正直野球に興味はない。
でも人が猛烈に愛してるものの話を聞くのはなんでも好き。

店内に父親らしき方の遺影が飾られていた。
先代かな。

プロ野球選手になりたかったと。
夢破れ、靴屋を継いだのだろうか。
今はこのお店がグラウンド。

などと、ぼんやりしていたら、また怒られた。

踵のすり減りは直るが、心はすり減るなかなかクセになるお店。

また1000本ノックしてもらいにいこうっと。