絓秀実氏との対談(2015年3月3日)・その3

 【外山恒一の「note」コンテンツ一覧】

 「その2」から続く〉
 〈全体の構成は「もくじ」参照〉

 日本を代表する知識人・絓秀実氏との対談である。2015年3月3日におこなわれ、紙版『人民の敵』第7号に掲載された。
 2020年4月現在、コロナ騒動の渦中で外山は〝不要不急の外出〟闘争を鋭意敢行中であり、読みにくいかもしれないが、今回は小見出しをつけたり一部太字化したりなどの編集をおこなう時間的余裕がない。
 不要不急の用件など何らないにも関わらず頻繁に街へ繰り出すには、もちろん資金も必要なんで、自粛病ウイルスに感染して引きこもり中の諸君は、せめて外山のnoteコンテンツをどんどん購入して支援してほしい。アンチファとやらの諸君も、ファシズム勢力の頭目・外山をコロナに感染させて死に追いやるチャンスなわけだから、どんどん購入すべきだろう。

 ( )内は紙版『人民の敵』掲載時にもともとあった註、[ ]内は今回入れた註である。他のコンテンツもそうだが、[ ]部分は料金設定(原稿用紙1枚分10円)に際して算入していない。
 第3部は原稿用紙換算23枚分、うち冒頭10枚分は無料でも読める。ただし料金設定はその10枚分も含む。

     ※     ※     ※

外山 ……自分でも選挙を経験して、まあぼくの場合は当選する気はないわけだけど(笑)、それでもたしかにテンションは上がるんですよ、選挙って。だけど単にそれだけのことで、仮に当選したって大した意味はないでしょ? 少なくとも革命を志してる人たちが、なぜそこまで持続的に熱中できるのか全然理解できない。塩見孝也にしても……。

 通りっこないでしょう。

外山 作戦によっては当選もありうるとは思うんですよ。もう1ヶ月ぐらいしかないから、今からでは遅いですけどね。開き直って〝赤軍派議長〟って肩書きをフル活用すべきなんです。

 それでも無理ですよ。清瀬にそんなに浮動票があるのかっていう。

外山 東京じゃないですか。

 でも清瀬ですよ(笑)。

外山 福岡よりずっと都会です(笑)。

 昔は清瀬病院っていう結核の病院もあって、共産党の大票田だったんです。その空気がまだ残ってるなら可能性もありますけど……やっぱり無理でしょう。〝百票〟とかじゃない?(笑)

外山 そうなるかもしれませんね。このままフツーの〝市民派選挙〟みたいな路線でやってたら、そういう悲惨なことになる可能性が高いです。だけどぼく、やろうと思えば結構〝選挙参謀〟は向いてると思うんですよ(笑)。無名の過激派なら〝ほどほどの過激さ〟で他の候補と差異化を図ればいいんですが、塩見さんだったら開き直って〝あの有名な赤軍派の塩見〟ってことを前面に押し出した方がいい。1人しか通らない市長選とかじゃないんですから。一握りを熱狂させられれば市議選なら通るんです。
 ……ただぼくは塩見選挙に協力しようにも、ぼくはぼくで今回の統一地方選では別のことをやるつもりなんで、手伝ってるヒマはないんですけどね。ぼくはここ数年、〝懲罰遠征〟とか〝ホメ殺し〟とかで、なんか反原発を頑張ってる感じになってしまってるでしょ? 反原発は反原発なんだけど、それらの行動は同時に〝反選挙〟でもあるわけですよ。そっちのモチーフをもっと前面に出さなきゃと思って、今回は〝ニセ選挙運動〟をやろうと思ってるんです。
 本来やりたいのは、〝外山派〟の学生たちに……ほら、大きな選挙のたびに〝意識高い系〟の学生たちが〝選挙に行こう〟キャンペーンに動員されて、街頭で啓発活動をやったりしてるでしょ。あれの逆バージョンを周辺の学生たちにやってもらいたいんですよね。棄権を呼びかける啓発キャンペーン。それと連動する形で、ぼくはいつもの街宣車を選挙カーふうに改装して、〝外山、外山、九州ファシスト党公認候補、外山恒一がご挨拶にやってまいりました〟っていかにも選挙口調の〝ニセ選挙カー〟を連日走らせる(笑)。本当はそういうのをやりたいんですが、街頭キャンペーンをやってくれる学生たちがいないんで、今回はとりあえずニセ選挙カーだけ走らせることになると思います。それを念頭に先日、東京で〝学生限定〟の交流会を呼びかけたんたけど、反応が薄くて。やっぱり東京でやる方が反響が大きいことを都知事選での〝舛添ホメ殺し〟で思い知らされたんで、今回も東京でやることを考えてたんです。でも肝心の学生部隊がいないんなら、今回はまず実験も兼ねて福岡でやることになりそうですね。

 最近の学生は〝左〟に寄っても民主党どまりなんだ。社民党にすらまず行かないですよ。共産党はまあ、別ルートの入り口を確保してるかな。まして〝反選挙〟にはなかなか学生は集めづらいだろうね。……地方選って、そりゃ浮動票もあるだろうけど、基本は〝ドブ板〟(註.家々を一軒一軒訪ねて歩く=街路と家々の間の側溝をふさぐ〝ドブ板〟を渡って訪ねる、転じて地道で堅実で泥臭い選挙戦術を〝ドブ板選挙〟という)でしょ。地方選こそ〝ドブ板〟だし、何よりも〝基礎票〟次第なんです。塩見はキビしいんじゃないかなあ。

外山 もちろんちゃんとやらなきゃダメですよ。1年前、せめて半年ぐらい前から、数回は全戸配布するぐらいのつもりでポスティングを徹底的にやって、連日〝辻立ち〟をして、ということが必要です。その上でなら、無名の過激派ならフツーの候補者と外山恒一の中間ぐらいの〝過激〟さで、塩見さんなら外山並の過激さで他の候補者との差異化を図って、当選することも可能だと思います。

 〝後援会〟とか作ってあるの?

外山 どうなんでしょうね。ぼくもそんなに詳しくは聞いてないです。ただ、さすが塩見さんはそれなりに偉いんだなと思ったのは、こないだ〝決起集会〟的なことをやったらしいんだけど、「民衆が3人来てくれた」って喜んでたって(笑)。つまり集まった大多数はもともと知り合いの〝過激派業界〟の人たちで、そうじゃない人が3人だけ来てた、と。それはどういう人たちかというと、実は塩見さんが駐車場警備の仕事で、職場でオルグした人たちなんです。ちゃんと自分の労働現場で地道な活動をしてるってことですよね。偉いですよ。バイトがつまんないと愚痴ってるだけのウチの若いファシスト党員たちにも見習ってほしいぐらいだ(笑)。

 社民党は雨宮処凛を擁立する気はないのかなあ。

外山 本人の意思の問題もありますしね。

 まあ、出ないか。出て落選しちゃうと傷になるだろうし。

外山 国政選だと社民党からはなかなか通りませんし、かといって雨宮処凛が市議選だとパッとしないし、政治的にも本人的にも意味ないし……。

 湯浅誠はフェイドアウトしちゃったね。今は法政大の教授をやってますけど。

外山 湯浅誠とも近い、稲葉剛って人がいるでしょ、やっぱり元東大ノンセクトの。秋の嵐の見津毅が始めたホームレス支援の「いのけん(渋谷・生命と権利をかちとる会)」の流れを汲む「のじれん(渋谷・野宿者の生存と生活をかちとる自由連合)」を、湯浅誠とかとやってたんじゃないかな。

 はいはい、いますね、稲葉って人。

外山 昨日、本屋で「あ、稲葉さんの本が出てる」と思って、あんまり関心ないテーマだったけど一応買ったんです。ぼくが知らなかっただけで、いつのまにか他にもたくさん著作が出てるみたいなんですけどね。実はあの人、ぼくの高校時代の〝仲間〟なんです。ぼくは在学中に〝ほんとの自民党〟と称する高校生の政治グループを結成しようとした〝黒歴史〟があるんですが、稲葉さんもその〝党員〟だった(笑)。当時ぼくは福岡の高校生で、1つ年上の彼は鹿児島のラサール高校に通ってて……。デビュー作の『ぼくの高校退学宣言』にも仮名で登場してますよ。ただし電話と手紙のやりとりだけで、実際に会ったことはないんですけどね。その後10年ぐらい経って、東京の運動界隈で1度、顔を合わせたことはあったかな。ともかくかれこれ30年ぐらい前から互いに存在は知ってる関係ではあるんで、「お、ずっと頑張ってるんだ」とちょっと嬉しくて、記念に購入(笑)。まあ、政治的立場はもはや全然相容れないんだろうと思うけど。
 90年の暮れに秋の嵐の活動が行き詰まって、それと入れ替わるように、その周辺にあった東大ノンセクトとかの学生運動が91年に入るあたりから目立ち始めるんです。湾岸戦争反対とか、PKO反対とか。秋の嵐の残党とそういう学生グループなんかが共同で事務所を立ち上げたりして、おそらく稲葉さんもそのあたりで〝界隈〟に登場してたんじゃないかな。あと、誰でしたっけ、〝ヘサヨ〟の代表格の……。

 山口(素明)?

外山 あの人も稲葉さん同様、ぼくとほぼ同世代の東大ノンセクトなんで、当時から〝界隈〟にいたんでしょうね。ぼくら「全国高校生会議」系はそもそも大学進学を拒絶する展開になったし、秋の嵐には大学生もいたけど運動現場は学外だったわけだし、電力会社前が主戦場だった〝反原発ニューウェーブ〟も含めて、〝非学生運動〟であることも88年から90年にかけての一連の運動に共通する特徴の1つだったけど、それらの退潮と入れ替わりに旧態依然たる〝学生運動〟が復活し始めた。91年1月の湾岸戦争がターニング・ポイントだったと思います。そこらへんの高校の校門前でビラまきして生徒たちの前で出てきた教師と揉めてみせたり、秋の嵐ならホコ天、反原発なら電力会社前の路上、ってふうにごく日常的な空間で非日常的な状況を作り出してたのに、アメリカ大使館前とか国会前とか、〝いかにも〟な場所でごくオーソドックスな反戦運動がおこなわれるという、騒ぐ場所もそれを担う人間も〝当たり前〟すぎて何の〝出来事〟性もない。当時ぼくはひたすら反感をつのらせてました(笑)。秋の嵐は〝反天皇制〟を掲げてたけど、実際にやってるのは〝路上解放〟みたいなことで、だけど〝湾岸戦争〟や〝PKO〟ってのはどうも敵方に主導権があるというか、国家権力のスケジュールに従属して展開するしかないところがすでにダメですよ。秋の嵐はホコ天で群衆を巻き込むアジテーションの技術を鍛えてたんで、そのスキルをもって反PKOの時なんかに国会前に行くメンバーもいたみたいですけど、そこには〝群衆〟がいないんですよね。いくら従来のものとは違う奔放なアジテーションをやっても、単に身内を盛り上げるだけで終わりなんです。
 3・11以降の反原発にもぼくは最初からそれほど期待してなくて、事故が起こってから対応するんじゃ〝スケジュール闘争〟と大差ない。88年はまだ日本で何も起きてないのに原発を焦点化させた。戦術も今回みたいにデモが中心ではありませんでしたよね。ただ電力会社前に集まって無期限で騒ぎ続けた。許可制のデモをいくらやっても権力側は事務的に対応すればいいだけなんだから、打撃にはなりませんよ。向こうがどう対応していいのか苦慮するようなことをしなきゃダメなんです。

 88年の経験についても、まったく総括が出ないよね。当時の中心的活動家たちが今回どうしてるのか、それさえ見えないでしょ。

この続きをみるには

この続き: 4,994文字

絓秀実氏との対談(2015年3月3日)・その3

外山恒一

230円

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
4
革命家。マルクス主義、アナキズムを経て03年よりファシスト。福岡市在住。九州ファシスト党〈我々団〉総統。サイト「外山恒一と我々団」(link: http://bit.ly/1wp0Ggi)