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〈音楽理論〉どんな調にでも転調できる「dim7」「aug」の特殊性

先日、フランツ・リストの『マゼッパ』を分析していて思ったことがあったので書いておきます。
「dim7」「aug」を挟めば、常時どんな調にでもいきなり転調できてしまう、という話です。

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「dim7」「aug」の特殊性

これら2種の和音は、他の通常の和音とは明らかに異なった特徴を持っています。

①固有和音(diatonic chord)として出現しない

長調・短調をベースに考える場合、「dim7」も「aug」も固有和音(diatonic chord)としては出現しません。
ただし、和声的短音階(harmonic minor)・旋律的短音階(melodic minor)の中には固有和音としてこれらの和音が出現します。

和声的短:Ⅲaug・Ⅶdim7
旋律的短:Ⅲaug

とはいえ、これら変位音階はあくまで特殊なもので、属機能(dominant)が提示されている際に鳴らされる緊張感の高い音階です。
自然な音階には「dim7」も「aug」も出現しません。

②構造が正多角形状

ピッチ・クラス(Pitch Class)に着目して、「dim7」「aug」の構成音をプロットしてみます。

この通り、それぞれ正方形・正三角形となります。
通常の長和音(major chord)や短和音(minor chord)の場合、トライアドでもセブンス・コードでも、全く点対象でも線対称でもない無秩序な図形になります。

調性というのは、いわばこうしたピッチ・クラスに対して、12のクラスを平等に扱うのではなく、アンバランスに重み付けすることだといえます。
恣意的に選んだ音を主音として独自の役割を与え、属音や下属音などといった特別な音を作り出すことで、調的なバランスを取るわけですからね。
逆に言えば、12のピッチ・クラスに対して正多角形状の構造を持つ「dim7」「aug」といった和音は、根本的に調的な構造を持っていないといえます。
構成音の中に序列やヒエラルキーはなく、どのように和音が転回しても響きは変わりません
つまり、転回形(inversion)が存在しない和音ということです。
大変アナーキーな和音です。

調性音楽における「dim7」「aug」の用途

「dim7」は、主に

①短調における属9根省
②刺繍偶成和音

として用いられます。
ジャズで汎用される「パッシング・ディミニッシュ(passing diminish)」は①にあたります。

「aug」は、主に

①長・短調における属和音の上変
②半音経過和音

として用いられます。
短調における属和音の上変は、機能和声では厳密に言うと違反ですが、実際には自由に用いられています。

さて、お気づきの通り、どちらの和音も

①属和音(dominant)
②偶成和音

という2種類の役割があるのです。
偶成和音は、直ちに解決すべき緊張感の高い和音とされますから、結局のところ「dim7」も「aug」も非常に緊張感が強い和音と言えます。

全調への自由転調

重要なこととして、「dim7」と「aug」は転回形の存在しない和音です。
例を挙げると、「Cdim7」の第1転回形、すなわち「Cdim7/Eb」は、結局「Ebdim7」となってしまいます(異名同音(enharmonic)の読み替えを考慮しない)。
同じように、「Gaug」の第2転回形、ずなわち「Gaug/D#」も、結局「D#aug」となってしまい、わざわざ分数コードで書き表す必要がありません。
すなわち、これらの話を一般化すると、

①Ⅰdim7 = bⅢdim7 = bⅤdim7 = Ⅵdim7
②Ⅰaug = Ⅲaug = #Ⅴaug

と言えることが分かります。
つまり、たとえば「Cdim7」を挟んでハ長調からニ短調へ転調できたとしたら、その転調は「Ebdim7」「Gbdim7」「Adim7」のどれでも可能だということになります。
なぜなら、結局これらの和音は転回させれば同じ和音となるからです。

また、一般的に長調への転調と短調への転調は区別する必要がありません
理論的に厳密な古典クラシックならともかく、比較的新しい音楽では、例えばハ調に転調するのとハ調に転調するのとはほぼ同じ意味を持っています。
どちらも主音が同じ、つまり同主調の関係にあるので、同じ方法でどちらの同主調にも転調することができると考えられます。

以上を踏まえると、どんなに離れた2つの調でも、間に任意の「dim7」「aug」を挟めば一発で転調できることが分かります。
具体的にどう和音を接続すれば転調できるのかは、パターン数が膨大なうえ、少し考えればわかると思うので割愛します。

実例解説

「aug」の方に関しては、全調転調をしている良い例が見つかりませんでした(単に「aug」を用いた転調なら田中秀和とかがいくらでもやっていますが)。
しかし、「dim7」の方に関しては、なんとクラシック作曲家のフランツ・リストにいい譜例があったので紹介します。

フランツ・リスト『マゼッパ』

リストの『マゼッパ』には、「dim7」を用いた転調がなんと全通り出てきます。

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