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『北浜東1丁目はじまりのBAR』

私がその店を訪れたのは本当に偶然だった。
新年の挨拶に持っていく手土産を買いに、北浜にある紅茶専門店に立ち寄った。買い物を終え、天満橋に向かって歩き始めると、突然雨が降り出してきた。 あまりの雨に身動きが取れなくなった私は慌てて、あるビルのエントランスに駆け込んだ。 あたりは既に夕闇に包まれている。雨のせいか、人通りもない。 私は携帯をいじりながら雨宿りをしていたが、ふとそこにバーの看板が出ているのに気がついた。 
はじまりのBARへいらっしゃい」 
妙な看板だなぁと思いながらも、吸い込まれるようにそのビルへと入っていった。

バーはビルの地下1階にあった。 表に看板が下がっているが、中の様子は見えない。 恐る恐る鉄の扉を開けてみた。

ようこそ。はじまりましょうか 』

少なからず緊張していた私は思わずその言葉に笑ってしまった。バーの店主はと言うと、何故自分が笑われたのかわからないといったような表情を浮かべて、カウンターのお席へどうぞ、とうながした。
そしてここから私の奇妙な体験が始まったのだった。

「雨宿りですか?急に降り出しましたからね」

笑顔は無いが、かといって無愛想でもなく、店主は言った。

「そうなんです。あっここ・・・」

そこで初めて、私はこの店に窓があるのに気が付いた。雨粒に濡れてはっきりは見えないが外の薄闇が感じられる。

「ここ、地下なのに…窓があるのですね」
「寒かったでしょうからホットワインなどいかがです?」

漠然と心の中で思い浮かべていたものを提案されてドキリとした。店内は静かにジャズが流れている。 大きな本棚、古いアップライトピアノ。 ソファ席もありバーにしては広い。ふんわりと芳醇なワインの香りが漂ってきた。 そしてスパイシーなシナモンの芳香。

「温まりますよ。その窓は心の窓です。あなたの今年の目標が、その窓の向こうに見えるのです」

ホットワインを唇で舐めた瞬間、私は固まった。この店主は何を言っているのか? もしや、この店は危ない店なのか?頭の中で色々な想像がメリーゴーランドのように回り出した。と、その時、店主が窓を見つめながら言った。

「おや?今、(ニコニコしているお客様が)が通り過ぎましたね。何かがうまく運んだようですよ。」

私は目をこすった。 確かに今、窓に(契約書を手にしている笑顔の自分)が映ったような気がしたのだ。後に誰かいる?思わず背後を振り返ったが、もちろんそこには誰もおらず、水滴をつけた冷たい窓に、もう人影はない。

「これは・・・一体?」
「ここは年の初めに、前向きにこの1年を過ごしたい、そんな人にだけ開店するバーなのです。 そして、年の瀬に、目標を実現できた人にだけ再び開店いたします」

私は戸惑いながら首を振った。

「私はそんなに前向きではありませんでした。目標なんて・・・そんなこと特に思っていなかった・・・」
「そうでしょうか。目標を立てて、失敗するのを恐れて、心に蓋をなさっていたのではありませんか?」

確かにそうだった。 (ライバルに負けじとする自分の姿を見せることはプライドが邪魔した。)

私の心の窓。

「わたし・・・やってみます。」
「雨、上がりましたよ。さぁ、この店もそろそろ看板です。」
「ハイ。おいくらですか?」
成功報酬でけっこうです。」

店主がニコリと笑った。 わたしは深く頭を下げた。鉄の扉が閉まると、わたしはあえて振り返らず、地上へと上がって行く。上がった先には、きっと(薔薇色の)20○○年が待っている。
※太字のところは自由に書き換えてオリジナル作品に仕上げてください。

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