メルマガ『東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─』第137号「陰陽倶虚用藥」(「雙和湯」他)─「虚労」章の通し読み ─

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 ◇ 東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─ ◆


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  第137号

    ○ 「陰陽倶虚用藥」(「雙和湯」他)
      ─「虚労」章の通し読み ─

                      ◆ 原文
      ◆ 断句
      ◆ 読み下し
      ◆ 現代語訳
      ◆ 解説 
      ◆ 編集後記

           

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 こんにちは。「陰陽倶虚用藥」の処方の具体的な解説です。
 

 ◆原文◆(原本の文字組みのままを再現・ただし原本は縦組み
      ・ページ数は底本の影印本のページ数)


 (「陰陽倶虚用藥」 p447 上段・雜病篇 虚勞)


 雙和湯

    治心力倶勞氣血皆傷或房室後勞役或勞
    役後犯房及大病後虚勞氣乏自汗等證白
  芍藥二錢半熟地黄黄〓當歸川〓各一錢桂皮(〓くさかんむり氏)
                     (〓くさかんむり弓)
  甘草各七分半右〓作一貼薑三棗二水煎服○(〓坐りっとう)
  一名雙和散乃建中湯四物湯合
  爲一方大病後虚勞氣乏最效諸方


 八物湯

    治虚勞氣血両虚能調和陰陽人参白朮白
    茯苓甘草熟地黄白芍藥川〓當歸各一錢(〓くさかんむり弓)
  二分右〓作一貼水煎服不(〓坐りっとう)
  拘時易老○一名八珍湯回春


 十全大補湯

      治同上又治虚勞自汗人参白朮白茯
      苓甘草熟地黄白芍藥川〓當歸黄〓(〓くさかんむり弓)
                     (〓くさかんむり氏)
  肉桂各一錢右〓作一貼薑三棗二水煎服○一(〓坐りっとう)
  名十補湯又名十全散黄〓建中湯八物湯合爲(〓くさかんむり氏)
  一方治氣血倶衰陰陽並
  弱法天地之成數也海藏


 ▼断句▼(原文に句読点を挿入、改行は任意)


 雙和湯

  治心力倶勞、氣血皆傷、或房室後勞役、或勞役後犯房、

  及大病後虚勞、氣乏自汗等證。白芍藥二錢半、熟地黄、

  黄〓(くさかんむり氏)、當歸、

  川〓(くさかんむり弓)各一錢、桂皮、甘草各七分半。

  右〓(坐りっとう)作一貼、薑三棗二、水煎服。

  一名雙和散、乃建中湯、四物湯合爲一方。

  大病後虚勞氣乏、最效。『諸方』


 八物湯

  治虚勞、氣血両虚、能調和陰陽。

  人参、白朮、白茯苓、甘草、熟地黄、白芍藥、

  川〓(くさかんむり弓)、當歸各一錢二分。

  右〓(坐りっとう)作一貼、水煎服、不拘時。『易老』

  一名八珍湯。『回春』


 十全大補湯

  治同上、又治虚勞自汗。人参、白朮、白茯苓、甘草、

  熟地黄、白芍藥、川〓(くさかんむり弓)、當歸、

  黄〓(くさかんむり氏)、肉桂各一錢。

  右〓(坐りっとう)作一貼、薑三棗二、水煎服。

  一名十補湯、又名十全散、黄〓(くさかんむり氏)建中湯、

  八物湯合爲一方、治氣血倶衰、陰陽並弱、

  法天地之成數也。『海藏』


 ●語法・語(字)釈●(主要な、または難解な語(字)句の用法・意味)


  雙(ソウ)=双


 ▲訓読▲(読み下し)


 雙和湯

  心力倶に勞し、氣血皆傷し、或ひは房室の後に勞役し、

  或ひは勞役の後に房を犯し、及び大病の後の虚勞、

  氣乏自汗等の證を治す。白芍藥二錢半、熟地黄、

  黄〓(くさかんむり氏)、當歸、

  川〓(くさかんむり弓)各一錢、桂皮、甘草各七分半。

  右〓(坐りっとう)(きざ)みて一貼と作し、

  薑三棗二、水煎し服す。

  一名雙和散、乃ち建中湯、四物湯合して一方と爲す。

  大病後の虚勞氣乏に、最も效あり。『諸方』


 八物湯

  虚勞、氣血両虚を治して、能く陰陽を調和す。

  人参、白朮、白茯苓、甘草、熟地黄、白芍藥、

  川〓(くさかんむり弓)、當歸各一錢二分。

  右〓(坐りっとう)(きざ)みて一貼と作し、

  水煎し服す、時に拘らず。『易老』

  一名八珍湯。『回春』


 十全大補湯

  治上に同じ、又虚勞自汗を治す。人参、白朮、白茯苓、

  甘草、熟地黄、白芍藥、川〓(くさかんむり弓)、

  當歸、黄〓(くさかんむり氏)、肉桂各一錢。

  右〓(坐りっとう)(きざ)みて一貼と作し、

薑三棗二、水煎し服す。一名十補湯、又十全散と名づく、

  黄〓(くさかんむり氏)建中湯、八物湯合して一方と爲す、

  氣血倶に衰へ、陰陽並に弱きを治す、

  天地の成數に法るなり。『海藏』


 ■現代語訳■


 雙和湯(そうわとう)

  心、体力共に労し、気血が全て損傷し、

  また性交の後に労役、或いは労役の後の性交、

  及び大病の後の虚労、気乏しく自汗などの証を治する。

  白芍薬二銭半、熟地黄、黄〓(くさかんむり氏)、当帰、

  川〓(くさかんむり弓)各一銭、桂皮、甘草各七分半。

  以上を刻んで一貼とし、生姜三片、大棗二枚を加え、

  水煎し服用する。

  一名を雙和散と言い、建中湯と四物湯を合して

  一方としたものである。

  大病後の虚労気乏に、最も効果がある。『諸方』


 八物湯(はちもつとう)

  虚労、気血両虚を治して、陰陽を調和させる。

  人参、白朮、白茯苓、甘草、熟地黄、白芍薬、

  川〓(くさかんむり弓)、当帰各一銭二分。

  以上を刻んで一貼とし、水煎し服用する。

  服用の時間は時に拘らず。『易老』

  一名を八珍湯と呼ぶ。『回春』


 十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)

  上と同じ証を治する、また虚労自汗を治する。

  人参、白朮、白茯苓、甘草、熟地黄、白芍薬、

  川〓(くさかんむり弓)、当帰、黄〓(くさかんむり氏)、

  肉桂各一銭。以上を刻んで一貼とし、

生姜三片、大棗二枚を加え、水煎し服用する。

  一名を十補湯、また十全散と名づける。

  黄〓(くさかんむり氏)建中湯、

  八物湯合して一方としたものである。

  気血共に衰え、陰陽並んで弱きを治する。

  天地の成数に法り十としたのである。『海藏』

 
 ★解説★
 
 「陰陽倶虚用藥」の項、概説で挙げられた処方が具体的に解説されます。
 これも生薬の列挙と定型的な文が多く読解はさほど難しくはないでしょう。

 ただこれまた細かいところで読みどころがいくつもあります。そんな「細か
 いところ」の吟味が原文から読む大きな意義のひとつと言えるでしょう。


 例えば初めの「雙和湯」の冒頭、「心力倶勞(心力倶に勞し)」はどう読め
 ばよいでしょうか?これを例の先行の日本語訳は「心力の疲労」としていま
 すが、これでよいでしょうか?

 ポイントは「倶(ともに)」です。つまり要素が複数あるということで、
 「心力」はひとつながりの熟語ではなく、「心」と「力」とが二つとも労し
 たということで、さらに「心」「力」とは対比された対立概念であることも
 わかります。

 先行訳の「心力の疲労」では「こころの力」というふうに一つの熟語に読め
 てしまい、これを「心」「力」と二つの要素であると読むのは至難のわざで
 すよね。訳者さんはご理解の上こう訳しているのかもしれませんが、読者に
 はその意図は伝わらず、誤訳とは言えなくとも受け取る側は誤読の可能性が
 大の訳です。
 
 これは何のふたつかと言うと、上で見たように対立概念であることに鑑み、
 「心」を基軸に考えたらわかりやすいです。つまり「力」は「体力」体の力で、
 「心」と「体」との二つを「心力」で表していると読めます。これはそもそ
 ものこの項目「陰陽倶虚用藥」を考えてもわかりますよね。「心」が「陰」
 「体」が「陽」でそのふたつの虚、という概念が裏を支えているわけです。


 また先行訳はふたつめの、「八物湯」では「不拘時(時に拘らず)」の部分
 を省略してしまっています。現在でも薬を服用するのにその時間、食前とか
 食後とか時間の指定があることが普通で、これは今までにこのメルマガでも
 出てきたように中国医学の処方でも同じです。それがここではあえて時間の
 指定がない、いつ飲んでもよいと言っていることは一定の意味があると言え、
 やはりここは省略してはいけない部分でしょう。

 さらにみっつめの「十全大補湯」でも「法天地之成數也(天地の成數に法る
 なり)」の部分を削ってしまっています。これは処方名の「十全大補湯」の
 「十」の意味を解釈したところで、非常に奥深い言葉です。

 今でも「十全」という言葉を使いますが、この「天地の成數に法るなり」は
 ここにひとつの解釈を加えたということで、必ずしもこれが大本の処方の作
 者さんの考えたところとは同じとは限りません。

 考えてみればなぜ「十」が完成や万全などの意味を表すのか、そしてなぜこ
 こでその「十」が用いられているのかなど、処方と処方名を考えた方の発想
 のもとに遡って考えると処方を理解するひとつの手掛かりとなると思います。


 先行訳には他にもいくつか誤りであろう部分、省略された部分がありますの
 で、訳をお持ちの方は原文などをご参考に補足してくださればと思います。


 ◆ 編集後記

 「陰陽倶虚用藥」の具体的な処方解説に入りました。先がまだまだあります
 が、ここまでに読んだ「陰虚」「陽虚」「陰陽倶虚」の処方を構成する生薬
 を個々に検討することで、3つの特性や、また個々の処方の特性を検討する
 ことができます。メルマガではそこまで詳しく検討できませんので、詳細に
 研究したい方はそこまで吟味してくださればと思います。


 二十四節気は9月8日から次の「白露(はくろ)」です。上で「十全大補湯」
 の名前の発想の原点に遡っての考察をお勧めしましたが、この「白露」も同
 様で、この名称を作った方はなぜこの時期を「白露」と名づけたのでしょう
 か?もし自分だったらどう名づける?

 二十四節気はじめ現行の諸システムはあくまで慣習で用いられているだけで、
 それより優れたシステムがあれば、それに取って代ってもよいはずのもので
 すよね。

 もし二十四節気以上に優れたシステムを考案するとしたらどうでしょうか?
 いくつに分けるのが最善?この時期をなんと名づけたらよい?
 既存のシステムを根本から考え直してみることも意味のないことではないと
 思います。
                     (2015.09.05.第137号)
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         発行者 東医宝鑑.com touyihoukan@gmail.com

      
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