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知ってた?参加型予算編成(participatory budgeting)って良くない?TheNewYorker 3/24掲載コラムを翻訳


参加型予算編成(participatory budgeting)に関するコラムを訳しました。

 本日翻訳して紹介するのは、the New Yorker Web版にのみ3月24日に投稿された Nick Romeo のコラムです。タイトルは、”How to Spend Your City’s Money”(あなたの市のお金の使い方)となっています。

ブログにも投稿しております。

コラムの概略

 Romeo氏は主としてヨーロッパの出来事を投稿しています。今回訳したコラムのスニペットは、”In a system known as participatory budgeting, citizens tell the government what to do.”(参加型予算編成と呼ばれるシステムでは、市民が行政に何をすべきかを教えます。)となっていました。

 今回訳したコラムは、主にヨーロッパの都市で取り入れられている参加型予算編成(participatory budgeting)というプロセスについて記しています。アメリカでも100以上の都市が採用しています。残念ながら日本を初めアジアではほとんど採用されていないようです。参加型予算編成(participatory budgeting)というのは、市民参加型予算とも呼ばれるわけですが、市民の意思を行政活動に直接的に反映させるため、行政の資源配分を決める重要な政策過程である予算編成に市民が直接関与する仕組みです。私は知らなかったのですが、日本でも東京都や三重県の市町村などで細々と採用されているようです。

 参加型予算編成というのは、市民(個人の場合も団体の場合もある)が市の資金で実施して欲しいプロジェクトを提案出来る制度です。ニューヨーク市が採用しているプロセスを簡単に説明すると、次の通りです。会議(公聴会)で市民がプロジェクトの提案をします(12歳以上は誰でも提案可能)。その会議の場で投票が行われ、支持の多い提案が数個選ばれます。選ばれた提案の提案者は、市の関連部署のスタッフと何度も協議し、実現可能性やコストを評価され、提案をブラッシュアップしていきます(この協議するプロセスで、選ばれた提案の3分の1はオミットされる)。そうして、上期分の提案に対する一般投票が11月に行われ、得票順に提案がリスト化されます。市長が、上から何番目までの提案を実施するかを決めます(予算総額が、下限も上限も定められており市長の裁量権はほぼ無い)。しかし、ニューヨーク市の場合、こうして参加型予算編成のプロセスを経て行われると決まったプロジェクトに投資される資金は、市の公共投資総額の0.5%に過ぎないという問題があるようです。

 Romeo氏によれば、参加型予算編成(participatory budgeting)のメリットは以下の通りです。

  1. 長期的で無い設備投資で巨額の支出の伴わないプロジェクト(学校の校舎の修繕等)では、参加型予算編成プロセスは非常に上手く機能する

  2. 市民の声が市政に反映すると実感できるので、市民の市政への関心が高まる

  3. 市長や市のスタッフが市のことを何でも知っているわけではないので、市民の提案を具に調べることで、市民の潜在的な要望や懸念を知ることが出来る

  4. 政治的に無力な一般的な市民であっても、参加型予算編成のプロセスがあれば、自らの夢や要望を実現することができる

以上がメリットだったと思います。

 さて、Romeo氏は、特にデメリットは記していませんでした。まあ、市の公共投資は市議会で揉んで決めて、然るべき者が決裁して、市のスタッフが粛々と実行した方が早いような気がしないでもありません。また、このプロセスは、市等の公共投資の一部を決める際には、つまり、限られた資金をどう割り振るかということを決める際には効率的なプロセスなのですが、それ以外では使えそうもありません。例えば、このプロセスを通じて最低賃金の引上げをすることはできません。

 では、以下に和訳全文を掲載します。詳細は和訳全文をご覧ください。


翻訳文全文

Currency

How to Spend Your City’s Money
あなたの市のお金の使い方

In a system known as participatory budgeting, citizens tell the government what to do.
参加型予算編成と呼ばれるシステムでは、市民が行政に何をすべきかを教えます。

By Nick Romeo  March 24, 2023

1.参加型予算編成(participatory budgeting)とは?

 2021年8月、ポルトガルで5人の消防士が同国南部の山火事の鎮火にあたっていたところ、突風にあおられて激しい炎が下方から急斜面を駆け上がってきました。5人は炎に巻かれる直前にトラックに乗り込みました。ほんの数秒の出来事でした。彼らは乗り込んで直ぐに安全装置を作動させました。すると、彼らが乗り込んだトラックのキャビン部分は水が撒かれて冷やされました。キャビン部分の中にも煙が充満していましたが、彼らは酸素マスクを着けていて、浄化された空気を吸うことができました。それから、火の勢いが強くないところまでトラックを移動させました。誰一人として大きな怪我を負うことなく、5人は無事に救出されました。

 5人は、リスボン近郊にある人口21万5千人の海岸都市カスカイス(Cascais)の消防士でした。彼らのトラックは、冷却水システムと酸素マスクを備えており、16万ユーロで購入したものでした。それを購入したのは2017年のことでした。それ以前は、この2つの機能がない1996年製の車両を使っていました。車両を買い換える際には、2つの機能を付加することは消防士の生死に関わることで必須に思えました。しかし、同市は国からそのための資金を得ることができませんでした。そこで、参加型予算編成(participatory budgeting)と呼ばれるプロセスを採用しました。それで、毎年、カスカイス市では、市民が公共投資の対象となるプロジェクトを提案できるようになりました。それを市民が議論し、市民が投票して全てが決定されます。参加型予算編成で選ばれたプロジェクトには合計で最大35万ユーロが提供され、市は3年以内にプロジェクトを実行することを保証しています。2011年にこの制度が開始されて以降、カスカイス市は5,100万ユーロを投じて数百のプロジェクトを実施してきました。廃墟となったビルの改装、高校の科学実験室やスケート場の新設、港湾施設の改良、海岸のバリアフリー化、緑地の整備、バス停へのWi-Fiや充電スタンドの設置など、本当にさまざまです。それらが実施されたことによって、カスカイスの都市景観は一変しました。カスカイスでは、参加型予算編成の下で市の予算が投じられた施設から500メートル以上離れた場所に住んでいる人は1人もいません。

 世界を見渡すと、何らかの形で参加型予算編成を実施している都市はたくさんあります。しかし、その中でもカスカイス市は特殊な部類に入ります。カスカイス市は、他の都市と比較すると参加型予算編成の割合が突出して大きいのです。例えば、パリでは近年、市の年間投資予算の5%が参加型予算編成によるプロジェクトに振り向けられているのですが、カスカイスでは予算の15%以上が振り向けられているのです。カスカイスでは、投票率が上がればその比率がもっと高くなることもあるのです。カスカイスの市長であるカルロス・カレイラス(Carlos Carreiras)が、参加型予算編成という制度を導入して定着させたわけですが、彼の支持基盤は中道右派の政党です。これはちょっと意外な感じがします。というのは、どちらかというと参加型予算編成制度は左派が好みそうなツールに思えるからです。しかし、カスカイス市で上手く機能していることで、参加型予算編成制度は右派にとっても左派にとっても魅力的なものとなっているようです。魅力的である理由は、市民の方が役人よりもお金の使い方を良く知っているということも少なからずあるようです。

 参加型予算編成が初めて試みられたのは、1989年のブラジルのポルトアレグレ(Porto Alegre)市でした。その後、その強力な理念が広く普及していきました。その理念の中心にあるのは、市民は公的資金の供給者であると同時に公共サービスの受益者でもあるという考え方です。それ故に、市民がこの資金の使い道について直接意見を述べるのは当然であると捉えられています。ある調査によれば、世界では1万都市以上、ヨーロッパでは4千都市以上、北米ではニューヨーク市やシカゴ市などの大都市を含む178都市がこの制度を採用しています。しかしながら、その制度が導入されていても小規模で表面的なものであることも多いようです。参加型予算編成を研究しているジル・プラドー(Gilles Pradeau)が言っていたのですが、ヨーロッパのほとんどの都市では、それは予算全体の2%未満に過ぎないそうです。参加型予算編成を研究しているジル・プラドーは、ヨーロッパのほとんどの都市が、このプログラムに予算の2%未満しか回していないといっていました。彼は言いました、「参加型予算編成のプロセスは、まるで美人コンテスト(beauty contest)のようだ。」と。彼が言いたかったのは、見栄えの良い提案ばかりが選ばれるということのようです。

 参加型予算編成では、もっぱら資金の使い方の詳細が議論の的となります。たとえば、どれだけの資金が割り当てられるのか、どのプロジェクトを対象とするのか、どの順番で実施するのか、誰が利用するのかなどといったことです。しかし、この制度が上手く機能すれば、単に資金を上手く配分できるだけでなく、それ以外の効果も期待できます。公共事業や行政サービスの質を向上させることができるのです。つまり、市民社会が強化され、行政に対する透明性と信頼性が高まることで、現代の政治の中心的な問題に対処することもできるようになるのです。この制度の成功事例であるカスカイス市が、今後進むべき道を示唆しています。


2.参加型予算編成の模範例 カスカイス市(ポルトガル)

 5月の暖かい日の夜、私はカスカイス市の市民課を率いるイザベル・ザビエル・カニング(Isabel Xavier Canning)と一緒に、参加型予算編成の会議を見学しに行きました。ザビエル・カニングは、50代の黒髪の女性で、20年以上カスカイス市役所に勤務しています。課を仕切っているだけあって、自信にあふれているように見えます。会議は午後9時からカトリック教会の付属するコミュニティセンターで行われることになっていました。私たちは、開始時刻の1時間ほど前に到着しました。箱型の建物の外には、すでに何人かが待機していました。私たちは、地階の会議場に向かいました。そこで、ザビエル・カニングが市民課のスタッフに混ざって、折りたたみ式の長机と椅子を並べ始めました。1つの長机には5脚か7脚の椅子が置かれていました。偶数にしないことは意味があって、同数票となることを避けられます。建物の外には、どんどん人が増えていました。

 9時10分前になると、市民課スタッフが外で待っていた人たちを案内して会議場に入れ始めました。受付テーブル前に素早く1列の待機列ができました。受付では、全ての会議参加者は布袋から棒を取り出します。棒がくじになっていて、棒の先には色が付いています。各参加者は、その色ごとに定められた長机のまわりの椅子に座りました。赤いTシャツを着た筋肉隆々の消防士たちが到着すると、順番に棒を取り出しました。それぞれ違う色が出るようになっていて、あちこちの長机に散らばっていきました。もし、彼らがまとまって1つの長机に座ってしまうと、その長机では彼らの意見が優勢となってしまうかもしれません。逆に彼らが1人もいない長机では、彼らの主張を他の者に聴いてもらう機会はほとんど無くなってしまいます。また、何の制約も設けずに採決をすると、団体やグループが提案したことが個人のものより優勢となりやすいものです。それで、組織や団体による提案はタイプAプロジェクトとして区別されていて、採決方法が個人が提案したプロジェクト(タイプBプロジェクト)とは異なっています。もし、そうしたルールが無かったら、消防団や父兄会などの団体の構成員が出席者の多数を占める会議の場で、個人の提案するプロジェクトが採択される可能性は低くなってしまうでしょう。

 20数卓ある長机のうち、3つを除いてはすぐに満席になりました。さまざまな人がいました。消防士だけでなく、定年退職者、大学生、芸術家、スポーツのコーチ、動物愛護活動家などでした。この会議には12歳以上であれば誰でも参加できました。ほとんどの人が胸に名札をつけていて、どことなく華やかなムードが漂っていました。談笑している者が多く、幼児がテーブルの間を走り回ったりしていました。午後9時ぴったりに、カスカイスのロゴ入りTシャツを着たボランティアの進行役数人が、各テーブルで案内をし始めました。各長机では全員が自己紹介をして、その後、各自が簡単に自分の意見を説明しました。いくつかのテーブルでは、消防士がピカピカの消防車や救急車の写真を載せた資料を手にして説明していました。また、他のいくつかの長机では、ドーム状建物の予想完成図を示してアピールしている者がいました。その建物は、保護猫の収容、ヨガ教室、ビーガン料理教室のために使われるとのことでした。それを提案している団体の1人の年配女性は、子犬を抱きかかえ、哺乳瓶でミルクを与えながら話していました。提案の説明とそれに対する質疑応答に30分ほどが費やされました。各長机で各提案に対する投票が行われました。各人がタイプAの提案2件、タイプBの提案2件に投票する形です。進行役の何人かが、各テーブルで選ばれた案を、壁一面のホワイトボードに大きく書いていきました。タイプAプロジェクトは緑、タイプBプロジェクトは黒で色分けされていました。複数のテーブルで同じプロジェクトが採用されたようですが、最終的にはAB両タイプともに6件ずつのプロジェクトが残りました。

 続いて、各プロジェクトの提案者から1分間のスピーチが行われました。全参加者が耳を傾けました。1人の女性は、背が低い元気な女性でしたが、犯罪を減らすためにビーチに監視カメラを設置すべきだと提案しました。彼女は、人々はすでにスマホで監視されているのだから、プライバシーの侵害に配慮する必要はないと主張しました。次に体格のよい日焼けした消防士は、彼の所属している消防団では15年前の救急車を使用していると説明しました。彼は言いました、「国からお金は出ないのです。あなた方市民が頼りなんです。」と。その説明が始まる寸前に、消防団の重要性を認識させるための演出だったと思うのですが、何人かの消防士が通報を受けたとして部屋を慌ただしく飛び出していきました。会議の参加者は全員が緑色のシール2つ(タイプAプロジェクト用)と、ピンクのシール2つ(タイプB用)を手にしていました。各人が進行役をしている者たちにシールを渡すことで投票することになります。回収されたシールは壁のホワイトボードに貼られます。投票が進むにつれ、色が濃くなり、どのプロジェクトが勢いを増しているかがわかります。団体が提案したプロジェクト(タイプA)の中では、消防士たちが提案した救急車等の装備の新調を求める提案も多くの票を獲得していました。次いで多かったのは知的障害者施設の改修で、サッカー場の改修等が続いていました。個人が提案したプロジェクト(タイプB)では、公共美術館新設、高齢者支援プログラムの創設、近隣の大学生のためのバスの増便や照明設備の改善などが上位を占めました。投票で選ばれた団体や個人はホワイトボードの前で記念撮影をしていました。地下の会議室から参加者が地上に出ていく際に、進行役たちが選ばれなかった団体や個人に声を掛けていました。今回は残念でしたが、次の会議で頑張ってくださいというようなことを言っていました。会議は年間で9回開催される予定です。そして、市民課のスタッフが最終的な投票数を記録して、長机と椅子を撤収しました。また、参加者の質問に答えたりしていました。そして、午後11時過ぎには、すべて完了しました。

 これは、長いプロセスの始まりでしかありません。このような会議で春に選ばれたプロジェクトは、夏に技術的な分析がなされます。その段階で、プロジェクトの提案者は市の関連部署のスタッフと面談を重ねます。市のスタッフはそのプロジェクトの実現可能性やコストを評価します。毎年、この段階で約3分の1のプロジェクトが却下されることとなります。理由はさまざまです。市が定めた350万ユーロの予算上限をオーバーすることが不可避と判断されること、既に市等が提供しているサービスと重複すると判断されること、環境に悪影響を及ぼすと判断させること、法的な問題がクリアできないと判断されることなどです。そして、秋に、1カ月にわたる一般投票が行われます。盛んに投票を呼びかける運動が繰り広げられます。友人や隣人が集まって、協力して投票を呼びかけたりします。一般投票では、毎回40ほどのプロジェクトが投票にかけられますが、それよりも多い場合もあります。携帯電話を持っている人なら誰でも投票できます。投票のほとんどはテキストメッセージで行われます。システム上で、同じ携帯電話からは1回しか投票できないように制御されています。

 1カ月の投票期間が終わると、市長は投票数によってランク付けされたプロジェクトのリストを受け取ります。市長は、このリストのどこかに線を引かなければなりません。いわゆる足切り線です。その線より上にあるプロジェクトには、資金が提供され、実施されます。この線を引く際に、ある程度の裁量が市長にはあるわけですが、とはいえ、かなり限定的です。市長はリストの下方にあるプロジェクトを自分が好きだからという理由で優先して実施する権限があるわけではありません。そもそも、リスト上のプロジェクトの順番を入れ替える権限もありません。また、参加型予算編成で決まるプロジェクトには投資総額の下限が定められているのですが、市長はプロジェクトを選んだ際に合計額が下限額を必ず上回るようにしなければなりません。同時に、市長には投資総額の上限を決める権限もないのです。投票者が多ければ多いほど、プロジェクトに提供される資金総額は増えるようになっています。過去最高となった2017年は、7万5千人以上が投票しました。


3.参加型予算編成のメリットと限界

 カスカイス市長のカルロス・カレイラス(Carlos Carreiras)は61歳です。海から目と鼻の先にある2階建ての美しい建物で執務しています。その建物の外観にはタイルモザイクで聖書の一場面が描かれています。19世紀に描かれたもののようです。私は彼とその建物の2階の天井の高い会議室で会いました。カレイラスはエレガントなスーツに身を包んでいました。さしづめ地方銀行の最高財務責任者といった風貌でした。実際、彼は2011年に市長になったのですが、その前は何年も財務関連の仕事に就いていたそうです。私はカレイラスに、なぜ参加型予算編成にこだわるのかを尋ねてみました。

 「お尋ねしますが、あなたは”愚か者(stupid)”という言葉を理解していますか?」と、彼は椅子の背もたれに寄りかかりながら両手を広げて私に尋ねました。「もし『
全ての問題を理解して、全ての解決策を知っている。』と言う市長がいたとしたら、その市長こそが愚か者です。市長がすべてを知っていると仮定することは、まったく間違っていますし、意味がないことです。」

 カレイラスは、参加型予算編成は、多くの人の脳を利用する分散インテリジェンスシステムのようなものだと言っていました。つまり、多くの脳が、並列で協調・競合しながら相互作用をすることで全体として最適な答えを導き出すようなシステムのようだと言うのです。そのおかげで、市民の集合知が活性化されています。毎年、同市では参加型予算編成の会議で出された全アイデアをリスト化し、それを分析して市民の要望や懸念を拾い出そうとしています。たとえば、あるアイデアが採用されずに実現されなかったとしても、そのアイデアが重要な問題を示唆している場合があります。公園がない地域に公園を作るとか、横断歩道がない交通量の多い道路に横断歩道を設置するアイデアが却下されていることがあるわけですが、それらは、市が他の手段で対処すべきことを示唆しています。3年前、ある公立学校の提案したプロジェクトが一般投票で賛意を多く集めリストの上位に選ばれました。その学校は、敷地内の古い建物からアスベストを取り除くことを提案していました。市は現在、地区内のすべての学校で同じ作業をすることを計画しています。カスカイスの参加型予算編成で実施が決まったプロジェクトの大部分は、学校、道路、古い建物、緑地、運動施設などの改善という、地味なインフラ整備に関するものです。このことは、効果的な参加型予算編成という制度があれば、市民の基本的なニーズを満たしながら、市民を直接政治に参加させられる可能性があることを示唆しています。それは、ポルトガルだけでなく、世界のどこでも当てはまることだと思われます。もちろん、連邦政府の支出が厳しく制限され、国政が機能不全に陥っている国、ここアメリカでも当てはまります。

 この10年間で、カスカイスは参加型予算編成の世界的なモデルとなりました。フランス、クロアチア、モザンビークなど、世界中の都市がそのアプローチの一部を取り入れています。アメリカ最大級の規模を誇るニューヨーク市の参加型予算編成プログラムは、”参加型予算発案(New York City’s Participatory Budgeting initiative、略号PBNYC)”と呼ばれていますが、カスカイス市の仕組みを参考にしています。PBNYCは、その仕組みや年間スケジュールはカスカイス市とほぼ同じです。しかし、2019年にこのプログラムに3,500万ドルが割り当てられたのですが、それはニューヨーク市の年間インフラ投資額の0.5%にも満たないのです。カスカイス市が費やしたのと同じ割合にするためには、ニューヨーク市はこのプログラムを通じて年間10億ドル以上を費やす必要があります。

 カスカイス市のプログラムの成功を、他の都市で完全に再現することは難しいかもしれません。参加型予算編成の専門家は、予算のかなりの割合をそれで決まったプロジェクトに投入することも重要だが、それだけで参加型予算編成に対する信頼が得られるわけではないと強調しています。ポルトガル人のコンサルタントで、20年にわたり世界各国で政府や行政に参加型予算編成のプログラムの設計について指導してきたネルソン・ディアス(Nelson Dias)が指摘していたのですが、十分な資金が投入されないか、行政の実行能力が貧弱であることが理由で、多くの参加型予算編成のプログラムが躓いているそうです。また、政治的な環境もプログラムが上手くいくか否かに大きく影響するそうです。ブラジルでは、参加型予算編成のプログラムは左翼的な取り組みだと思われていたため、成果を出した都市はそれほど多くなかったそうです。ポルトアレグレ(Porto Alegre:ブラジル南部の人口150万人の都市)では、2004年の選挙で参加型予算編成の仕組みを導入した政党が敗北しました。それ以降この仕組みで実施が決まったプロジェクトの多くが滞るようになりました。2005年から2016年の実績を見ると、実施が決まったプロジェクトで、無事に完了したものは全体の半分以下にとどまっているようです。

 また、参加型予算編成にとって恵まれた環境が整っていたとしても、その仕組みが必ずしも上手く機能するわけではありません。構造的な問題に直面するというか、限界があります。例えば、市民参加型の意思決定プログラムを通じて最低賃金の引き上げをすることはできません。また、手頃な価格の住宅政策を再構築することも、使い捨てプラスチックを禁止することなどもできません。コインブラ大学(University of Coimbra)社会科学センターの上級研究員であるジョバンニ・アレグレッティ(iovanni Allegretti)は、「市民参加型の意思決定プロセスを導入しても、貧困地区の運命を変えることはできない。」と言っていました。アレグレッティが指摘していたのですが、参加型予算編成の仕組みは、限られた資金を長期的でない多くのプロジェクトに割り振る際には、最も効率的で効果的な手法です。ただ、それ以外の分野では特に効果的なわけではありません。しかし、参加型予算編成の仕組みが効果的に機能すると、そうでない時にはほとんど力を持たない人でさえも大きな政治的な力を得ることができます。

 3年前、カスカイス市で開催された青少年の公開討論会で、カロライナ(Carolina)という女子中学生が理科の授業をもっと面白くするというアイデアを披露しました。彼女は、児童は外に出て実地で自然について学ぶべきだと考え、近くの山間地に野外教育センターを作る計画を立てていました。そのアイデアは時間をかけて何度も修正されて、洗練された実行可能な提案にまとめられました。彼女の提案は、参加型予算編成の会議で最上位に選ばれました。それで、彼女は父親と一緒に市の関連部署のスタッフに実現可能性やコスト等について評価してもらい、何度も面会を重ねました。その結果、遂に実現可能な計画案がまとまりました。彼女の提案では、完成する施設には児童が野外学習のために宿泊することができます。夜に星を見て、昼には生態系を学ぶこともできます。1カ月間の一般投票期間中、彼女は学校が終わった午後などにカフェやショップ等で、見知らぬ人に声を掛けて自分の提案に投票してもらうよう説得を続けました。12月に結果が出たのですが、彼女の提案は一般投票でも上位に残り、35万ユーロの資金が投じられることが決まりました。既に建設が始まっています。♦

以上


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