絓秀実氏との対談(2015年3月3日)・その2

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 「その1」から続く〉
 〈全体の構成は「もくじ」参照〉

 日本を代表する知識人・絓秀実氏との対談である。2015年3月3日におこなわれ、紙版『人民の敵』第7号に掲載された。
 2020年4月現在、コロナ騒動の渦中で外山は〝不要不急の外出〟闘争を鋭意敢行中であり、読みにくいかもしれないが、今回は小見出しをつけたり一部太字化したりなどの編集をおこなう時間的余裕がない。
 不要不急の用件など何らないにも関わらず頻繁に街へ繰り出すには、もちろん資金も必要なんで、自粛病ウイルスに感染して引きこもり中の諸君は、せめて外山のnoteコンテンツをどんどん購入して支援してほしい。アンチファとやらの諸君も、ファシズム勢力の頭目・外山をコロナに感染させて死に追いやるチャンスなわけだから、どんどん購入すべきだろう。

 ( )内は紙版『人民の敵』掲載時にもともとあった註、[ ]内は今回入れた註である。他のコンテンツもそうだが、[ ]部分は料金設定(原稿用紙1枚分10円)に際して算入していない。
 第2部は原稿用紙換算22枚分、うち冒頭7枚分は無料でも読める。ただし料金設定はその7枚分も含む。

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 「アナキストは勝利したことがない」ってことに関連するんだけど、実は今日、外山君にレクチャーしようと思って用意してきた話題があるんですよ(笑)。まだ誰にも話してない、最近おれが考えてることなんだけど……実はアナキズムは〝勝った〟んじゃないかっていう。この場合の〝アナキズム〟は、クロポトキン的なアナキズムね。だから外山君は興味のない路線かもしれないけど、少なくとも日本において、歴史上リアリティをもって存在したアナキズム運動はクロポトキン主義だけなんです。クロポトキン主義が日本の右翼の間にもかなり影響力を持ったことは外山君も知ってるでしょ。橘孝三郎とか権藤成卿とか、そういう流れがある。で、それとは別に、柳田國男的なアナキズム、柳田國男的なクロポトキン主義ってものが存在したんじゃないだろうか、と。〝柳田國男とクロポトキン〟ってテーマは、柳田研究者の間でも誰も言及してなくて、最近おれが発見したんだけど(笑)。
 クロポトキン思想の輸入って、大逆事件の前に幸徳秋水や大杉栄が『平民新聞』紙上で紹介したり、『パンの略取』を翻訳刊行して〝略取〟ってタイトルだけで問題になって発禁にされたり(笑)、そこらへんは知られてると思うけど、実はそれだけじゃないんですよ。柳田國男は当時すでに農政官僚だったけど、クロポトキンをたくさん読んでたみたいなんです。柳田國男は天皇大好きだし、〝明治天皇暗殺〟なんてことには当然批判的だったんですが……大逆事件の被告に森近運平っていますよね。この人は事件以前に幸徳秋水とかの〝直接行動主義〟や〝無政府共産主義〟から離反して、岡山に帰ってイチゴ農業とかやってるんです。クロポトキン的な相互扶助社会を農村に作るっていう方向ね。そこらへんにシンパシーを感じたらしい。森近は柳田と、アナキズム運動に投じる前に会っているんです。
 柳田にかぎらずだけど、クロポトキンって文学者でもあるし、ロシア文学史について書いた本も訳されてて、ロシア文学を学びたいけどロシア語はできないって人とか、みんなそれを読んでたらしい。で、柳田民俗学って実はクロポトキンから非常に大きな示唆を得ている、というのがおれの仮説なんです。クロポトキンは地理学者でもあって、シベリアとか、ロシアじゅう歩いてて、民俗学的なこともやってる。それを柳田はマネしたんじゃないか。もちろん生涯にわたって。〝相互扶助社会〟的なものへの関心が柳田民俗学にはあって、日本の農村の〝結〟とか〝講〟とかを重視してるわけでしょ。それはやっぱりクロポトキンの影響下でのことだったんじゃないかと思う。
 どうしてクロポトキン主義があの時代にリアリティーを得たのか、左翼のみならず右翼にも保守主義者にも影響を与えたのかってのは、ここではハショりますが……まあ今日はうんと簡単に、大雑把に云うんだけど、柄谷(行人)さんもそうだし、日本の左翼が転向すると柳田に行くでしょ。それがどういうことなのか、おれにはずっと分からなかったんだけど、要するにクロポトキンだったんですよ(笑)。そういうものが柳田のベースにあることに誰も気づかなかったし、指摘してない。柳田は農本主義だとか土着主義だとか、いろいろ云われてきたけど、それは実はクロポトキン主義のことだったんだよ。だから転向した左翼が今でも柳田のそういう部分に惹かれて回帰していく。
 で、柳田って単に民俗学の人ではなくて、同時に農政学の人でもあるでしょ、農政官僚なんだし。だけどそれもクロポトキンなんだよね。『田園・工場・仕事場』っていうクロポトキンの本があって、柳田はそれを読んで、こういうふうに農村を運営していくべきだって講演もやってるんです。

外山 露骨に書名を挙げて引き合いに出してるんだ。

 うん。ところが柳田学者たちは誰もそこに注目してない。というか、分かってないんだよ。それは柳田が自分で書いた文章じゃなくて、講演の書き起こしだから、そもそも「クロポトキン」じゃなく「クロパトキン」って表記されてたりする。で、柳田全集の註では、それがアナキストの「クロポトキン」のことだって書かれてなくて、つまり校訂してる人が気づいてないの(笑)。柳田がクロポトキンに言及してるものはもう1つあって、それはその講演より少し前の時期で、大逆事件よりも少し前に「クロポトキンとツルゲーネフ」って文章を書いてる。

外山 タイトルにまで露骨に(笑)。

 なのにそっちにも誰もまったく注目してない。柳田全集にも載ってるのに、柳田研究者が誰もその重要性に気づいてないんだ。そもそもは匿名で書かれた短い論文なんだけど、何が重要なのか説明をだいぶハショると、その論文に註がついてて、「『クロポトキン』は地理学者」って書いてある。全集の解説担当者が書いてるのね。それはつまり……いや、たしかにクロポトキンは地理学者ですよ(笑)。だけど世界的にも日本国内的にも、クロポトキンと云えば何よりもまず「アナキスト」として認識されてるわけでしょ。

外山 ん? どういうことなんだろう。

 註を書いた柳田研究者がクロポトキンを全然知らないんだよ(笑)。

外山 えっ、単にそういうことなんですか?

 人名事典か何かで調べてみたんじゃないかな。そしたら「地理学者」って書いてあったんでしょう(笑)。

外山 「アナキスト、文学者、地理学者」とか書いてあって、柳田のこの論文のテーマからして「地理学者」って部分を拾えば読者の理解を助けられるだろう、と……。

 おそらく。だけどクロポトキンの地理学の本なんかロシア語でしか読めないようなもので、たぶん日本人はほとんど誰も読んだことないよ(笑)。とにかく全集に関わった柳田研究者が、誰もそこを理解してないし、読む側も誰もそこに注目してない。でも、これまでの話だけで、柳田がクロポトキンの影響をものすごく受けてたであろうことは充分明らかでしょ? 柳田がなぜこんなに右からも左からも人を惹きつけるのかっていうと、〝クロポトキン〟だったんです。

外山 右は農本主義的な臭いを嗅ぎとって惹かれるし、左はクロポトキン的なアナキズムを無意識に嗅ぎとって……。

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