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言葉の限度のなさ問題

文責:TeamOpenWorldMembers"高梨辣油" 
 不倫をした某芸能人があれやこれやなっているようです。具体名を出せばアクセスは伸びるかもしれませんがこれでアクセスが増えたとしても私は一切得しないので出しません。そんなことはどうでもいいのです。その不倫をした芸能人には日夜様々な(ほとんどはネガディブな)言葉が投げかけられています。大抵はくだらなくて取るに足らないものでしょうが、それだって一つの言葉です。当たり前ですが、言葉には程度を示す指標はありません。懲役は何年、慰謝料や経済的損失は何円、と数えることができますが、言葉ではそれができません。不倫はもちろんいけないことですし、社会的に非難されても(それが妥当かどうかはまた議論が必要なところでしょうが)仕方ないことではあると思います。ただし、一度悪というラベルが貼られそれに対して攻撃することが正当化されてしまうと、その程度は実質青天井になってしまいます。その青天井の様子は少し考えられるべきだと思うのです。何があってもいつかは必ず許さなくてはいけないといった文化は私も嫌いですが、ブレーキなしに無制限に暴走しうるマイナスの言葉に関してはそれが正しいとは思えないのです。
 長々と書いてはきましたが、要は言葉には天井がないから怖いですよね、というお話でした。

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