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1冊目 『半分の月がのぼる空』について(上)

 こんにちは豊世です。今回は第一回ということで自分の一番好きな小説を紹介したいと思います。橋本紡さんの『半分の月がのぼる空』です(以下、半月と略させていただきます)。ほんとに好きな作品なので多分長くなりますし、複数回に分ける予定です。では早速紹介していきます。

1、 あらすじ
 本作の舞台は三重県伊勢市のある総合病院です。A型肝炎を患う主人公の戎崎祐一は、生まれつき難病を患っていてずっと病院暮らしを続ける少女、秋庭里香と出会います。色白で整った容姿とは裏腹に傍若無人な里香に振り回されながらも、時たま見せる優しさや自分の死期を悟ったような儚さに祐一は次第に惹かれていく…という、今となっては王道のボーイ・ミーツ・ガールです。
 このようにあらすじだけ書くと最近ではよくあるボーイ・ミーツ・ガールと変わらないように思えます。最近では佐野徹夜の『君は月夜に光り輝く』や住野よるの『君の膵臓を食べたい』など、主人公と余命わずかな少女との交流を描いた小説が実写やアニメで映画化されており、半月も一見するとこういったいわゆる流行りの作風にのっとっているように見えるという人もいるかもしれません。
 しかし、自分は半月は他の作品とは一線を画した点が多い、頭一つ抜けた名作だと思っています。以降では半月という作品の魅力について説明していきます。

2、 シリーズ作品としての魅力
 半月は先ほどまで紹介した作品とは異なり、1巻では完結しません。電撃文庫版では文庫にして8冊、完全版では単行本で上下巻の2冊、文庫で4冊とシリーズもの化されています(電撃文庫版と単行本版の違いについてはまた次回に)。
 当たり前のことですが、シリーズが長ければ長いほど描かれるエピソードも多くなりますし、心理描写も増えます。その結果、話の中で登場人物が成長したり変化したりしていく過程がよりリアルに描かれます。
 これこそが自分が半月を魅力的に思う理由の1つです。1冊のお話の中で人の生き死にを描こうとすると、どうしても一定の型のようなものができてしまいます。主人公とヒロインがひょんなことから出会い、病のことを知り、2人で残された時間を過ごし、病が悪化し、最後にはヒロインがなくなってしまうものの残された主人公は彼女との思い出を胸に抱え、人生を歩んでいく…といった具合です。もちろん1冊の中でこのような人の人生を描いた小説は面白いし、結末に涙する人も少なくないでしょう。
 しかし、半月はこういった王道の型からは大きく外れています。そもそも里香の病が悪化(実際には悪化とは少しニュアンスが違いますが)するのはシリーズの中でも中盤以降ですし、結末もかなり異なります。シリーズものとしての利点を生かし、わかりやすいプロットで1冊の中で物語を完結させるのではなく、じっくりと話を続けて唯一無二の物語を作り上げている。これが半月が他の作品と一線を画し、「ボーイ・ミーツ・ガールの聖典」とまで言われている理由の1つです。

3、 等身大の人物像
 次は半月で描かれる人物について、主に主人公の祐一について書いていきます。
 あらすじでも説明した通り、主人公の祐一はA型肝炎のために物語の始まる1ヶ月前から入院しています。しかし、祐一はまだ病が完治していないにもかかわらず、退屈だからという理由で夜な夜な病院を抜け出して夜の街を散歩したり、深夜に友人の部屋に転がり込んだりとかなり身勝手な生活を送っています。他にも、(未成年なのに)夜中に病院の屋上で悪友と酒盛りを始める、病室に隠していたエロ本が里香に見つかって喧嘩になる、入院生活が長引きすぎた上にレポートもサボりまくって進級が危うくなるなど、若さゆえの奔放さや心のもろさがかなり生々しく描写されています。
 しかし、そんな飾り気のない祐一の人柄が、本作の魅力の一つでもあります。作品内でも何度も強調されていることですが、祐一というのは本当に平凡で特筆すべき才能を持たない少年です。これは基本的にシリーズを通して変わりません。物語の中盤以降でも、祐一は里香に対して一途とは言えない行為を取ってしまうこともあります。しかし、だからこそこの物語は愛おしい。これは少年の成長や成功を描いた物語ではなく、ただただ1人の少年と1人の少女の出会いを描いただけの、純粋なボーイ・ミーツ・ガール小説です。
 このことは祐一に限ったことではありません。半月に出てくるキャラクターは誰もが弱さを抱えた平凡な人間で、完璧な人物は登場しません。そういったフィクションとしては輝かしさがないような、等身大の人物たちが描かれているからこそ、このお話はある一つの出会いにスポットを当てた物語として、読者に愛されているのです。

 といった感じです。結構長くなってしまいましたね。お付き合いいただきありがとうございます。次回以降では本作が作られた環境なんかにもスポットをあてて書いていきたいと思います。ラノベ版と完全版の違いとかもまたその時に。ではまたお会いしましょう。

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