2015年1月の「ヒット曲研究会」(その1)

 【外山恒一の「note」コンテンツ一覧】

 〈全体の構成は「もくじ」参照〉

 冒頭で触れているように、外山は96年から97年にかけて、〝ヒットチャートから時代状況を分析する〟という主旨の座談会シリーズ「ヒット曲研究会」を主宰し、そのテープ起こしを単行本化した『ヒット曲を聴いてみた』(駒草出版・98年)をカルチュラル・スタディーズの知られざる金字塔であると『全共闘以後』(イーストプレス・18年)でも自画自賛している。
 以後、同様の試みが2010年と2015年にも(座談会メンバーを完全に入れ替えて)おこなわれたうちの後者、福岡での2015年1月29日のそれを公開する。『人民の敵』第5号に掲載された。
 座談会参加者は外山の他に、例によって福岡での対談や座談会企画の常連である極右天皇主義者の藤村修氏、そして「九州ファシスト党〈我々団〉」党員の東野大地、および「教養強化合宿」の第1期生でこの座談会当時は「西南学院大学アナキズム研究会・議長」を称していたM君である。

 第1部は原稿用紙換算25枚分、うち冒頭13枚分は無料でも読める。ただし料金設定(原稿用紙1枚分10円)にはその13枚分も含む。
 ( )内は『人民の敵』掲載時にもともとあった註、[ ]内は今回新たに付け加えた註である。[ ]内は字数計算には入れていない。

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 そもそもどれが〝扱うべきヒット曲〟なのか?

藤村 今日は具体的にどういうミュージシャンを扱うの? まったく予想がつかないから、事前に〝予習〟もできなかった。

外山 うん。まず実はそこらへんから話し始めたいんだ。そもそも今の時代に〝ヒット曲研〟が成り立ちうるのかって問題もあるじゃん。かつて〝ヒット曲研〟をやってた時代(註.96年から97年にかけて、当時20代だった外山が首都圏の同世代の活動家を招集しておこなった連続座談会企画。まだ当時は全員〝無名〟だった、在特会批判のモチーフによる13年の単行本デビュー作『九月、東京の路上で』が話題の加藤直樹=鹿島拾市、もはや著名な左派系社会学者である酒井隆史=マオ、同じく左派系の文芸批評家として活躍する丸川哲史=小倉虫太郎、今や外山の〝不倶戴天の仇〟である矢部史郎&山の手緑、といったもはや再結集は絶対に不可能な〝錚々たる布陣〟なのだが、ちなみに彼らの経歴からは〝黒歴史〟として?完全に抹消されている。全5回の座談会の模様は98年・駒草出版刊の『ヒット曲を聴いてみた』に完全収録)はまだ、〝ヒットチャートから世相を読む〟ことがギリギリ可能だったし、ヒットチャートを飾るさまざまなヒット曲がそれぞれ若者たちのさまざまなイデオロギーやセンスの傾向を反映してた。

藤村 (外山が配布した資料を見て)iチューンズの年間ヒットチャートを選んだのは、やっぱりオリコン・チャートは実態を反映してないって判断?

外山 いや、オリコンのも配ってるよ。配ったのは、この10年間のオリコンのシングル年間売上ベスト百位の表と、たぶん統計を発表し始めた年なんだろう08年以降のiチューンズの年間チャートと、あとたまたま見つけた12年のレコチョク(〝着うた〟ダウンロード販売の最大手)の年間チャート。……で、藤村先生は近年のヒットチャートについていけてますか?(笑)

藤村 まったく分かりません。iチューンズの昨年の年間チャート(20位ぶん)で知ってる曲を挙げると、1位と4位と……。

外山 日本語版(1位の松たか子「レット・イット・ゴー〜ありのままで〜」)とオリジナル版(4位のイディナ・メンゼル「レット・イット・ゴー」)ってだけで、どっちも〝アナ雪〟(大ヒットしたディズニーのアニメ映画『アナと雪の女王』)じゃん(笑)。

藤村 あと11位の絢香の「にじいろ」も分かるかな。NHKの『花子とアン』の主題歌でしょ。

外山 そうなんだ。むしろぼくがそのことをよく分かってない。

藤村 わりと軽快な曲で、たしか紅白でも歌ってたよ。16位(AKB48「恋するフォーチュンクッキー」)と19位(椎名林檎「ニッポン」)も分かる。21位(セカイノオワリ「スノーマジックファンタジー」)も、どんな曲かと訊かれたらまったく思い出せないけど、聴けば分かると思う。

外山 それでもさすがラジオのヘビーリスナーだけあって、年齢(外山と同じく70年生まれ)のわりにはかなり知ってる方だよね。あと配った資料には含まれてないけど、こんなのも見つけたんで、一応手元に用意してきたんだ。関西のいろんな大学の軽音サークルの部員たちにアンケートしたっていう、〝大学生に人気のバンド〟ランキング

M(西南学院大学アナキズム研究会・議長) このへんだと結構知ってますね。

藤村 あ、やっぱり分かるんだ。1位(パスピエ)、2位(ア・フラッド・オブ・サークル)、3位(ゴー・ゴー・ヴァニラズ)……1つも分からないよ。

外山 さすが現役学生だね。

藤村 7位に初めて知ってる名前が出てくる。

外山 さすがに東京事変は知ってるわな。

藤村 あとぼくが分かるのは、12位の〝ゲスの極み乙女。〟と、17位の〝くるり〟ぐらいだな。

外山 普通の〝大人〟はそんなもんだと思うよ。ぼくだって1位のパスピエって、名前だけ知ってた程度だもん。

M ぼくも〝名前だけ知ってる〟ぐらいのがほとんどですけどね。ただ最近、ストリート・ミュージシャン稼業を始めたこともあって、バンドの流行を意識的に勉強してたって側面もあるんですけど。いろんな友達に最近何が流行ってるのか訊いたりしてて、カナブーン(4位)の名前はよく出ます。

外山 うん。たしかに最近チラチラ聞くよね。

藤村 カナブーン? 熊本のDJじゃないの?

M バンドです。

藤村 〝かなぶんや〟っていうパーソナリティがいて……。

外山 ラジオマニアにしか分からないボケはやめてください(笑)。

M 同率17位のアレキサンドロスって、たしか何かが改名したバンドですよね。

外山 それも名前は見るけどよく知らない。

M 何ていうバンドだったかなあ。

外山 かつてヒット曲研をやってた頃と違って、今はこの場でパッとネットで調べられるんだが……まあいいか。とにかく今この時代に改めて〝ヒット曲研〟をやろうと思っても、どこから手をつけていいのか分からないというのが正直なところなんだ。

藤村 以前やってたのは90年代後半でしょ。

外山 うん。

藤村 その当時もすでに〝国民的ヒット曲〟みたいなものは存在しなくなってたと思うけど、それでもまだ少なくともロック好きとか音楽好きの人たちにとっては、好き嫌いを超えて〝誰でも知ってる歌〟はたくさんあった。

外山 〝若者〟だけで考えれば充分に〝国民的ヒット曲〟は存在してたと云えると思う。いろんな傾向の若者たちが、ヒットチャート上で陣取り合戦をしてた感じだよね。知性やセンスに関する上流階級から下層階級までさまざまな若者がいて、平均的な若者はミスチルを聴いてたような時代で、もっとマトモな音楽もちゃんとチャートに登場してたし、一方ではもっと下層な人たち向けに小室系やビーイング系もヒットしてて、いろんな〝売れてるミュージシャン〟が〝満遍なく〟いた。
 だけど、かつてはオリコンチャートを参考にヒット曲研で話題に上げる曲を選んでたのが、見れば分かるとおり、ここ最近のオリコンはまったくアテにならんでしょ。純粋に売上枚数で集計してるから、CDに特典をつけて1人で何枚も何十枚も買わせる商法で、チャートの上位はAKBとジャニーズで完全に独占されてしまってる。そういうのだと現実を反映してるとはとても云えないんで、何か他に本当に実態を反映してるチャートはないのかとここ数年ずっと探してたんだけど、iチューンズでのダウンロード回数を基にしたチャートを見つけて、これだったら1人で何10回もダウンロードしないだろうし、少なくともオリコンより百倍マシなんじゃないかと。で、昨年のやつを両方比較してみると、iチューンズでは案の定〝アナ雪〟が年間1位なんだけど、オリコンでは百位にすら入ってないんだ(笑)。

M そんなに違うんですか!?

藤村 それは知らなかった。ビックリだな。

外山 いかにオリコンがもはや一切アテにならないかっていう(笑)。


 音楽は〝違法に聴く〟のが主流

藤村 ただiチューンズも微妙だと思うのは、例えばぽくはアイドル好きだけど、自分が推してるアイドルの曲をiチューンズで落としたことは1度もないよ。

外山 うん。だからむしろ純粋に〝音楽に〟カネを払う人たちの好みの動向は反映してるんじゃないかと。

藤村 実際どうなんだろう。若者たちは自分の聴きたい曲をiチューンズでダウンロードして入手するのが一般的なの?

M ぼくは1度も使ったことないです。

藤村 周りの学生たちは?

外山 やっぱり〝CDを買う〟ってことはあんまりないんでしょ?

M せいぜい誰かが買ってきたものを焼いて配ったりってことはよくあるけど。

藤村 それは違法じゃないの?(笑)

外山 〝違法な聴き方〟がむしろ主流でしょう。昔も友達にレコードを借りてカセットテープにダビングするのは普通だったし、今はそれでも音質の劣化がないってだけで。ぼくも世相を見極めるための資料として大量のヒット曲をiチューンズに入れてるけど、大半は〝違法に収集〟したものだもん(笑)。

M あとはツタヤで借りてきたCDをパソコンやiポッドに落とすとか。

外山 やっぱりカネを出してiチューンズでダウンロードするってのは一般的ではないんだ。

藤村 じゃあ誰がダウンロードしてるんだろう(笑)。てっきりM君の世代では普通にみんなダウンロードして聴いてるのかと思ってた。これだけCDが売れない、売れないって云われてるんだし、だけど音楽を聴くのが趣味って人の割合そのものは昔とそんなに変わらないだろうから、やっぱりiチューンズやそれに類するいろんな音楽配信サイトからダウンロードしてるのかと思ってたんだけど……。

外山 M君個人は、昔のロックとかでもいいけど、それなりにCDを買う人なの?

M いや、あんまり。

外山 やっぱり〝違法に収集〟するのがメインなの?(笑)

M そうですね。フツーに違法に(笑)。

藤村 うーん……困ったね。

外山 〝ヒット曲研〟の前提そのものが揺るがされる状況ってことだもんね。もちろんぼくもそれは想定してて、だから今日は何を聴くのはあらかじめ決めずに、まず最初にこういう話をしなきゃいかんと思ってたんだ。

M あと、気になる曲があれば、ユーチューブで探して見ます。

外山 合法的な聴き方もしてはいる、と(笑)。そうだよね。ユーチューブがあるよね。しかしともかく、今何が流行っているのか、どうすれば知ることができるんだろう。

藤村 アイドル・ファンとして云うと、アイドルが新曲を出せば必ずPVを出すでしょ。そのPVの公開日はいつなのか、アイドル・ファンたちは固唾を呑んで待ってる。

外山 それはあらゆるミュージシャンのファンは大体そうなんじゃない?

藤村 そうなの?

外山 固定ファンたちはそうでしょう。PVというか、次の新曲がいつ出るのか、アルバム発売はいつなのか、ライブはいつか、情報を熱心にチェックしてるでしょう。

藤村 そうなのか。オレにはまったくそういう文化がなくて、アイドル・ファンになって初めてそういうことを始めたもんだから。

外山 そんなことないでしょ。〝さだまさし〟ファンだった暗い少年時代にも、さだサンの次のアルバムはいつ出るのか、常に気にしてたでしょ(笑)。

藤村 だけどその時代はPVとかなかったもん。

外山 いや、そういう話じゃなくて、特定のミュージシャンの固定ファンたちは、アイドルだろうとロックやフォークだろうと、そのミュージシャンの活動に関する情報を頑張って集めるという点では一緒だし、昔と今ってとこで比べても一緒でしょう、と。ただ誰か特定のミュージシャンのファンになれば、その人の情報はいくらでも集められるけど、そもそもの議題はそういうことでもなくて、もっと一般的に、広く世間では何が流行ってるのかを手っとり早く知る方法がないってこと。
 そう云えば東野先生は一時期ツタヤでバイトしてたから、その当時の流行りの動向は把握できてたんじゃないの? 2、3年前だっけ?

東野 4年前かな。だけど店内で流れてるのは単に〝ツタヤが推してる曲〟にすぎないんで。

外山 だけどシングルCDレンタル・ランキングとかって棚もあるじゃん。

東野 そうですけど……。

藤村 あれも本当のランキングなのか、いつも疑問に思ってる。

外山 そりゃ多少は恣意的だろうけど、まったく無根拠なランキングってわけでもないはずだよ。ダウンロードとレンタルでは、レンタルの方がまだ一般的な気もするし、レンタル・ランキングの方が参考になるのかな。

藤村 こういう状況だと〝不正〟もバレにくいよ。本当はどんな曲が聴かれてるのか誰も認識を共有できてないんだから、テキトーなランキングを発表したってバレない。

外山 まあ、本質的にはそういうことなのかもしれないね。オリコンは云うに及ばず、iチューンズであれツタヤであれ、何かのランキングを見れば本当に流行ってるものが分かる、って期待そのものがそもそも無理スジなんだという……。

藤村 そうそう。

外山 ほんとは何も流行ってないのかもしれない(笑)。


 じゃあとりあえずセカオワでも……

M 少なくともぼくの周囲の同世代の人たちを見ていて、流行ってるんだなあって実感するのは、やっぱりセカオワ(SEKAI NO OWARI)ですね。

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