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「火男さんの一生」No.49

 
            49、
 夕方になって、苛々と待ちかねた、鑑識課の野田から電話が入った。
「数本の注射器に、僅かずつ溶液が残留していて、それを集めて鑑定した結果、ヒロポンを溶かしたものだと判りました。注射器全てから指紋が検出されて全て同じ人物の指紋、かつ雨靴、牛乳瓶からも、注射器に付着していたものと同じ指紋が検出されて、青木君が持ってきていた大阪府警の資料と照合して、上村吉信のものと完全に一致。
 牛乳瓶に残っていた白い液は、有機リン酸パラチオン、それに雨靴の靴底に粘土質の土がついていましたが、この土と、青木くんが参考にと持って来ていた畑の土と、含まれる菌類の種類や土質成分が全て一致…」
 後の説明は村山の耳に殆ど入っていなかった、これだけ聞けば充分、だった。最後に青木と電話を代わり、労をねぎらってやった。
 
上村吉信の身柄拘留は延長された。
取調室、上村吉信は、椅子を斜めに引き、片足を机の上に載せ、対面の村山に視線を合わそうともしない。不貞腐れた態度に青木が、机の上の上村吉信の足を払い除けた。椅子から転げ落ちそうになった吉信の首を掴み上げ、
「舐めんな、上村」
と吉信の鼻先で吠えて突き放した。立ち上がり、座りなおして猶、不貞腐れた態度を続ける吉信の顔を見ていた村山、
「もう、何ぼ、突っ張ってもアカンのや、上村、お前の容疑は完全に固まった」
「ワイが由美子を殺したって未だ抜かしてんのか、何遍云うたったらワカんね、オレは無実、無罪、潔白の真っ白け、や。
 証拠有るんやったら見せてみいや。嘘八百並べたって、このご時世、裁判始まったら、赤っ恥掻くんはあんたら、やで。いっそのこと、あんたらが作った調書、ここへ持ってきたらええがな。全部、ハンコ押したんが、ワシ、やりました、て、せやけど、この後、眠らせてくれる条件付きや。
 せやけど、それ、裁判始まったら、どこぞの事件みたいに、新聞記者の前で、冤罪や、冤罪や、拷問されて、ハンコ無理に押さされてん、て叫んだるさかい」
「舐めんな、この餓鬼」
青木が吉信の胸倉掴み上げて、その頬に拳固を撃ち込んだ。床に崩れ落ちた吉信は、椅子に凭れ乍ら立ち上がり、
「ようやってくれるや、青木さん。どうせアンタに出来るん、ひと殴るだけや。ちったあ頭使えるようになりや。せやけど、別にええで、何ぼでも好きなだけ殴ってくれたら。その方がワイも手間が省ける、顔に赤たん、青痣つけて裁判出たら、ワイ、何も云わんでも、拷問されたん、一目でわかる。ワイの顔見た途端、裁判官が「無罪」て宣言してくれる、わな」
「おい、上村、よう云うた。お前の望み通り、これから毎日朝から晩まで、その顔、殴ったる。ただな、一言、云うといたる、お前、勘違いしたらアカンぜ、裁判出て、どうのこうのてお前、云うてるが、誰でも彼でも裁判に出られる思うてんか?ここで、何人か、裁判所に行く前に、棺桶に入れられてそのまま焼き場へ連れて行かれたん、何人もおるんやで。お前も、その口、やな」
青木を制して、村山が、宥め口調で吉信に話し掛ける、
「清水由美子殺しの動機は今更改めて云わんでもええやろ。保険金が目的や。お前は清水由美子を唆して上村定信に農薬パラチオン飲ませて殺し、掛けとった保険金、二人で分けた。次に定信の娘二人に保険掛けて、事故に見せかけて二人の娘を殺した。
 ところが、こっからあんたら二人の予定が狂うてくる。保険会社が保険金詐欺を疑うて保険金が払われへん。お前ら二人、お前の会社の、伴野に借りた金、返せんで、追い込み掛けられた、伴野の会社からややこしいのがお前を訪ねてきた、散々痛めつけられた、由美子は暴行までされた、あんたら二人の歯車が全然噛み合わんようなった、顔合わせたらいがみ合うなった。お前は、由美子を殺したい程憎むようになった、由美子を殺せば、お互いに掛け合うた保険金が下りて来る。今度はそれを狙うた。お前はパラチオンを柚子農園の倉庫から盗んで来て、それを由美子に飲ませた」
「まあ、ようもようも作文作ってくれて、せやけど、何処にも証拠無いんちゃいます?」
村山は目配せして青木に新聞紙の包みを持ってこさせた。青木が、机の上に載せた包みを一つずつ解きながら、
「これな、全部、鹿木島の墓地に埋まってたんを掘り起こして持ってきたんや。この雨靴、
見覚え、あるやろ?お前が果樹園にパラチオンを盗みに行った時、履いて行った雨靴、お前の指紋がべったり付いとった、
 それに、靴底に、その果樹園の土がこびりついて、お前がそこに来とったことを証明してくれとる。
 これな、見たまま、牛乳瓶や。これにもお前の指紋があった、墓地から掘り出した時、この瓶の底にパラチオンが残っとった、パラチオンをこれに入れて持って帰り、パラチオンを由美子の口に流し込んだ、
 それに、この注射器、全部見覚え有る思うねんけど、これで、ヒロポン、注射してたんやな、これにはどれもお前の指紋しか付いてなかった。ここへ押し込められてから、そんなに禁断症状、出てないようやけど、まだ、そないにまで中毒になってなかった、かも知れんな。 
 この雨靴、靴底の土、牛乳瓶、牛乳瓶の底のパラチオン、それに名刺代わりに注射器迄一緒に、このナイロン袋のまとめて入っとった。 
どや、これだけ、証拠揃えたったら、何ぼアホなお前でも、もう十分やろ、え、どや観念、したか?」
「ほんま、お前らこそ、アホ、やろ、何やこれ、どっから持って来たんや、え?知らんがな、その雨靴も、牛瓶瓶も、見たこと、ないわ。その注射器だけは認める、全部、ワイが使うとったもんや。せやけど、ワイ、そんなとこへ埋めた覚え、無いで。
 指紋の鑑定書?そんなもん、作ろ思うたら、何ぼでも作れまんがな。何ぼ、誤魔化して、ワイを堕とそう思うても無駄や。全部、あんたらの作り話や。ほな、もう行こや、裁判所へ、その方が早い。それとも、棺桶でも持ってくるか、このクソボケが」