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奥野衆英『BLANC DE BLANC ―白の中の白―』 9/14-20 @豊岡稽古堂市民ギャラリー      9/21-24 @豊岡市民会館ギャラリー 

「君の舞台の後、私はクレープが恋しくなった。クレープとは、私にとって記憶を呼び覚ます、プルーストのマドレーヌのような存在だ。
要するに、君の舞台が私を幼少期にタイムトリップさせてくれた。日曜日の雰囲気、旅立つ気配のないスーツケース、そして地平線を歩き回ること、あるいは街を駆け巡ること。ありがとう、そしてブラボー。
レイモンド」

パリ郊外のアトリエで制作をしています。アトリエの大家さんは、僕たちアーティストを守るために立ち退きを拒否しているそうですが、この周辺はほとんどが、HERMESの工房です。

私は奥野衆英と申します。マイム俳優として、もう短いとは言えない期間を、パリで過ごしています。

先日パリでの公演を終えて、嬉しいメッセージをいただきました。レイモンドさんは、50代の男性で、俳優のマット・デイモンに似た風貌をお持ちです。彼の穏やかな話し方からは予想もつかなかったのですが、「若い頃、自転車で一ヶ月かけて日本を旅したことがあるんだ。その当時は外国人も行く人が少なかった、九州まで足を運びましたよ」と、無邪気に笑うような、冒険心あふれる一面も持つ方です。

そのレイモンドさんが、知り合って以来初めて、私の公演を観に来てくださいました。その時はすぐにお帰りにならなければならず、お会いすることは叶いませんでしたが、翌朝、彼から冒頭に記したようなメッセージをいただきました。

その日に上演したのが、今回私が豊岡演劇祭で披露する、『BLANC DE BLANC -白の中の白-』です。

©︎Toyama Mai / C design

「プルーストのマドレーヌ」という表現を、フランス人はよく口にします。作家のマルセル・プルーストは、小説『失われた時を求めて』の冒頭で、「主人公がマドレーヌを紅茶に浸して口にした瞬間、彼の過去の記憶が一気によみがえり、懐かしい出来事が甦る」と描写しているのですが、ここから「プルーストのマドレーヌ」という言葉が、何か特定の刺激や体験が過去の記憶を呼び戻すことを意味する際に使われることがあります。

フランスで生まれ育ったレイモンドさんから、私の作品がまさに「プルーストのマドレーヌ」だと称されたことに、とても感慨深いものを覚えました。私は物語への没入が、舞台における最高の喜びのひとつだと思っていますが、「子供の頃に連れて行かれた」というメッセージは、彼が私の作品の世界に没頭したことを象徴しているように思えたからです。

それでは、私にとっての「プルーストのマドレーヌ」とは一体何なのでしょうか?



自宅の窓から

「外出制限は、少なくとも5月11日まで延長されることになります」。

2020年4月、初めてのロックダウンから1ヶ月が過ぎ、マクロン大統領の演説は次のように続きました。
「フェスティバルなどのイベントは7月中旬まで中止」「映画館・美術館・劇場などの閉鎖は続く」「公園、カフェ、レストラン、…」。
私はパリで予定されていた自分の公演が、無期限に延期されることを受け入れる時が来たと感じました。

しかしながら、マイムというのは素晴らしいものです。想像の中で外に出かけ、街を歩くことができます。
道ですれ違う友人と手を振り合い、子供たちがボールで遊ぶ姿を見ることができます。ベンチに座って静かに時を過ごし、隣にはおしゃべりなご婦人が座り、そのおしゃべりはやがて熱のこもった議論へと変わります。カフェの一角には、いつものように新聞を読むおじさんが座っていることでしょう。

2023年2月パリ初演の様子

そんなある日、耳に流れ込んできたピアノのメロディが、私の心に響きました。アパルトマンに引きこもり、曜日の区別が曖昧になりつつあった僕のために、Spotifyが「日曜日」という単語で検索して見つけてきた曲「日曜日の雰囲気で」でした。
すぐに私は、ピアニストに連絡を取りました。それはほんの少し前の日曜日のこと、そして、きっともうすぐ訪れるであろう日曜日の多幸感を、思い出させてくれたからです。この曲が、私にとっての「プルーストのマドレーヌ」でした。

パリの風景は、みなさんもご存知のように、数え切れないほどのキャンバスに刻まれた絵画です。世界を駆け巡った突然の静寂の始まりは、それらの絵を一瞬で真っ白に戻したかのような錯覚に陥らせられました。
地球上の人々が、何とか記憶にとどめようと、心から愛した風景が、いかに儚い存在であるかと感じたとき、私は皮肉なことに、その事実によって、何気なく流れ去る瞬間の愛おしさに気付かされ、舞台の上にその情景を描きたいと考えました。

「トワイライト・アワー」「日曜日の雰囲気で」「枯れ葉と手紙」「感情表現のパレットから」「自画像」「仕立て屋の男」そして「白の中の白」。
『BLANC DE BLANC -白の中の白-』の約60分の公演では、これらの小品を演じます。舞台上に描かれる人々の小さな愛おしさに、みなさんの心が触れたとき、プルーストのマドレーヌは現れるでしょうか。


他にもマイムの話や、僕の師であるマルセル・マルソーのこと、ドミニク・ペロー建築事務所のアーキテクトによる舞台美術についてなど、まだまだお話したいことはたくさんありますが、『BLANC DE BLANC -白の中の白-』のティザー動画を残して、ここはお開きにしたいと思います。

この動画を含め、『BLANC DE BLANC -白の中の白-』の全ての楽曲は、ピアニストで作曲家のジョルダン・チュマランソンが作曲・演奏をしたものです。自宅で録音した曲をオンラインで発表をしていた、ナント在住の医療従事者の男性は、私の作品に欠かせない音楽家になりました。

9月14日から24日まで、毎日公演しています。素晴らしい時間に徹します。ぜひお越しください。

『BLANC DE BLANC ―白の中の白―』
パリ在住23年のマイム俳優・奥野衆英の一人舞台、マイム&フィジカルシアター『BLANC DEBLANC ―白の中の白―』が、フランス・パリ、ドイツ・ケルンでの公演を経て、豊岡演劇祭2023フリンジセレクションにて日本初演。ヨーロッパを中心に、近年では『月灯りの移動劇場』を立ち上げるなど、その活躍が日本でも注目されている奥野衆英。
師であるマルセル・マルソーの『マイム芸術』の手法を継承し、人々の美しさとパリの情景を舞台にした奥野の真骨頂が、この演目に凝縮されています。

豊岡演劇祭期間中、9月14日から24日まで、全日程で上演しています。
土日祝日は昼夜2公演です。
また、日程により開演時間・公演会場が異なりますのでご確認下さい。

豊岡稽古堂 市民ギャラリー
9月14日(木) 17:00開演
9月15日(金) 16:00開演
9月16日(土) 15:15/19:45開演
9月17日(日) 15:15/19:45開演
9月18日(月祝)14:00/18:30開演
9月19日(火) 17:30開演
9月20日(水) 19:00開演

豊岡市民会館 ギャラリー
9月21日(木) 19:00開演
9月22日(金) 20:00開演
9月23日(土祝)13:00/18:30開演
9月24日(日) 14:00/17:00開演

全会場共通・全席自由 
一般前売 3,000円/学生前売 2,500円/小中学生 1,500円
※当日券は各500円増し ※豊島演劇祭「うずまくパス」対象演目

奥野衆英 おくの・しゅう 
マイム俳優/演出家マイム俳優・演出家。1975年東京生まれ。東京都立大学理学部卒業後、パリ市立マルセル・マルソー国際マイム学院でマルセル・マルソーに師事。同校ディプロム取得後、パリ第8大学修士在籍中に自身のカンパニーを設立。アルビー国際演劇祭最優秀作品賞及び最優秀男優賞、フランス政府によるSalon des beaux-artsの金メダルなど、ヨーロッパ各地で受賞歴多数。ふらんすフランス国立音響研究所(IRCAM)との共同制作や、国立ダンスセンター(CND)でレジデンスなど、マイムにとらわれない自由な表現が高く評価されている。国際的な舞台公演や芸術プログラムに参加し、コロナ禍においては特に移動型円形劇場の設計と公演で注目を浴びた。近年では医学とアートの結びつきを提唱し、大学で特別講義を行うなど、多様な活動を展開している。

◯ オフィシャルサイト Ôbungessha by Shu OKUNO
『BLANC DE BLANC』豊岡演劇祭特設ページ
https://www.obungessha.com/blanc-de-blanc1.html

◯ note『奥野衆英はパリにいます』
https://note.com/shu_okuno

◯ instagram
https://www.instagram.com/obungessha/

マルセル・マルソー氏の2人の娘さん、オーレリアとカミーユに会うのも、もう何年振りでしょう。お誘いを受けて、日本でも公開されるマルソー氏の映画『マルセル・マルソー 沈黙のアート』のディスカッションと試写会に。僕が日本で演じることによって、マルソーの確立した沈黙の芸術が日本に伝わることをとても喜んでくれました。カミーユが手にしているのが、豊岡演劇祭のフライヤーです。(2023年9月1日 Bourse de Commerce - Pinault Collectionにて)


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