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プロの居飛車 現在地 ー2021年3月ー

この記事では、相居飛車においてプロで頻出の戦法を一つずつ取り上げ、2021年3月時点での状況を書いていきます。

2020年3月版はこちらの記事をご覧ください。

この一年間で居飛車の将棋がどう変わってきたのか、その点に力を入れて書いていきます。

はじめに

この一年、どの戦法にも変化がありました。2020年での基本が通じなくなっている戦法も多く、その流行の移り変わりの早さには驚きもあります。

相居飛車は、後手が2手目に△8四歩と突くか△3四歩と突くかによって展開が大きく変わってきます。
その辺りのことは昨年の記事をご参照ください。

今回も、

先手が作戦の主導権を握る
・角換わり
・矢倉
・相掛かり

後手が作戦の主導権を握る
・横歩取り
・一手損角換わり
・雁木

5つの戦法について一つずつみていきます(一手損角換わりは角換わりに含みます)。

1年経っても、先手が主導権を握る作戦で先手が有利になる戦型はありません。
ただ、後手としても先手に3つの作戦を選ばれるのは実戦的に対応が大変という側面もあります。
そこで、評価値的にはやや苦しいけれど自分の土俵に持ち込む意味で横歩取りや雁木を選択するケースは1年前より増えている印象です。

大まかに理解して急所をおさえれば、プロの盤上の物語を追えるでしょう。
この記事がその手助けとなれば幸いです。

角換わり

ここ数年の主役だった角換わりですが、この1年で勢いが衰えています。
その要因は、いわゆる「テーマ図」にあります。

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これがそのテーマ図で、ここからの攻防について以前noteに書きました。
(1年経ったので、改めて書き直す予定です)

以前は(評価値的には)互角ながらも、公式戦での先手勝率が高いこともあり、それが先手番を持つ棋士が採用する大きな理由となっていました。

ところが、研究が進むと後手も十分に戦えることがわかり、公式戦での勝率も後手が盛り返しています。
それにより、先手が角換わりではなく相掛かりや矢倉を志向することが増えました。

最近では先手がテーマ図を目指さないことが増えていて、むしろ腰掛け銀よりも多い印象です。


一つは桂ポン急戦です。

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図は6八玉型での急戦で、先手の陣形は3八銀ー4九金、4八銀-5八金の2つのバージョンがあります。

この攻めは先手の有力な仕掛けとされています。
後手としては図の飛車側を7三桂ではなく5二金に代えれば受けやすいですが、後手が金の位置を決めると先手も▲4七銀~▲5八金~▲6八金右と固めるなど「テーマ図」以外の好形を目指します。

このように急戦をチラつかせて駒組みで有利にたつのが真の狙いです。

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図は居玉での仕掛けで、先手の有力な仕掛けとされています。
この場合に重要なのが1筋の歩の突き合いです。
もし歩の突き合いがなければ△4四銀▲2四歩△同歩▲同飛に△1五角の王手飛車があって攻めが続きません。

このような急戦をみせるため、序盤早々に先手が1筋を打診する将棋が増えています

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ここで△1四歩と受ければ第3図のように組んで急戦を目指します。
では後手も1筋を受けないとどうなるか。
持久戦になると1筋を詰めた先手のメリットが生きてくるので、後手は急戦に撃って出ます。

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こうして1筋のアヤにより、後手が銀を繰り出す急戦策が復活傾向です。
最近だと渡辺名人が後手をもってよく指し、よく勝っています。

端のアヤは▲1六歩に△9四歩と逆の端歩を突く将棋も指されており、非常に複雑です。端のアヤが今後の角換わりでは重要になりそうです。

銀を繰り出す急戦策は先手番の作戦として優秀性が再認識されています。
腰掛銀で「テーマ図」に進んで打開に苦しむなら、早繰り銀で仕掛けたほうがわかりやすいと考えるのも自然でしょう。最近では腰掛銀よりも早繰り銀のほうが多いかもしれません。
これがテーマ図を目指さないもう一つの指し方です。

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7八金を保留して銀を繰り出すのがポイントです。後手は6三銀型と7三銀型のどちらも有力です。


後手が6三銀型で迎え撃つ場合、先手は7八に玉を収めることが多く、下図のような将棋が一例です。

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この時、端の兼ね合いもその後の展開に影響してくるため、細かい研究が要求されます。その辺りの解明は始まったばかりです。

そして相早繰り銀も研究が進んでいます。優劣がついたわけではありませんが、先手が押している印象です。

先手での早繰り銀が優秀とわかり、一手損角換わりに影響が出ています
通常の角換わりでも早繰り銀が有力なのに一手損をするのではさらに後手の分が悪いと考えるのが自然です。

一手損角換わりのスペシャリストはあの手この手で対抗していますが、手元のデータベースでのざっくりした検索結果では先手が6割5分以上の勝率で、後手が採用をためらう要因となっています。

先手での早繰り銀をタイトル挑戦の原動力としたのが糸谷八段でした。糸谷八段といえば一手損角換わりのスペシャリスト。早繰り銀と対峙するうちに、早繰り銀のコツを会得したのかもしれません。

▲4五桂と跳ねる形の急戦策については、下記の本が参考になります。

早繰り銀はこちらの本で


1年前は角換わりといえば「テーマ図」でしたが、いまは多様化が進んでいます。今まで以上に序盤が複雑になり、相手のわずかなスキを突いて得をしようと試行錯誤を繰り返している現状です。

ここ最近は後手が3三に金を上がる角換わりも密かに増加中で、一つの鉱脈となるのか注目されます。

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このようにテーマ図以外で先後ともに新しい指し方が模索され、作戦が分散しているのが角換わりの現状です。

矢倉

一時期「矢倉は終わった」と言われていたものの、ここ2年ほどはまた指されるようになりました。
データベースで調べた限り、この一年では相掛かりより矢倉のほうが多く選択されているようです。

矢倉は角換わりと違ってカチッとした定跡が未整備なのが現状です。
しかし、だからこそ魅力を感じる棋士も多くいます。
また、昔から矢倉を愛用する棋士も多くいます。

「矢倉は終わった」とされた一番の要因は後手の急戦策にありました。
しかしそれに対応できるようになってきたのがここ2年の経緯です。

とはいえ後手の急戦策もダメなわけではありません。

・△7三銀~△6四銀と繰り出す急戦
・△7三桂~△6五桂と一気に襲い掛かる急戦
・△6三銀と構えて右玉も含みにする亜急戦

パターンも多く、先手が対応するのも大変です。
それでも後手が攻めるのも大変とみて、組み合いに応じるケースが多くなりました。

後手の急戦への対応策をまとめた一冊です。

他にも矢倉で後手急戦へ対抗する本は多く出版されています。

先手としては早い段階で▲2五歩と飛車先を伸ばすのが急戦を封じるポイントです。

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後手が△3三銀と受ければ角道が止まり、急戦に出づらくなります。
一方、先手は2五歩を決めると組み合いで攻撃態勢を作るのに苦慮します。

2五歩を決めて組み合った場合は角をぶつけて打開を目指します。

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いわゆる「脇システム」と呼ばれる格好です。
この1年では、この基本形だけで18局、亜流の形も含めると30局くらい指されています。
形勢としては五分ですが、先手の勝率が高い展開です。

後手としては角がぶつかる展開では、8四歩型で対抗したいです。
先手が「脇システム」を目指し、後手がこの図を回避する、そういったせめぎ合いが水面下で繰り広げられています。

2五歩を決めている場合、先手は早囲いを目指すことも多いです。

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ここで△3一角なら急戦が消えるので▲6八玉~▲7八玉と組んでいきます。7八金を省略したことで7九角を移動せずに組めるので「早囲い」と呼ばれます。

早囲いから下図のような「7八玉型の脇システム」に持ち込むと作戦勝ちが見込めます。

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よって後手もどう回避するか。

組み合いで変化するのも有力ですが、2二に角を置いておき、6六歩と突いたのを見越して△6四歩~△6五歩の仕掛けを狙う急戦策も有力です。

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いわゆる「米長流急戦矢倉」で、昨年の名人戦にも登場しました。
形勢としては五分で、勝率も五分です。

ここまでの流れをまとめると、

・先手が2五歩を決めて後手の急戦を封じる
・2五歩を決めてしまったので、脇システムか早囲いを目指す
・先手が脇システムを目指したら、後手は8四歩型で対抗する
・先手が早囲いを目指したら、後手は急戦を仕掛けるか「7八玉型の脇システム」を避ける

これが2021年3月現在の矢倉の状況です。
どの格好も急ピッチで定跡の整備が進んでいます。
研究すればするほど、その奥の深さ、矢倉の深淵さを感じるばかりです。
先手も後手も工夫の余地が大きいため、今後も指されていくことでしょう。

相掛かり

昔に比べれば定跡が整備されていますが、角換わりに比べればまだまだ定跡の整備が進んでいない、そんな状況です。

スペシャリストが採用する戦法というイメージが強くありましたが、最近は多くの居飛車党が作戦選択の一つとして取り入れています。2021年に入ってからは藤井二冠も先手番で連採しています。

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これが相掛かりの基本図です。
開始からわずか8手ですから、当然ここから大きな広がりをみせます。

急戦調に進むこともあれば、じっくりした組み合いに進むこともある。
その多様性が相掛かりの魅力です。

5年ほど前であれば、先手が棒銀を選択するのが主流でした。
棒銀はいまでも有力ですが、2021年現在、主流からは外れています。
いまの主流は互いの飛車が中段を飛び交う横歩取りのような展開です。

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このように互いの飛車が中段にいて、技をかけあう展開が多くみられます。

組み合いでは、角換わりで主流となった2九飛-4八金型を目指します

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この形はどんな戦型でも好形です。もちろん後手が採用しても好形です。
これは令和の最大の発見ですね。

相掛かりは、状況に応じて急戦と持久戦を使い分けていかにリードを奪うか、それが大切です。そして私の体感では、序盤でリードを奪うと勝ちやすい戦型です。

相掛かりは旧来の感覚が最も通用しにくい戦型でもあります。そのため研究を深めれば序盤でリードを奪える可能性が高く、そしてリードを奪えば逆転されにくい。
これが相掛かりを武器として活躍する若手棋士が多い理由だと思います。

そんな若手棋士が相掛かりの本を出しています。


基本図から、▲9六歩、▲1六歩、▲5八玉、▲6八玉、▲2四歩、と大体5通りの手があり、それぞれ展開が変わってきます。

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この中でもよく指されているのが図の▲9六歩で、対して後手が△9四歩と素直に受けるのか、あえて逆の端歩を△1四歩と突くのか。
角換わりでも出てきたように、最近のプロの将棋は端の重要性が増しています

端の絡みが作戦の優劣を分けることもあり、今まさに定跡の整備が進められている真っ只中です。今後も色々な指し方が誕生し、新手筋も多く生まれることでしょう。

横歩取り

横歩取りは一時期よりも指されるようになってきました。
理由は2つあります。

一つは青野流に対抗する幅が広がったことです。

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藤井二冠が先手を持って敗れて話題になった指し方です。△2二歩とは異質な手ですが、スキをなくしています。
後手陣が堅く、形勢はともかく後手の勝率がいい展開です。

青野流など先手の有力策に対して後手で対抗する指し方は、こちらの本に詳しいです。

もう一つは△3三角以外にも色々な指し方が出てきたこと。

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△4二玉や△4一玉は△8六歩と交換する前のタイミングで指されることもあります。
横歩取りの中でも変化球的な指し方ですが、先手も対応が容易ではありません。

手元のデータベースによると、2019年度(2019年4月~2020年3月末)よりも局数が増えています。
勝率も後手が盛り返し気味です。とはいえ先手が5割5分以上勝っているのも事実であり、本格的に流行する可能性は低いと思います。

一部のスペシャリストは勝率がいいため、使う人を選ぶ職人的要素の強い戦法になっていきそうです。

雁木

この一年、採用率が高まっています。

いきなり雁木囲いを目指す格好は勝率的に優れません。
決定的にまずい形があるわけではありませんが、先手に有力な対策が多く、その全ての対策に準備しないといけないのが要因でしょう。

上記は昨年書いたもので、この傾向に大きな変化はありません。
ただ、後手も先手の急戦策に目が慣れてきた、ということはあるでしょう。

採用率が高まった一つの要因は、振り飛車党が参入しているからです。その傾向は女流棋界により顕著にみられます。

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このように早い段階で9筋を打診して、受けなければ9筋を突き越して振り飛車へ。
受ければ雁木へ、という指し方を採る振り飛車党が増えています。

なぜ9筋突き合いがあると雁木を選択するのか。
それは先手の急戦策に対抗しやすいからです。

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これは一つの例ですが、ここで△7六同銀には▲9五角と王手されて、どう受けても▲7三歩で銀損が免れられません。

先手の急戦策に後手は居玉で受けるケースが多いため、▲9五角の王手が常に嫌味です。駒組みで△9四歩と突けばいいじゃないかと思われるかもしれませんが、急戦調の将棋ではその一手が命取りになりかねません。
事前に突き合いを入れることで、先手の急戦を牽制しているのです。

雁木は定跡が定まっておらず、振り飛車党でも居飛車と同じ土俵で戦えるメリットもあるでしょう。
△4三銀型は振り飛車党にとって馴染みがあって指しこなしやすい、と聞いたこともあります。

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最近、図のように先手が角換わりとみせて雁木を目指す指し方も見かけます。
後手も雁木を目指せば相雁木が予想されます。その展開はまだ未開拓ですが、研究しているほうが勝ちやすいため、先手が誘導しているのでしょう。

今後も変化球として、そして実戦的な勝ちやすさを求めて雁木は指され続けるでしょう。
特に振り飛車党が雁木を指すケースが増えており、相居飛車に新感覚で新たな風を吹き込むかもしれません。

おわりに

2021年3月現在のプロの居飛車をまとめると、

角換わり:互角だが先手に工夫が求められる。主導権を握りたい棋士は早繰り銀など急戦策へ流れている

矢倉:互角。先手も後手も工夫の余地が大きい。急戦と持久戦の使い分け、そして両方を指しこなす技術が必要

相掛かり:互角。定跡の整備が急ピッチで進むが開拓の余地はまだまだ大きい。主導権を握りたい居飛車党に人気がある

横歩取り:先手寄り。青野流は変わらず優秀。△3三角以外の指し方も増えている。スペシャリストが好む戦型に

雁木:先手寄り。後手も対応や工夫が進化していて、増加傾向。変化球として今後も多く指されそう

先手が主導権を握る3戦法は流行の移り変わりが激しいです。
4強(渡辺名人・豊島竜王・藤井二冠・永瀬王座)の選択する戦法が流行を左右するため、タイトル戦で現れると次々に公式戦で登場する、といった現象も見受けられます。

一方、端のアヤが重要になるなど、その研究の深さはとどまることをしりません。
そのため、研究合戦に飽きて横歩取りや雁木に流れる棋士も増えています
振り飛車が増えているのも、そういった影響があるでしょう。

今は過渡期で、どの戦型も未整備の定跡が多い状況です。
またこれからの一年で研究が深まり、定跡も定まっていくことでしょう。
その先にどんな未来が待ち受けるのか、盤上の物語を楽しみにしてください。

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