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シリコンバレー銀行破綻に関するコラムを訳してみた

 本日翻訳して紹介するのは、the New Yorker Web版に3月13日に掲載された John Cassidy のコラムで、タイトルは”The Old Policy Issues Behind the New Banking Turmoil”(新たに銀行が破綻した背景には、2008年の金融政策の変更が影響)です。

シリコンバレー銀行が破綻したことを受けてのコラムでした。時事ネタですので、1週間後に投稿しても意味がないので、急いで訳してみました。
(私の運営しているブログにも同じ訳文を掲載しています。)

スニペットは以下の通り。
”Many of the issues surrounding the closure of Silicon Valley Bank are the same ones that the 2008 crisis raised.”(シリコンバレー銀行の破綻で問題となったことの多くは、2008年の世界金融危機で問題となったことと同じです)

和訳全文は以下になります。

 月曜日(3月13日)にいくつかの地銀の株価が急落しました。株式市場自体は概ね持ち直しつつある中での出来事でした。先週末に、バイデン大統領は、本格的な取り付け騒ぎが起こるのを防ぐためにさまざまな措置を取りました。また、納税者の資金がそれに使われることはないと強調しました。金曜日(3月10日)にシリコンバレー銀行(Silicon Valley Bank:略号SVB)を、日曜日(3月12日)に主として暗号資産関連企業に資金を提供していたシグネチャー銀行(Signature Bank)が閉鎖されました。両行は、連邦預金保険公社(Federal Deposit Insurance Corporation:略号FDIC)の管理下に入り、預金は全額保護されます。預金保険の対象外の預金についても預金者に全て返還されます。「シリコンバレー銀行の破綻に伴う損失を納税者が負担することはない。」 という声明が、財務省(Treasury Department)のイエレン長官、FDICのグルーエンバーグ総裁、連邦準備銀行(FRB)パウエル長官の連名で、日曜日(3月12日)に出されました。月曜日(3月13日)の朝、バイデン大統領はこのメッセージを繰り返し、さらに 「破綻に至った要因の完全な説明を求め、この混乱の責任者に完全に責任を取らせることを固く約束する 。」と付け加えました。

 SVBとシグネチャー銀行の経営陣と株主に対しては、バイデン政権は断固とした対応をとるという決意を固めています。税金が彼らの救済に使われることはありません。FDICは、ハイテク企業への融資が多かったSVBを閉鎖するにあたり、経営陣は解雇され、株主は損失を被ることとなると約束しました。また、預金者を保護するために新たに預金保険サンタクララ銀行(Deposit Insurance National Bank of Santa Clara:略号DINB)を設立し、預金を既に転送したとしています。シグネチャ銀行に対しても同様の措置が取られます。連邦政府の今回の緊急介入によって明らかに恩恵を受けた個人と企業があります。それは、SVBとシグネチャー銀行の顧客です。保険の限度額である25万ドル(訳者注:FDICは通常1口座当たり25万ドルまでしか保護しない)を超える預金を持っていた人たちです。「本来は損失を被るべきだった人たちが、今回は損失を被りません。彼らは誰かによって救済されたわけです。」と、バンダービルト大学(Vanderbilt University)の法学部教授で、財務省の元官僚のモーガン・リックス(Morgan Ricks)は、日曜日(3月12日)の夜に私に言いました、「全額を保護することに関しては多くの議論があります。しかし、今回は全額が保護されることとなったのです。」と。

 共同声明(FDIC、財務省、FRBによる)には、「本来は保険の対象でない預金者を救済することで発生する預金保険基金(Deposit Insurance Fund)の損失は、法律の定めに則り、破綻した銀行への特別査定によって全額回収される。」との記述があります。このことから、最終的なコストは、現段階では非常に不透明な部分があるとはいえ、他の銀行の顧客や株主が負担することとなるようです。しかし、SVBやシグネチャー銀行の損失を直接的には納税者が負担しないとしても、今回の措置は金融セクターが有利な待遇を連邦政府から受けるわけで、大きな疑問を提起するものです。これが暗黙のルールとなってしまう懸念があります。今回のような危機が発生しても同様に救済が行われるだろう、と誰もが考えるようになってしまうかもしれません。

 こうした疑問は、15年前にも提起されました。15年前と言えば世界金融危機(great financial crisis)が発生した頃です。議会がいくつもの大手銀行の救済策を決め、FRBが金融システムを安定させるために多くの緊急融資プログラムを導入しました。当時何が行われたかを簡単に言うと、膨大な税金が銀行に資本として注入されたのです。また、FRBは危機にあった金融機関が減損した資産の一部を現金融資の担保として差し入れることを認めました。2010年に成立した”ドッド=フランク・ウォール街改革・消費者保護法”(Dodd–Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act:略して”ドット・フランク法”)によって多くの改革が為された目的は、このような措置が必要となる事態の発生を防ぐことでした。しかし、日曜日(3月12日)に発表された救済策を見ると、新たな融資手段が含まれていました。流動性対策の”バンク・ターム・ファンディング・プログラム”(Bank Term Funding Program:略号はBTFM)です。それは、FRBが財務省の支援を受けて行うもので、銀行の減損資産(impaired assets)を額面価格(par value)で担保として受け入れるプログラムです。これによって、銀行は危機に陥りそうな事態になった際に、SVBが行ったようなこと(損失覚悟の資産売却)を避けることができます。おそらく、FRBは、今回実施したような措置が潜在的な危機が拡大するのを防ぐためには必要であると考えたのでしょう。というのは、多くの銀行が国債(Treasury bonds)やその他の資産を大量に保有していて、それらの市場価値(market value)が急速な利上げが始まって以降で急落していたからです。しかし、2010年のドット・フランク法が制定されてさまざまな改革が行われた目的は、このような規模の危機が発生しないようにすることで、資金の投入が必要な事態の発生を防ぐことでした。

 さて、どうして資金の投入が必要な事態が発生してしまったのでしょうか?今回、SVBが破綻した原因は主に3つあります。それは、無能な経営陣、緩い規制、不安になった顧客による取り付け騒ぎです。新型コロナのパンデミックで金利が記録的な低水準になった際に、SVBは最も利回りの高い長期の国債を大量に購入して運用していたようです。その際に、金利上昇の可能性に対するリスクヘッジを十分にしていなかったようです。今にして思えば、非常に無謀な行為でしかないわけですが、銀行を監督する立場にあるFRBはそれを認識していなかったようですし、是正も求めていなかったようです。どうしてなのか、非常に疑問が残るところです。推測するに、その一因は、2018年にドッド・フランク法で定めた金融規制を中堅銀行に対しては緩和するという政策変更が為されたことにあると思われます。それは、銀行業界のロビー活動が奏功した結果によるものなのですが、議会で全会一致で承認されていました。当時、規制が緩和されたことによって、SVBのような中堅以下の銀行に対するストレステスト(stress test:健全性審査)の頻度は年1回から2年に1回に減らされました。毎年ストレステストを実施していれば、当局はSVBに脆弱性があることを発見できていた可能性もあります。

 最終的にSVBにとどめを刺したのは、起業家ピーター・ティール(Peter Thiel)率いるハイテク業界向けベンチャーキャピタルのファウンダーズ・ファンド(Founders Fund)が急速に同銀行から預金を引き出したことと、ティールが投資先のハイテク企業にも資金を引き上げるよう提言したことです。ハイテク企業のリーダーたちは、トレンドに追随する人ばかりであふれていましたので、SVBのほとんど全ての顧客が一斉に預金を引き上げようとしました。それがSVBを経営破綻に追い込みました。SVB内部で財務問題が顕在化した際には、経営陣は増資で対処しようとしていて、取り付け騒ぎのようなことさえ起きなければ問題なく対処できたはずだったのです。国内16位の銀行が破綻し、他の銀行の株価も急落していましたので、さらなる混乱の拡大を防ぐためには、当局は早急に介入せざるを得ない状況でした。金融用語でいう影響波及(contagion)リスクが高まっている状況でした。日曜日(3月12日)に発表された共同声明によると、FDICとFRBが当局の介入が必要であるとバイデン政権に助言し、バイデン大統領もこれに同意したようです。

 明らかに非難に値する点がたくさんあります。今回の措置での大きな問題点は、2008年の世界金融危機でも大問題となっていたことでした。当時も今回も問題となっているのは、銀行の機能とは何なのか?とか、どの程度まで銀行は真に独立した事業体(国家の管理下ではなく)であるのか?ということです。「私の考えでは、アメリカの銀行の歴史と銀行法の構造を考慮すべきだと思います。それらを踏まえると、アメリカの銀行は、実質的に連邦政府のフランチャイズとして、通貨供給量を拡大する権限を委譲されていると解釈できます。」と、リックスは言いました。彼は私に、1864年に制定された国法銀行法(National Bank Act)まで遡るさまざまな法律を引用して説明してくれました。

 今回、SVBが破綻したわけですが、多くのことを学ばなければなりません。現在のアメリカの銀行のビジネスモデルは、上手く行っている時には特権的な地位を利用して潤い、具合が悪くなると政府に頼るというものです。銀行がこのようなビジネスモデルをとらないようにするために、より多くのことを行う必要があることが明らかです。リックスが1つの解決策を提案しています。それは、すべての銀行に顧客の全預金に保険をかけさせるようにさせ、保険を受ける側は保証する預金額に応じて銀行に保険料を請求することです。リックスは言いました、「銀行の保険を引き受けるのは公的機関になりますが、金融システムが安定しますし、収益もあがるでしょうから、決して納税者が損をするわけではありません。」と。その他にも改革がいくつか必要です。地方銀行の脆弱性を減じるために自己資本をより多く保持するよう強制して金利変動リスク(interest-rate exposures)をヘッジすることを義務付けること、SVBのような中規模の銀行に対する毎年のストレステストを復活させることなどが必須でしょう。

 そうすることは、より規模の小さい銀行も地域社会にとって不可欠で公益に資する事業体として扱うことになるわけで、それは間違いなく適切な扱いです。また、もっと急進的な選択肢もあります。それは、一部で強力に主張している者がいるようですが、民間銀行よりも低コストで必要な銀行サービスを提供できる公的銀行を設立するというものです。しかし、ここで重要なのは、たとえこの週末に取られた措置が不可避なものであったとしても、これで全て幕引きというわけではないということです。リックスが指摘していたのですが、今回の騒動は、アメリカの金融システムの基本設計を見つめ直す契機とすべきもので、何もしなければもっと悲惨な事態がいつか発生することを暗示するものです。♦

以上

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