絓秀実氏との対談(2014年9月12日)・その1

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 2014年9月12日に東京でおこなわれた対談である。2014年10月に刊行した紙版『人民の敵』創刊号に掲載した。
 文中、単に「註」とあるのは紙版『人民の敵』掲載時にすでにあった註、「後註」は今回追記した註である。

 第1部は原稿用紙19枚分、うち冒頭7枚分は無料でも読める。ただし料金設定(原稿用紙1枚分10円)にはその7枚分も含む。
 なお、全体の構成は「もくじ」参照。

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 笠井潔と白井聡が語る“日本終了”の最悪のシナリオ

 外山君はこないだの笠井潔と白井聡のイベント(後註.2014年9月9日の東京・丸善本店での対談イベント)に行ったみたいだけど、『情況』か何かの書評で読むかぎり、笠井さんは白井くんの「永続敗戦」という認識については賛成してるんでしょう。

外山 とくに齟齬は感じてなさそうでした。ただそもそもぼくは『永続敗戦論』を読んでないので(後註.この対談をおこなった2014年時点の話。その後、2018年11月に白井氏と東京・ゲンロンカフェで対談イベントをやるに際して初めて、その時点で刊行されていた白井氏の単著はすべて読んだ上で本番に臨んだ)、今ひとつ白井さんが何を云ってるのかよく分かってないんだけど。

 だから「永続敗戦」を主張してるんですよ(笑)。つまり日本は今もずっとアメリカのポチであるってことを主張してる、ただそれだけですよ。加藤典洋みたいなもんです。あるいは江藤淳みたいなもの。

外山 「敗戦」体制が「永続」してる、と……。

 で、アジア諸国とちゃんと良好な関係を作ってアメリカと切れましょうと、簡単に云えばそういう話でしょう。

外山 何か切り口が新しかったんですか。そうじゃないとこんなに話題にならないはずでしょう。

 「永続敗戦」という言葉が良かったと言われてます(笑)。なんリベ(“なんとなくリベラル”)化した左派には、もはや「反米」しかないんだ。

外山 これまでいくらでも云われてきたような話に何か新しい切り口なり論点なり……。

 基本的には何もないでしょう。

外山 ツイッターでもちょっと感想を呟いたように、対談本の『日本劣化論』では(後註.さすがに思想的師匠格の笠井潔氏と白井氏の対談本はこの時点でも読んでいるわけである)、つまり日本は今もアメリカの従属下にあり、ところが一方で世界情勢がアメリカ一極体制から“米中”に変わりつつある中で、自民党安倍政権は選択を誤りつつあって、このままではマズいと白井聡は憂慮していて、それに対して笠井潔は、いっそこのままメチャクチャになってしまえばいいのに、という(笑)。

 それがなかなかメチャクチャにならないのが今の世界情勢なんだけれども。

外山 2人して“最悪のシナリオ”を語り合ってる本でした(笑)。

 それはどういうシナリオなの?

外山 つまり尖閣をめぐる日中の対立が武力衝突に発展して、それが小競り合いのレベルに収まらずに徐々に戦線拡大しちゃって、それでも正規軍同士の戦いであれば自衛隊もそれなりに善戦するでしょうけど、それに業を煮やした中国が日本の原発を狙わないとは限らない、と。国際世論もあるから核兵器は使わないだろうけど、ウイグル出身の兵士たちに自爆テロをやらせて、あれはアルカイダがやったんじゃないか、中国は関与してないと云い張ることもできるだろう。こっちが中国の原発を2、3基やったところで中国は痛くも痒くもないけど、日本は2、3基やられたら降参するしかないでしょ。さらには中国が戦争目的に歴史認識問題を絡ませるようなプロパガンダに成功して、韓国や北朝鮮まで対日参戦してきたらますます日本はどうしようもない。

 アメリカはどうするの?

外山 今みたいに単なる領土紛争なら何らかの介入をしないわけにもいかないけど、歴史認識問題にされて、「大東亜戦争は正しかった」とか云ってる安倍自民党の日本はナチスと一緒だということになれば、アメリカは第二次大戦の戦勝国としてむしろ中国と歴史観を共有してるわけですから、介入をサボる口実ができる。もともとアメリカはもう国外の問題からはなるべく手を引きたくなってるんだし。

 アメリカはもう最終的にグァム島あたりまでは中国の勢力圏になってもかまわないと内心は考えてるんじゃないかと思いますよ(笑)。

外山 中東も大変だし、中国と揉めてる場合じゃないでしょうからね。


 柄谷行人の中華主義?

 柄谷(行人)さんの今度の本、『帝国の構造』は中国の大学での講義が元になってるんだけど、その中で「中国が多数の民族国家に分裂してしまうとしたら」「そこには正統性がない。つまり、天命=民意の支持が得られないでしょう」という箇所があって、それを急遽挿入した「正誤表」で削除指定しているんです。しかし、この本の文脈は、此処を削除しても、そういうことを言っているわけですね。中国はもともと「ネーション=ステート」ではなく、“天命”を享けた皇帝のもとで多民族が平等に存在する「帝国」で、いろいろ議論はあるにせよ、それを近代的に再編したのが毛沢東である、と。だからチベットやウイグルがそこから「ネーション=ステート」として独立するようなことは“天命”が許さない。そんなことが書いてあるんだけど、その部分が削除指定されてるんですよ。

外山 ん? どういうことですか。

 本文にそうはっきり書いてある箇所があるんです。ところがさすがにこれはマズいと思ったのか、小さなペラペラの紙が挟んであって、「この部分は削除します」って(笑)。

外山 つまり削除してない版がもう出てしまってて……。

 出てるんですよ。それに。いくらそこだけ削除したって、全体の文脈としてはそういう主張、論調なんです。ところがその一節だけ「削除する」って“正誤表”の形で訂正してるの。当然それは講義を聴いてる中国の学生に対するリップサービスとして云ってるんでしょうね、きっと。

外山 さらには日本も是非その「帝国」に入れてください、と(笑)。

 暗黙にそう云っちゃってるようなものかな。

外山 ぼくも最近は「中華主義」を唱えてますから、心強い(笑)。ぼくの云ってるのはもちろん、中国を宗主国として立てる代わりに、ウイグルもチベットも日本と同じような従属国の扱いで相対的に自立させてください、ということだけれども。

 卑弥呼のように貢ぎ物を持って(笑)。

外山 だけど朝貢貿易って、こっちからも貢ぎ物を持って行くけど、むしろ向こうから返礼としてもらえる下賜品の方がものすごく大きいわけでしょ。

 そうそう。だから日本は中国に最新技術でも貢いで、そしたら中国は返礼として日本にドカーンと余った労働人口を……(笑)。

外山 案の定そうなんだなと思ったけど、こないだ舛添サンが中国に行ったら印鑑をくれたそうですね(笑)。以前、天皇が訪中した時にも印鑑を渡されそうになってたし。

 そうなんだ。

外山 外務省が何も考えずに受け取ろうとしてたのを、宮内庁が慌てて止めたという話だったと思います。しかし都知事なり首相なり、そういった俗権の長が印鑑をもらうぶんには別にいいんじゃないかと(笑)。そんな汚れ役は俗権の長が引き受けて、天皇は傷つかないということにしておけば、右翼的にも「中華主義」で問題はないんじゃないか。

 そういうふうに考えると、小沢一郎はなかなか先見の明があったね。習近平が国家主席になる前に、逆に習近平を天皇に朝見させたでしょ。

外山 あ、何か問題になってたやつだ、天皇のスケジュールを急に変更させたとか云って。

 そうそう、不敬だって。だけど今となっては、あの線で押してた方が……。

外山 日中関係はうまく行ってたかもしれませんね。

 小沢のその路線がなぜ失敗したのか。

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