メルマガ『東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん―古典から東洋医学を学ぶ―』第167号 腎虚薬処方「陽煉秋石丹」─「虚労」章の通し読み ─

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  第167号

    ○ 腎虚薬処方「陽煉秋石丹」
      ─「虚労」章の通し読み ─

           ◆ 原文
      ◆ 断句
      ◆ 読み下し
      ◆ 現代語訳
      ◆ 解説 
      ◆ 編集後記

           

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 こんにちは。さらに腎虚薬処方解説の続きです。前後の長さの都合で今号は処方ひとつでお届けします。


 ◆原文◆(原本の文字組みのままを再現・ただし原本は縦組み
      ・ページ数は底本の影印本のページ数)


 (「陽煉秋石丹」 p450 下段・雜病篇 虚勞)


 陽煉秋石丹

      治虚勞諸般冷疾久年腎虚勞損久服
      壯陽起痿臍下如火此藥能洞入骨髓
  壯陽補陰眞還元衛生之寶也故一名元陽秋石
  丹一名還元丹製法詳見雜方○毎取三十丸空心以温
  酒呑
  下得效

    
 ▼断句▼(原文に句読点を挿入、改行は任意)


 陽煉秋石丹

  治虚勞、諸般冷疾、久年腎虚勞損。

  久服壯陽起痿、臍下如火。此藥能洞入骨髓、

  壯陽補陰、眞還元衛生之寶也。故一名元陽秋石丹、

  一名還元丹。製法詳見雜方。

  毎取三十丸、空心、以温酒呑下。『得效』
 

 ●語法・語(字)釈●(主要な、または難解な語(字)句の用法・意味)


  特になし


 ▲訓読▲(読み下し)


 陽煉秋石丹(ようれんしゅうせきたん)

  虚勞(きょろう)、諸般(しょはん)の冷疾(れいしつ)、

  久年(きゅうねん)の腎虚勞損(じんきょろうそん)を治(ち)す。

  久(ひさ)しく服(ふく)すれば陽(よう)を壯(さかん)にし

  痿(い)を起(おこ)し、臍下(せいか)火(ひ)の如(ごと)し。

  此(こ)の藥(くすり)能(よ)く

  骨髓(こつずい)に洞入(どうにゅう)して、

  陽(よう)を壯(さかん)にし陰(いん)を補(おぎな)ふ、

  眞(まこと)に元(もと)を還(かえ)し

  生(せい)を衛(まも)るの寶(たから)なり。

  故(ゆえ)に一(いち)に

  元陽秋石丹(げんようしゅうせきたん)と名(な)づけ、

  一(いち)に還元丹(かんげんたん)と名(な)づく。

  製法(せいほう)詳(つまび)らかに雜方(ざつほう)に見(み)ゆ。

  毎(つね)に三十丸(さんじゅうがん)を取(と)り、

  空心(くうしん)、温酒(おんしゅ)を以(もっ)て呑(の)み下(くだ)す。

  『得效(とくこう)』


 ■現代語訳■


 陽煉秋石丹(ようれんしゅうせきたん)

  虚労による諸般の冷疾、長年にわたる腎虚・労損を治する。

  長く服用すれば陽気を壮んにし、陰痿を起たせ、

  臍下は火のように熱くなる。

  この処方は骨の髄にまで透徹して、

  陽気を壮んにし陰を補う、真に還元衛生の宝である。

  ゆえに別名を元陽秋石丹と呼び、またの名を還元丹と呼ぶ。

  (製法の詳細は雑方参照)

  空腹時に三十丸を、温酒にて服用する。『得效』

 
 ★解説★
 
 腎虚薬の処方解説の続き「陽煉秋石丹」です。

 処方名を見て「おや?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、少し前に「陰煉秋石丹」というのが登場しましたよね。それが「陰」が「陽」に変わっているだけで他はすべて同じ名前というわけです。

 では何が違うのかと言うと両者を比較することで検討できるのですが、陰煉秋石丹でもそうであったように、こちらでも本文に雑方に製法が説かれているとありますので、次号でそちらの参照先を読み、両者を比較するカードが出揃ったところで改めて比較してみたいと思います。

 先行訳はだいたい良いのですが、2点、大きな誤りがあり、1点は「起痿(痿を起し)」の「痿」を「腎痿」としている点です。「痿」とは何か、どんな種類があるのかについてここではスペースの都合で詳述できませんが、ここでは文章の流れの趣旨から、また「痿を起し」と「起」という語を用いてる点から、などでこの「痿」は陰茎の「痿」、つまりインポテンツのことと考えてよいでしょう。

 「腎痿」は古典的に「腎痿者、骨痿也(腎痿は、骨痿なり)」と言い、陰痿とは違ったもので、ここで本文で言っている事項ではないと考えてよいでしょう。

 
 もう1点はその直後の「臍下如火(臍下火の如し)」を「臍下の痛みを治す」としている点です。

 これも文章の趣旨から言って、臍下が痛むという症状が発生するのではなく、気が強くなるため臍の下が火のように熱くなる、という流れなのですね。気功をなさる方はご存じと思いますが、臍下丹田に気を溜めることをイメージ、または実際に溜めていくのですね。それで気が集まった証拠のひとつとして、丹田が熱くなるという事項があるのです。そしてここではそのことを言っているのですね。

 「火」=「痛む」というマイナスの反応や症状でそれを治すと言っているのでは決してなく、気が強くなり熱感が生じて火のように熱くなる、という良い方向性の反応なわけです。

 これらもやはり本文の趣旨や流れを読めていず、また大きくは東洋医学の全体、また個々の事項をご存じないところから生じてしまうという二重の、根の深い誤りと思います。これは先行訳をお持ちの方は絶対に訂正していただきたいところです。

 
 それにしても、本文には漢字や漢語の文章の面白さ、またこの分野の奥深さが面目躍如としています。「還元衛生」などはあえて訳語を充てずにそのままにして訳しています。

 ただ、日本人は漢字がいちおう読めるため、漢字を眺めているとなんとなく意味がわかったようになってしまうのですが、これを訓読や翻訳してみるのも、意味を深く考える点で意義深い作業と思います。

 「衛生」など今でも使う言葉ですが、なんとなく意味がわかったような気になっていますよね。ではどういう意味でしょうか?

 訓読すると上にあるように「生(せい)を衛(まも)る」と訓めます。
 お名前でも「衛さん」という方いらっしゃいますよね。なるほど、「衛生」とは「生(せい)を衛(まも)る」ことなのか、と理解できるわけです。

 では「衛(まも)る」とは、どのような「まもり」かたなのでしょうか?
 「守る」とどのように違うのでしょうか?訓読でもわかったような気になってしまうところを、さらに噛み砕いて考え、訳そうとしてみることで、もう一歩掘り下げて考えてみることができます。

 そもそも、日本の文化は漢字・漢語に負うところ多大で、年号や天皇のお名前、企業名、屋号など中国の古典から引っ張ってくることが多いのですね。現在の「平成」も中国の古典に依拠しているところはご存じと思います。

 何気なく用いているそれらを、ひとつひとつ意味を考えてみることもなかなか意義深い作業ではと思います。


 ◆ 編集後記

 腎虚薬の処方解説「陽煉秋石丹」です。さほど長い文ではありませんが、次に読む参照先がとても長く、一号に両方は載せられませんでしたので、今号は処方解説のみをお届けしました。

 上にも書いたように、漢字や漢語はたった一字二字でも非常に奥の深いものがあり、掘り下げることで底がないくらいに奥深く学ぶことが可能です。

 漢字の意味、成り立ち、形、またそれを書く作業、いわゆる書道にもまた深い意味がありますね。これらに楽しみを覚えることができたら、一生涯退屈という時間がなくなり、また人間的な成長の停滞ということがなくなると思います。

 これから折に触れて東洋医学分野を離れた、漢字や漢語、また書道のおもしろさ、奥深さなども書いていこうかと考えています。

                    (2016.05.07.第168号)
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