メルマガ『東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─』第330号「鹿角散」(内景篇・精)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 ◇ 東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─ ◆

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

  第330号

    ○ 「鹿角散」(内景篇・精)

         ◆ 原文
      ◆ 断句
      ◆ 読み下し
      ◆ 現代語訳
      ◆ 解説

      ◆ 編集後記

           

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
 

 こんにちは。「夢泄屬心」に挙げられた具体的な処方のうち「鹿角散」
 です。
 

 ◆原文◆(原本の文字組みのままを再現・ただし原本は縦組み
      ・ページ数は底本の影印本のページ数)

 (「鹿角散」p83 下段・内景篇・精)

  鹿角散

     治久虚夢泄鹿角屑鹿茸酥灸各一兩白茯
           苓七錢半人參白茯神桑〓蛸川〓當歸破(〓虫票)
                      (〓くさかんむり弓)
   故紙龍骨韭子酒浸一宿焙各五錢柏子仁甘草
   各二錢半右爲末毎五錢薑五片棗二枚粳米百
   粒同煎空
   心服直指 

 ▼断句▼(原文に句読点を挿入、改行は任意)

 鹿角散

  治久虚夢泄。鹿角屑、鹿茸酥灸各一兩、白茯苓七錢半、

  人參、白茯神、桑〓(虫票)蛸、川〓(くさかんむり弓)、

  當歸、破故紙、龍骨、韭子酒浸一宿焙各五錢、柏子仁、

  甘草各二錢半。右爲末、毎五錢、薑五片、棗二枚、

  粳米百粒同煎、空心服。直指。

 ●語法・語釈●(主要な、または難解な語句の用法・意味)

 ▲訓読▲(読み下し)

 鹿角散(ろっかくさん)

  久虚(きゅうきょ)夢泄(むせつ)を治(ち)す。

  鹿角屑(ろっかくせつ)、鹿茸(ろくじょう)酥炙(そしゃ)

  各一兩(かくいちりょう)、白茯苓(びゃくぶくりょう)

  七錢半(しちせんはん)、人參(にんじん)、

  白茯神(びゃくぶくしん)、桑〓(虫票)蛸(そうひょうしょう)、

  川〓(くさかんむり弓)(せんきゅう)、當歸(とうき)、

  破故紙(ほごし)、龍骨(りゅうこつ)、韭子(きゅうし)

  酒(さけ)に浸(ひた)すこと一宿(いっしゅく)焙(あぶ)り

  各五錢(かくごせん)、柏子仁(はくしにん)、

  甘草(かんぞう)各二錢半(かくにせんはん)。

  右(みぎ)末(まつ)と爲(な)し、毎(つね)に五錢(ごせん)、

  薑五片(きょうごへん)、棗二枚(そうにまい)、

  粳米百粒(こうべいひゃくつぶ)同(おなじ)く煎(せん)じ、

  空心(くうしん)に服(ふく)す。直指(じきし)。

 ■現代語訳■

  
 鹿角散

  長期にわたり虚した者の夢精を治する。

  鹿角屑、鹿茸(酥炙)、各一兩。白茯苓七銭半。人参、白茯神、

  桑〓(虫票)蛸、川〓(くさかんむり弓)、当帰、破故紙、

  龍骨、韭子(一晩酒に浸し、焙る)、各五銭。

  柏子仁、甘草、各二銭半。

  以上を粉末にし、毎回五銭と生姜五片、大棗二枚、

  粳米百粒を同時に煎じ、空腹時に服用する。直指。

 ★ 解説 ★

 「夢泄屬心」に説かれた具体的な処方のうち、列挙されたふたつめの「鹿角散」です。

 この処方の特徴または投与のポイントは初めの文句、「治久虚夢泄」でしょう。

 内容は翻訳が必要ない、またはこれまで読んで来た文章からすぐにわかる、訳せるものがほとんどの、生薬や常套句で成り立っていますね。

 これだけ機械的に訳せるような内容で、先行訳もだいたい良いのですが、いくつか問題点があり、まず原文で「酥灸」となっているところ、これは既にもう4年も前になりますが、虚労の章を読んでいた時に同じ問題が出てきて、その時に詳しく書きました。

 当時ご登録でなくお読みでない方も多いと思い、その部分を本編の下に再録します。ご興味おありの方はお読みくださればと思います。処方名は当時の章のものですが、「酥灸」の部分は今号と同じ問題として読むことができると思います。

 もう一点、原文で「韭子酒浸一宿焙」、訓読では「韭子酒に浸すこと一宿焙り」としたところを、先行訳はこう訳しています。

  韭子の酒に浸したものを、一晩焙ったものを、

 この部分を私は「韭子(一晩酒に浸し、焙る)」としています。どこが違うでしょうか?

 この違いは先行訳は「焙る」を「一宿」にかかると読んで、「一晩焙る」としていて、私の訳では「焙る」の前で文が切れて、「一宿」はその前の「酒に浸す」に係ると読んでいるという違いですね。

 小さな違いのようですが、一晩浸してから焙るのか、一晩焙るのか、実際の具体的な操作はだいぶ違ってきますよね。

 ではどちらが正しいと考えられるでしょうか?なぜ私は先行訳のようでなく、私の訳のように解釈し、読んだのでしょうか?

 これもご興味がおありの方は、その根拠と共に、正しい読みをご検討し答えを導き出していただけたらと思います。

 以下が「酥灸」についての過去号の抜粋です。一連の文として読めるように、語釈の欄からと、解説文から、両方抜粋して記載します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ●語法・語(字)釈●(主要な、または難解な語(字)句の用法・意味)

  酥灸(酥炙(ソシャ))生薬の修治法のひとつ。
         牛乳、羊乳などから精製した油(酥炙油)を塗り炙る。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 (解説文からの抜粋)

 (前略)
 もう一点、「異類有情丸」に三回、「酥灸」という表現が登場します。
 これは上の語釈欄に書いたように、生薬の修治法のひとつで、「酥」、牛や羊などの乳から精製した油(禅や気功をなさる方には白隠さんの「軟酥の法」がお馴染ですよね)を生薬に塗って火であぶる方法です。

 これはここに亀板、鹿茸、虎脛骨に用いられているように、主としてこのような動物薬に用いられる方法で、これによりただ煎じただけでは出にくい成分を予め出やすいように処置しておく方法です。

 より細かく見れば「鹿茸」では酒で洗って酥灸、虎脛骨では酒で煮て酥灸と、さらに細かい方法が指定されており、先人がそれぞれの生薬がどのようにすれば最大限に有効成分が出せるか、つまりより薬効を発揮し治療効果を高めることができるかと、苦心して研究した跡が見てとれます。

 これを先行訳は原文のまま「鹿茸酒洗酥灸・虎脛骨酒煮酥灸」などとしています。これだけ読んで意味がわかる方がどれほどいらっしゃるでしょうか?訳者さんは意味がわかって書かれたのでしょうか?

 東医宝鑑の、朝鮮半島で発行された版本の原文では「炙(あぶる)」という文字が全てこのように「灸」つまり「鍼灸」「お灸」の「灸」の文字を使っています。これはある種の医書では混同して用いられるようですが、本来は別の漢字です。

 実際に、日本で江戸期に発行された『訂正 東医宝鑑』では今号の部分のように「炙(あぶる)」の意味で用いられている「灸」は全て「炙」に直しており、「鍼灸」など、「灸(きゅう)」の意味で用いられている「灸」はそのまにしてあり、これらを明確に区別した上で訂正を施しています。

 江戸版の編者さんはこの違いを認識して、混同することは絶対になかった、つまり、当たり前ではありますが本文をきちんと読み、内容を吟味した上で発行していることがわかります。だからこそ『訂正』と自信をもって表題に上乗せしたのでしょう。

 ちなみにこれを反映してメルマガの解説では原文から断句までを朝鮮版に依拠した「酥灸」、訓読ではこれを訂正した江戸版に依拠した「酥炙」と表記し、現代語訳つまり私の訳文では、これらをふまえた上で私もこの「炙る」の字を採用した、という表明も含めて「炙る」の文字を使っています。こんな細かい点にも気を配って書いているわけです、そんなところも読みとってくださいね(笑)。

 先行訳の「鹿茸酒洗酥灸・虎脛骨酒煮酥灸」は原文をそのままにしており間違いとは言えませんが、「炙(あぶ)る」が「灸(きゅう)」のままになっている点、さらにこのままでは内容がなんだかよくわかりにくい点などで、よい訳とは言えないでしょう。これも先行訳をお持ちの方は補足していただきたいと思います。

 ◆ 編集後記

 「夢泄屬心」の処方、列挙されたふたつめの「鹿角散」です。

 今号でも過去号を活用したように、既に300号以上の蓄積があり、訓読や翻訳、解説も過去分が参照でき、またこのように使える利点は大きなものがあり、私自身が一番助かっていると言えるかもしれません。

                      (2019.08.24.第330号)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?