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中学受験 塾物語①


※関西の中学受験塾で、私が体験した多くの生徒のエピソードをもとに書いたものです。エピソードは実際にあったことですが、登場する人物名は架空のものです。(モデルになった方と保護者さんには承諾いただいています。)
また登場する人物も複数の生徒のことを混ぜて書いてある場合もあります。
偏差値もあくまでも当時の目安としてご理解ください。
フィクションとしてお読みください。

※「トモ編」の関西の中学受験日程が、現在と少し違う点があります。
 現在は、大阪・京都・兵庫・奈良・和歌山でほぼ統一されている入試日程ですが、当時は 奈良・和歌山が大阪より数日早く入試が始まりました。
   

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[トモ君編]

   
トモとタマは、小4のときに入塾してきた。

トモは、授業中の発言の声が小さい。
彼の発言の後は、私もわざとヒソヒソ声で「だれに聞かれたらまずいの?ないしょ話ちゃうねんから。合っているから堂々と言ってくださいな。」なんて言ったりしながら、自信を持って大きな声で発言できるように促すことがよくあった。
塾の授業にすごく熱心で、行儀もよく、いつもていねい語や敬語を使って私達に話をする。
授業の前後にホワイトボードを消してくれたり、机をととのえてくれたり、掃除を手伝ってくれたりし、またそれが周りの生徒にも広がって、すごく塾の教室を大切にしてくれている子だ。
先生がやるからいいよと言うと、「1分でも授業を長くやってて欲しいからぼくらでやります」という返事が返ってきた。

こんな姿勢で勉強していたので、まずは算数、次に社会・・・と成績はどんどんと上がっていった。
ところが、彼のこういう点をお母さんに伝え誉めてあげて欲しいと懇談会で言うと、大きな声を出してびっくりされた。
「ほんとですか?うちの子・・・学校では問題児なんです。それもそのリーダー的存在で・・・。」
やんちゃ坊主で友達とけんかしたり、羽目をはずしすぎることが多く、何度も学校に呼び出しされて先生に頭を下げているとか・・・。

すごく驚いた。
あまりよくない友達も多いのと、その中心人物になりつつあるのが心配というのが私学受験の理由の一つだと。
先生という立場の人に初めて誉められたとも。

私は、模擬テストの結果が出るたびに、個室で生徒と個人的に話をする場を設けていたので、その機会を利用し、トモと話をした。
彼は、学校でのキャラはキャラで楽しいと言う。
でも、塾での自分も決して無理をしているのではなくて、塾に来たら自然にこんなふうになる。
公立中に行ったら学校での自分のキャラでこのまま行くことになる。
それはイヤだ。自分の悪い部分で行くことになると思う。
塾で厳しいのが好き。塾の友達が好き。塾での自分で中学に行きたいから、私立に行きたい。
というようなことを、いつものように小さな声で言った。

「じゃあ、4年生だけど5年生みたいに厳しくやっていい?」と聞くと「はい。」とうなずいた。
「講師アンケート」の「先生のいいところ」という欄に「僕をしかってくれるところ」と。
「先生に要望はありますか」の欄には「もっと厳しくしてください。もっと宿題を多くしてもいいです。」とも書いてあった。無記名のアンケートだが筆跡ですぐに彼のものだとわかった。

タマは、白いポロシャツのよく似合うきちんとした印象の子だ。
記憶力もすごくよく能力の高い子だなと数回の授業で感じた。
社会は、彼の右に出るものはいない。

マニアックなことまで知っていて、「う~ん・・・戦国武将の奥さんの名前までは覚えているとは、おぬし、やりますな~」と社会の先生に言われていたりした。
ただ、テンションがみんなより数度低く、興味のないことにはかなり眠そうな顔になる。低血圧というか・・・よく「眠い」と目をこすっている。
彼の目を輝く授業をし続けるというのは、講師としてなかなかいいプレッシャーだった。
そうかと思うと意外ととてもくだらない話やだじゃれをみんなに披露してけらけら笑ったり、朝が苦手で午前から授業がある日にはすごい寝癖で時間ぎりぎりやって来たり、幼い部分もまだ残っていて、成績はトップクラスなのに憎めない不思議な魅力がある彼も塾内で人気者だった。

こちらも、塾での様子を話してご両親に驚かれた。
家では塾や学校であったことをほとんど話さないとか。誉められたことは特に言わないから、知らなかったと。
少し精神年齢が上がってきて、話さなくなってきているのかもしれませんね。と、それからは、トモやタマに限らず、塾内であったことをできるだけお迎えのときにお家の人にお伝えするようにした。

授業前後、トモとタマがじゃれあうようにはしゃいでいるのをよくみかけた。彼らを軸に同じ学年の生徒はみな仲がよくなっていった。
成績やクラスが下だから見下すなんてことは全くなく、自分を鍛える場所を共有する仲間というようで、すがすがしいほどだった。

算数大好きのダイキ、おっちょこちょいなところがあるけどいつもみんなに優しいタケシや、こつこつまじめタイプで正義感の強いヒロキが加わり、5人はいつもいっしょにいた。

授業に一歩入ると、びしーっ!と集中し、積極的な挙手。
休憩時間や教室を出た後はとてもにぎやかにくだらない話で盛り上がる。
けじめがついているというのはこういうことだろう。
授業後も質問で遅くまで残り、質問が済んだ子から誰というのではなくほうきを持ってきて、友達が終わるまで掃除をしてくれた。
5年生の頃から授業のない日にも自習に熱心に来た。
ときどき、休憩時間が長すぎたり、学校でまた悪さをしたとかで私から大きな雷を落とされ、しゅん・・・となることもあったが、彼らは本当によくがんばっていたと思う。
特訓合宿にも自分から参加し、普通にしていても一日14時間学習時間があるのに、入浴をやめてさらに学習時間を増やしたり、最終日に「もう1日いたい」と言ったりして、講師を驚かせた。

すごく仲がよいトモ・タマ・ダイキ・タケシ・ヒロキは、当然といえば当然の流れで同じ志望校を目指すようになった。
彼らの目指すのは、通学距離もほどよく昔から評判のよいSN中だ。
目標偏差値は63。上位35名はS特進コースとなる。こちらを目指すとしたら偏差値は最低でも67は欲しい。
塾側の分析としたら、以下となる。

タマ ○平均偏差値72 安定している。・・・S特進コースも十分合格圏内。
他府県の上位校も挑戦したいと本人の希望。
彼の学力から考えて難関校と言われる中学をいくつか紹介したが、朝が苦手なので、合格してもいちばん近いSN中以外に進学する気はないとのこと。
挑戦校は、隣県T中(偏差値74)とN中(偏差値68)となった。

トモ ○平均偏差値67 ほぼ安定している。・・・SN中が成績的にみてもぴったり。
合格確率75%以上。模擬テストでもAかB判定を取り続けている。
当日のでき次第ではS特進コースもねらえる。
N中の校風も気に入ったので受けてみる。
算数が得意だし、最近国語もコンスタンスに取れるようになったし、過去問題での感触もよい。N中も合格確率65%以上。
もしN中もSN中も不合格の場合は、S中の二次(偏差値62)を受験。

ダイキ ○平均偏差値65 算数はかなりできる。国・社に多少ムラあり。
・・・S中が成績的にみて妥当。合格確率70%。
模擬テストでもいい結果がでている。
しかし、自己採点がとても甘く、今回は手ごたえがあると言うわりにミスが多いので、最高に緊張する当日に不安は残る。
雑になるととたんにミス連発。
できればN中に進学したいと思っているが・・・当日の出来次第。
得意の算数でミスなしが条件、苦手の国語でどうでるか・・・。
もしN中もSN中も不合格の場合は、S中の二次を受験。

タケシ ○平均偏差値59 やや下降気味。・・・SN中合格確率45~50%。
社会・理科に関してはよくできるが、算数・国語のムラがひどくテストによってばらつきが大きすぎで読めない。
N中は受験せずに、タケシが自信をもって本命校を受験できるようにするために、偏差値55のK中を受験。
合格通知の喜びを一つ先に手にして、勢いに乗ろうという作戦だ。
こちらはよほどのことがない限り大丈夫だろう。
SN中が不合格のときのための二次の日程も一応数パターン準備しておく。

ヒロキ ○平均偏差値59 じわじわ努力が結果に結びついてきつつあるが、調子が悪いときの下がり方が半端ではない。
・・・SN中合格確率45~50%。
算数が苦手なので、算数が難しいとされるSN中ではやや不利。
いっそ算数が得意な子にすら解けないような難問が続くと、理国社が安定している分、勝算はあるかも・・・とご両親には伝えた。
彼も照準をSN中に絞るため、その前には安全圏のK中を受験。
SN中が不合格のときのための二次の日程も一応数パターン準備しておく。


秋。
単元別ゼミを開講。志望校と本人たちの得意不得意に合わせて受講できるようにし、
毎年受講するメンバーに合わせてテキストを作りなおしている。
いつもの授業でも、それぞれ個別に宿題を足す。生徒のほとんどが週末は一日のほとんどを塾で過ごす。
体調を崩しかけていて念のため自宅で勉強することにした生徒には、電話を入れ、質問に応じたり、励ましたりする。
急に不安になって泣き出す女子がいたりして、講師と個別面談をやったり、面接試験の練習をしたりとあわただしい日々が過ぎていった。

保護者の方からも連日電話で相談があり、電話では・・・と、授業後教室で臨時懇談会をして、終電がなくなり、タクシーで帰宅することもあったし、4教科の講師で集まって、それぞれ一人ずつの受験日程の意見や、志望校との相性、合格するための課題などを話合ううちに朝をむかえるということもざらにあった。


・・・


いよいよ入試が始まった・・・。
ここまで来ると私達にできることは少ない。
入試前日、関わった講師全員から一人ずつに書いたメッセージの寄せ書きお守りを手渡した。強く握手をした。

そして当日、緊張してくる生徒を出迎えるため校門前で待つ。
私は大きな旗などは持たない。寒い朝にかじかむ手に持たせてあげたいと、携帯カイロをあたためて、それにマジックで一人ずつにメッセージを裏も表もとにかく書き込んだ。
「今までどんだけやってきたと思ってんねん。」
「テキスト何冊分もの武器抱えて行ってるんやで!」
「いっそ問題を楽しめ!」・・・。
講師陣で撮ったプリクラも貼った。
「オレらがついてるで!おちついてな!」というのと、講師みんなで変な顔して撮って「緊張するなよ~りらっくす~」と書き込んだのと。

あの子達がやってきた。
私の顔を見て、少し駆け足になる。やっぱりいつもより表情が固いな・・・。
そばにいるお母さんの方が泣きそうな表情をしている。
「よく寝たか?眠れなかった?周りのみんなもほとんどそうや。合宿で君ら先生らの言いつけ守らんと夜更かししてがんばったやん。
寝不足でも問題解くの慣れてるよ、大丈夫!」
タマが「ぼく、よく眠れた。」と答えた。
「寝癖が物語っているよ~。」
みんなが笑う。
少しいつもの教室の空気になった。
一人ずつ、さっき書いたカイロを手渡しながら目を見て、注意点を言い、励ました。
プリクラ見て、けらけら笑っている。

「ダイキとタケシはリラックスしすぎ!ちょっと緊張しもいいわっ!計算ミス気をつけて!問題よく読みよ!」
「ヒロキ~、君は緊張しすぎやわ。ちょっと笑ってみ。にこって。」
「・・・。」「そや。にこって笑って、いつもどおりに問題解いて、合格や。何も、空飛びなさいとか、めちゃくちゃな問題は出ないから。どっかで見たことのあるような、今までやってきたどれかと似たような問題がでるからな。おちついて問題よく読んで、一生懸命考えて、鉛筆動かすだけやで。指動くか?鉛筆持てるか?じゃあ大丈夫や。」

「はい。あ、算数の山下先生から電話かかってきた。K中の前からや。一人ずつ代わってって、喝入れてもらお。」
私の携帯を代わるがわる持って、他の中学の応援に行っていた先生と話している。
それぞれがニコッとしたり、力強くうなずいている。
時間が来た。
「行ってらっしゃい!」お母さん達と祈るような思いで、送り出した。
5人が寄り添うように、試験会場へと入っていった。


                                                          ・・・・・第2話に続く


   【登場人物の紹介】
○ トモ:たかぎ ともひろ(仮名)平均偏差値67
○ タマ:たまき やすのり(仮名)平均偏差値72
○ダイキ:やまもと だいき(仮名)平均偏差値65
○タケシ:まつもと たけし(仮名)平均偏差値59
○ヒロキ:もりした ひろき(仮名)平均偏差値59

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