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中学受験 塾物語⑬

[マサアキ君編]

冬期集中講座。12/24~1/6。

例年、この年のカラーというか、同じ中学受験の6年生と言っても全体の持つ雰囲気というものがある。
この年は、幼い感じだとは前から話をしていたが、この冬期集中になってもその印象は変わらなかった。
このせっぱつまった時期でも、「ラストスパート!!」っていう感じになかなかならず、講師の罵声があちこちで飛ぶ。

この年は、生易しい注意ではなかなか伝わらず、6年になったとたんからラストスパートの時期かというぐらいどの講師も力の入った授業を展開していた。
おだてたら、それ以上やらない。
成績下がったら、もうやめたい。
励ましたら、調子に乗る。
叱られてしゅんとしたかと思うと、授業後だじゃれを思いついたからと講師にわざわざ言いに来る生徒も。
憎めないかわいらしさがあるし、子どもらしさを残していてそれはそれで子ども達の魅力なんだけど、
中学受験があと2週間にせまる時期には、塾講師としてはそれなりに締まった表情をして欲しい。

「ちょっと待て、それが・・・入試まであと2週間っていう受験生の答えかー!! いったん顔洗って気合入れなおしてから教室入って来いっ!」

「ミスしてなんで笑えるんや!その1問で行きたい中学の制服が夢に終わっても笑ってられるんかーっ!!」

先日の全体会議では
「この時期は、とにかく本人のいいところをベタ誉めして自信の核を作ってやれ。」
「不安そうな顔している生徒がいれば個人的にとことん話を聞いてやれ。」
と毎年の伝達があったが、
その指示が当てはまるのは一部の生徒で、ほとんどの生徒がどこかで「自分が落ちるわけがない」というような
根拠のない自信に満ち溢れているように見えた。


冬期集中2日目。

時間が来て教室に入ると机の上に国語の教材が準備されていない生徒もいる・・・。
昨日、その点を注意されたばかりなのに。

「1分でも1問でも『合格』に近づく一歩を積み重ねる。それしか合格する理由なんて作れない!
それぞれがもっと考えて行動しろ!受験はだれが主役や!! せめて脇役の先生達よりはがんばってみせろ!」

どの教科の講師からも雷を落とされたところだというのに。
小3のクラスでもみんなテキスト開いて座って待ってるっていうのに・・・。
どうしたらいいんだろう。
やさしいだけでもダメ。
叱ってばかりでもダメ・・・。
なんだか情けなくなってきて、大きなため息を一つして、
いつもよりもずっと低いトーン、小さい声で話し始めた。

「・・先生、みんなに謝ります。」

いつもとちがう様子に生徒たちも戸惑っている。

「おそらくこのままいくと、君達は志望校から合格の通知はもらえないでしょう。
 日本全国で必死に問題解いて、必死に自分と戦って、必死に我慢して、必死に夢のために努力している受験生がいる。

 その中で、やっぱりほんとにがんばった人が合格するべきやと先生は思う。

 必死にかんばってる人と適当なことしている人、そんなん両方合格したら入試の意味ないわ。

 合格にふさわしい人からやっぱり合格して欲しいと思う。

 合格にふさわしい受験生になって欲しくていっぱい課題出して、いっぱいプリント作って、いっぱい叱ったけど、
 ここにいるみんなは合格にふさわしい受験生になれなかった人が多いな・・・。
 ごめんな。先生の力が足りんかったな。

 あのな、うちの塾の広告ではみんな笑っている顔のイラストが描いてあるけどな、
がんばって、がんばってがんばって模擬テストでA判定をもらっても、不合格やった人もいるんよ。」

不合格になった生徒のエピソードを話した。

話をしているうちに泣けてきた。
泣きながら話す私の言葉を生徒たちもじっと身動きせずに聞いている。

マサアキも真剣な表情で一点を見つめている。

「残された時間、できる限り君らに役立つ授業をする。君らも今できる100%の力でがんばってみーひんか。」

次の授業の講師から「先生、涙作戦大成功ですよ!みんな顔つき全然昨日とちがうやん!」と言われたが、
「作戦」でもなんでもなく、私の弱音を吐き出しただけだった。

でも、それがよかったのだとしたらそれはマサアキのおかけだ。
塾講師として教え子に「君らは落ちます」なんて、禁句も禁句。
そんな思い切ったこと言えたのは夏のマサアキの件があったから。
建前だけじゃなくって、志望校を決めるいろいろな親の考え、迷いを聞き、マサアキは変わった。

私達講師もありきたりの「塾講師として」の授業や説教だけじゃ伝えられることなんてしれてるのかもしれない。
人間として迷ったり、悩んだりしているっていう本音のところまでさらけだす場面があってもいいのかも。
でも、正しいとかそういうのはわからない。そのときの自分として私も未熟なりに必死だっただけ。


そして、とうとう入試が始まった。例年に増して風が冷たく感じる。

マサアキの結果は、第一志望校のM中 
・・・ 不合格だった。

森川さんからの電話で知った。本人は泣いていたそうだ・・・。
そうか・・・。
担当の生徒なら教室に呼び、直接会っていろんな話をしたりできるのにな。
伝聞での情報は、重い・・・。
あと半年先に入試やったらなぁ。現実は厳しい・・・な。

3日後、第二志望校のS中の発表。
一番上の理三コースでの合格だった!

4教科で受験しても3教科配点でも計算される。
算数・国語・理科で、彼にはかなり有利な計算になったため。

うれしそうに報告に来て、カタノや仲間とじゃれあっていたらしい。
目に浮かぶ。万々歳ではないが、ほっとした。
本命不合格にめげずに入試、最後まで前向きにがんばったんやね。

S教室5人組のマサアキ以外の4人が第一志望校合格した。
マサアキだって数値的に言えば、第一志望校のM中よりも偏差値の高いところでの合格となった。
だけど、「マサアキ本人が第一志望とした学校に合格させてやられへんかった」と森川さんは気にしていた。
国・社もずいぶんマシになってきてたし、算・理は手ごたえはかなり感じていたのになぁと。

森川さんが沈んでいるのを見て、私もいろいろ考えた。
途中、この子にとって中学受験は本当にプラスなのかな。と思うことがあった。
脱走までして逃げたいという気持ちがあったけど、それでも最後までやりとげたととるか、大人が無理に道をおしつけたととるか・・・中学高校で彼がどう育っていくんだろう。
第一志望校でなくても、楽しく通える子なんかな。と。

ときどき、講師で飲みに行くと卒業していった塾生の話になる。
そんなとき、マサアキの話は必ずと言っていいほど出てきた。その後どうしているかいちばん気になる生徒だった。
それから5年経ち、私も結婚して1年後妊娠したため退職した。

私がブログを始めて、ある日卒業した塾生がメッセージをくれた。
「もしかして、立夏さんって私が習った○○先生ですか?」「そうだよ!」とその子と何度かメール交換をしたら、その子から聞いた何人かが次々とメッセージをくれた。
その中にマサアキの名前があった。
以下は、彼と私のメールのやりとり。

****************

先生、お元気ですか?S教室のマサアキです。覚えてますか?
今、ぼくは高2になりました。
元気にやってます。将来の目標もできたし。
塾の仲間から久しぶりにメールとか来て、なんかいろいろ思い出します。先生らにいっぱいいっぱい本気でしかってもらえて、今の俺があるんやなぁと思います。
先生、結婚しはったって聞いたんですけど・・・ほんまですか?
でも、聞いた話やと塾の人とちがうんですよね?
先生、毎日塾にいたのに、いつその人と会う時間あったんですか?(?_?) w
                                   S教室 マサアキ
****************
      

メールありがとう。
マサアキ~、今じゃ立派に高校生かぁ。
なんか、じーんとくるわ。
うん、結婚したよ。1歳の男の子がいるよ。
当時は忙しかったからね~、なかなか会えなかったよ。
彼氏より生徒といる時間が長かったさ~。(笑)
森川先生も結婚されたよ。マサアキの知っている先生とね♪
あの頃の教室のメンバーとは今でも会ったりする?
                  ○○
****************

いゃ、僕も、かなり感動しましたょ。 だって今までお世話になった方々が、次々に結婚して、
新たな幸せに廻りあってくこととか、聞いたら涙出てきますもん。(ToT)
けど、結婚おめでとうございます。 あと、森川先生の結婚は、聞きました。
今塾に通ってるカタノの妹から!
I先生凄い人でしたもんね。迫力あるし、親身にやってくれてはったし!
けど、なんか、ブログ見てたら、今は先生、かなり穏やかになった感じが…? 
俺ら、S教室メンバーは、楽しくみんなでやってます。一緒に学校行ったり、マクド行ったり、バンド組んだり遊んだりで!
けど、俺らみんな、あの時塾でいろいろあったことは、一生忘れません。
はちゃめちゃでホント殴られたり、ボロカス言われたり、反抗してましたけどね★
今思えば、あれは、とてつもなく、俺らにとって偉大なものでした ホント感謝しても、しきれません。
俺の将来の夢は、貴殿方のような、ホントに仕事にとって、やりがいを越えた、生きがいを持てるょうな、
すばらしい教師になるのが、夢です! ホントありがとうございました。
今は、塾に勤めてる方には、なかなか言う機会がないですけどね。
あと、ちなみに、他の先生方は、みんなお元気なんですか?
T先生辞めはったんですか? あの先生は、とても生徒達にとっては、恐い存在でしたけど、今思えば、わかりやすくて、とても熱心な良い先生だったのに... 残念です。
後の先生方は、みんな残ってるんですね。 もう9月、テストまで、スパ~トをかけ始めてる時期ですよね。
生徒のためを思って頑張ってほしいです。 また、受験終わった頃にでも、オヂャマしてみます。
マサアキ
****************

こんにちは。
よく覚えていたね、T先生。マサアキが習ったのって少しの間だけじゃない?
彼は夢を叶えて今は学校の先生をしているよ。中学で数学教えてるって。
ときどき電話で話すけどね、部活の顧問とかもあってなかなか忙しそう。

マサアキからのメール読んでぐっと来た・・・。
私達も当時まだまだ未熟で、本当にこの子のためになってるんだろうか?
本当にこの子にとって意味のある時間を作れてるんだろうか?と
問いかけ問いかけして授業したり、叱り飛ばしたりして、
終わった後もあれでよかったんか?キツすぎたんじゃないか?
ときには甘えさせてあげてもいいんじゃないか?
まだ小学生やねんから逃げたくなって当たり前やのに・・・とか
思い出しては、うーん・・・と考えてたりした。
特にあの年は先生達、もちろんどの生徒についてもよく話したけどね、よくマサアキのこと話したよ。
君は、当時からすごく大きな可能性を感じさせる子だった。
でも、とても幼くて自分を磨くことをめんどくさがったりしてて、それがもったいなくってね。算数・理科はトップクラスやのに、同じ努力を国語・社会にもできたら・・・って。
ある程度強制的にでもがんばる子の多い環境の中に入れれば、絶対伸びるはず。
そう信じて、講師はみんなけっこう強引な感じで指導した。
でも、それがよかったんかどうなんか、それは答えの出ないものだし、ときどき思い出して、みんなどうしてるんかな~と。
中学高校でいい友達に会えて欲しいなぁと。
それが、こんなメールもらって、君が将来の自分を考えられるようになったというのを知ることができただけで、私は、すごく元気づけられたよ。
ただ単に必死なだけで未熟な私の教え方は、欠点も多かっただろうと思う。
それをそんなふうに思ってくれる生徒がいてくれるというだけで、塾講師になってよかったとそう思えるよ。ありがとう。
教えた生徒達が楽しく学校に通うこと。自分の未来を大切に思うこと。
友達を大切にしていること。
そういう姿を聞いたりすることができたとき、本当に幸せな気持ちになります。
                 ○○                                  

****************

やっぱ先生は、国語の教師だけ合って文の作り方上手ですね。
僕には真似できませんよ。
なんか、めっちゃ伝わりました。
そうなんですか。 いろんな事考えてはったんですね。 全く知りませんでした。
あの頃は、正味自分の事でいっぱいいっぱいでした。 けど、今その話を聞いてたくさん知りました。
やっぱり、いつまでたっても、変わらないんですね。
先生は塾を退職なさった身、僕は塾を卒業した身、けど、やっぱまだまだ、いろいろ教わる事はたくさんあるんですね。
今のめいもくじょうの立場は違えど、いつまでも塾の先生だった方は、僕ら卒業生徒の先生であり続けるんだ。
と知りました。(もちろん、現在先生の方も、現在生徒もですが)いつまでたっても、先生方には、追い付けそうにありません。
(器の大きさなど) この事を、今ここで、この小さな胸に刻んでおきます!

今だから思うんですが、第一志望校に入るのは、とても大事ですが、それ以上に、そこまでたどり着くための過程が一番大事だな。 と、あの塾でその事を僕は、学びました。

そりゃ、生徒の時は絶対、第一志望に合格することが全てでしたし、先生も塾の評判や、生徒のためを思っていかしてやろうと頑張ってはります。 けど、僕個人が実際体験して思ったのは、それが全てではないし、人によっては、そうなった方が、その人のためになるだろうな と感じるようになりました。

多分それを知らずに、過程が全く無くて受かった人は、たくさんいるでしょう。
けど、僕はそんな人らより、第一志望落ちはしましたが、塾でその過程を学べたおかげで、残念ではありましたが、こっちの方が自分が成長出来ると思えるだけの精神力を養えました。 確かに塾は、かなり厳しくて、めちゃくちゃですが、いろんな意味で成長出来る場所でした。
少なくとも、卒業生徒は、みんな思っていることでしょう。
んま、話が長くなりましたが、長い間、お疲れさまでした。 次は、子育てに専念してください。
この場をおかりして、卒業生徒を代表して、言わせて、頂きました。
                                           マサアキ
****************

何度も読み返した。
私の知っているマサアキの印象とは別人・・・、他の生徒のイタズラじゃないよね?なんてこともちらっとよぎったぐらい。

読み返していくうちに記憶の中のマサアキの声が文章に重なってきた。
友人とじゃれあうあの屈託のない笑顔が浮かんだ。

涙が止まらなかった。
あぁ、すごいな・・・。
中学受験の成功って、第一志望校合格というわかりやすい形だけじゃないことを彼は教えてくれた。
逃げ出したいときもあって、もがいて、精一杯だった時間、目標に気づいて自分なりに向き合った時間。
何年も経ってみてその経験はこんなふうに彼を大人にする一部となっていった。
すぐに森川さんにも電話しよう。マサアキにことわってメールも転送しよう。

彼が夢を叶えて、教壇に立つ日が来ることを遠くから応援しよう。
生徒の気持ちのわかるいい先生になることだろう。
そのときは、一回でいいから老けた講師達といっしょにお酒でも飲もうよね。


・・・中学受験・塾物語 マサアキ編 おわり。


その後、この塾で算数を担当していた杉中先生が独立して進学教室manaviを立ち上げることになりました。
現在は、親となって感じる様々な思いも活かして、今の時代の今の子どもたちに合わせて指導しています。

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