メルマガ『東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─』第118号「炊湯(一晩おいたスンニュンの水)」「六天氣」

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 ◇ 東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─ ◆


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  第118号 月食当日&清明前日号

    ○ 「炊湯(一晩おいたスンニュンの水)」
      「六天氣」

      ◆ 原文
      ◆ 断句
      ◆ 読み下し
      ◆ 現代語訳
      ◆ 解説 

         ◇ おこげの湯
         ◇ ナゾの「六天気」
         ◇ 訂正東医宝鑑の誤植と先行訳の省略について
         ◇ 水の項目総まとめ

      ◆ 編集後記

           

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 こんにちは。いよいよ水の項目の最後、33番目とプラスアルファです。
 プラスアルファ??さっそく原文から見てみましょう。
 
 水の〆だけに解説が非常に長いです。解説の目次を付けましたので、
 取捨選択しながらお読みくだされば幸いです。


 ◆原文◆(原本の文字組みのままを再現・ただし原本は縦組み
      ・ページ数は底本の影印本のページ数)


 (「炊湯」「六天氣」 p680 下段・湯液篇 巻一)


炊湯

     經宿洗面
   無顔色洗體則成癬本草


 六天氣

    服之令人不飢長年美顔色本草○陵陽子明經
    言春食朝霞日欲出時向東氣也秋食飛泉日
   欲沒時向西氣也冬食〓1〓2北方夜半氣也夏(〓1 サンズイに亢)
  (〓2サンズイ 左の上がト、下が夕、右が又、下が韭)
   正陽南方日中氣也并天玄地黄之氣是爲六氣
   本草○人有急難阻絶之處用之如龜蛇服氣不死
   昔人墮穴中其中有蛇毎日如此服氣其人依蛇
   時節日日服之漸覺體輕啓蟄之後人與蛇一時躍出焉本草


 ▼断句▼(原文に句読点を挿入、改行は任意)


炊湯

經宿、洗面無顔色、洗體則成癬。『本草』


 六天氣

  服之令人不飢、長年、美顔色。『本草』

  陵陽子明經言、春食朝霞、日欲出時、向東氣也。

  秋食飛泉、日欲沒時、向西氣也。

  冬食〓〓、北方夜半氣也。

  夏食正陽、南方日中氣也。并天玄地黄之氣、

  是爲六氣。『本草』

  人有急難阻絶之處用之、如龜蛇、服氣不死。

  昔人墮穴中、其中有蛇、毎日如此服氣。

  其人依蛇時節、日日服之、漸覺體輕。

  啓蟄之後、人與蛇一時躍出焉。『本草』


 ●語法・語(字)釈●(主要な、または難解な語(字)句の用法・意味)


語(字)釈

  宿(シュク)夜、晩

  〓(〓サンズイ 左の上がト、下が夕、右が又、下が韭)(カイ)
  
  〓1〓2(コウカイ)(〓1 サンズイに亢)
(〓2サンズイ 左の上がト、下が夕、右が又、下が韭)
夜気、露。仙人の飲み物という。


 ▲訓読▲(読み下し)


炊湯

宿を經て、面を洗へば顔色無く、體を洗へば則ち癬と成る。『本草』


 六天の氣

  これを服すれば人をして飢へざらしめ、年を長じ、

  顔色を美にす。『本草』

  陵陽子明經に言く、春は朝霞を食ふ、

  日出でんと欲する時、東に向かふ氣なり。

  秋は飛泉を食ふ、日沒せんと欲する時、西に向かふ氣なり。

  冬は〓〓(コウカイ)を食ふ、北方夜半の氣なり。

  夏は正陽を食ふ、南方日中の氣なり。

  并(ならび)に天玄地黄の氣、

  これを六氣と爲す。『本草』

  人急難阻絶の處にこれを用ひて、

  龜蛇の氣を服して死せざるが如き有り。

  昔人穴中に墮つ、その中に蛇有り、毎日此の如く氣を服す。

  その人蛇の時節に依て、日日これを服すれば、漸く體輕きことを覺ゆ。

  啓蟄の後、人と蛇一時に躍出す。『本草』


 ■現代語訳■


炊湯(一晩おいたスンニュンの水)
 
一晩経ったもので顔を洗えば色艶をなくし、

  体を洗えば癬となる。『本草』


  ※スンニュン(おこげ湯、釜の底に残ったおこげに水を加え、
         温めたお茶代わりの湯)


 六天氣

  これを服することで飢えず、長寿をもたらし、顔色を美しくする。『本草』

  陵陽子明經に言う、春は朝霞を摂取する。

  日の出時に、東に向かって摂る気である。

  秋は飛泉を摂取する。日没時に、西に向かって摂る気である。

  冬は〓〓(コウカイ)を摂取する。夜半に北方に向かって摂る気である。

  夏は正陽を摂取する。日中に南方に向かって摂る気である。

  加えて天玄と地黄の気、

  これらを六気と呼ぶ。『本草』

  人が火急や険難の時にこれを用いて、

  亀や蛇が気を服して死なないようなことがある。

  昔ある者が穴中に陥ったが、中に蛇がおり、毎日気を服していた。

  その者が蛇と同じ時に合せて日々気を服したところ、

  徐々に体が軽くなっていくのを感じた。

  啓蟄の時になって、人と蛇とが一時に躍り出てきた。『本草』

 
 ★解説★
 
 いよいよ水の最後の33番目と、なぜか水ではないながらもこの水部の末尾に
 付け加えられた「六天気」です。


 ◆「おこげの湯」
         
 水の最後を飾るのは「炊湯」です。カッコの中のハングルからの訳と、さら
 に下に足した註釈でおわかりいただけるように、これはご飯を炊いたあとに
 残ったおこげに注いだお湯をさらに一晩おいてしまったものです。

 現在では炊飯器でご飯を炊くのでおこげができることが少ないですが、日本
 でもおこげができた場合、このようにしてお湯を飲む習慣がありますよね。

 それを一晩置くと顔や体を洗うのによくなくなると言っています。
 逆に考えたら、この水を飲むだけでなく顔や体を洗う習慣があったというこ
 とがわかります。とぎ汁や蒸し器についた水で髪を洗う話題が前号で出まし
 たが、おこげの水も似たように肌に良いという発想があったのでしょう。


 こうして33の水が解説されました。項目としては33ですが、項目の中にいく
 つか他の水が登場したので、実質はもう少し多かったことになります。

 以前に触れたように広範な本草書ではもっとたくさんの種類の水を挙げてあ
 るものもあるのですが、ここでは薬を煎じるのに最適なもの、遠くからくる
 水などから季節毎の水、生活に身近なものまで、編者さんが過不足ないと考
 えた数と内容なのでしょう、うまく選択分類しながら取り上げられて来たこ
 とがわかります。

 現代視点ではハテナマークがつきそうなものもあったと思いますが、これも
 以前に触れたように、今のように蛇口をひねれば、またペットボトルですぐ
 に飲み水が入手出来る現在の視点では計れない、水への畏敬と入手への苦労
 などが込められている記述で、そこを汲み取る必要があるように思います。


 ◆ ナゾの「六天気」
         
 さて、プラスアルファ、最後に付け足されたナゾの項目「六天気」です。
 これはなぜここに挿入されたのでしょうか?すでにこのメルマガを長くお読
 みの方には、なんとなくその理由がおわかりいただけるのではと思います。

 一番最後に面白いエピソードが紹介されています。

 人が穴に落ちてしまって食料に困っていたところ、一匹の蛇がいたというこ
 とです。落ちた時期は書いてないのですが、啓蟄に出て来たと言っているの
 で、冬の間でしょう。そして蛇は冬眠していたと考えられます。

 それで蛇と同じように呼吸または服気または気を飲んで過ごしたところ、食
 べ物がなくても生きられた、という話です。「啓蟄」は少し前に話題にしま
したよね。これがちょうど啓蟄の時に配信となったらさらにシンクロニシティ
 として面白かったのですが(笑)。文章の最後の「人と蛇が一緒に躍り出た」
 という表現が生き生きとして非常に面白いところです。


 ここでは蛇のエピソードしか書いていませんが、その上には亀蛇とあります
 ね。実は亀にも似たようなエピソードがあり、『抱朴子』の中に他文献の話
 として、戦争中に逃げるのに足手まといで捨てられてしまった女の子が同じ
 ように、ただ蛇ではなく亀を見つけ、亀の動作を真似て気を飲んでいたら、
 3年経ってまだ生きていた、という話があります。このように亀と蛇とは物を
 食べずに生きられる生命力のシンボルのような存在だったのです。

 もうちょうど2年も前になりますが、「神枕法」を読んだ時に
 「辟穀(へきこく)」の話を書きました。上で説かれているのは立派な導引
 で、今で言う気功ですが、現在でも食事をしないで気を服して痩せようとい
 う、「辟穀ダイエット」などという方法があるぐらい、ポピュラーとは言い
 ませんが、現在に至るまで連綿と続いている方法なのです。

 では改めて、なぜこの水と関係なさそうな「六天気」を水の最後に置いたの
 でしょうか?編者さんの意図をあれこれ考えながら読むと、一粒で二度おい
 しい(ネタが古い(笑))読み方になると思います。


 ◆ 訂正東医宝鑑の誤植と先行訳の省略について

 さて、最後にこの部分の先行の業績に訂正を加えておきたいと思います。

 何度か取り上げました、江戸期に日本で発行された『訂正 東医宝鑑』に、
 この部分で誤植であろう箇所があります。原本を、また影印本も出ています
 がこちらもお持ちの方は少ないと思いますが、いちおう訂正情報を書いてお
 きます。

 それは「六天気」の項目です。


  其中有蛇毎日如此服氣

 
 の部分、『訂正 東医宝鑑』ではこうなっています。


  其中有蛇母日如此服氣


 つまり原本の「毎」が「母」と似てはいますが意味が全く違った字になって
 います。これを訓読して


  其の中蛇母有り日々に此の如く氣を服す


 としています。つまり原本では


  其中有蛇、毎日如此服氣(その中に蛇有り、毎日此の如く氣を服す)


 となっているのですが、字が違うのでこう切ることができず、


  其中有蛇母、日如此服氣(その中蛇母有り、日々に此の如く氣を服す)


 と切らざるを得なかったことになります。意味として、原本では
 「蛇がいて、毎日・・・」ですが、『訂正』では
 「蛇の母がいて、日々・・・」との違いになってしまっています。

 これは引用の大本の本草書を見ても「毎日」となっていますので、『訂正』
 の方が原本を見間違い誤植してしまったようです。「訂正」を加えたはずの
 『訂正 東医宝鑑』にもこのような誤りがあるという一例です。


 もうひとつ、前号でも取り上げた先行の日本語訳はこの六天気の項目を、


  食べるとひもじい思いをせず寿命が延び顔色がよくなる。(本草)


 とだけ記しています。つまり冒頭の部分だけを取り上げ、後の部分をバッサ
 リ省略してしまっていることになります。思わず「これだけかーい!」と
 ツッコミを入れたくなるぐらいで(笑)、これでは「六天気」が何なのかも
 把握できず、またここにこの項目を置いた編者さんの意図までをも全く切り
 捨ててしまったことになります。

 この訳には「完訳」とは書いていないのですが、かといって「抄訳」とも書
 いていず読者には完訳であるかのように思わせる点に難があり、またどこに
 省略があるのかすらもわからない点で難が倍加します。

 これだけの量を省略するなら(略)などと略した部分に注記するのが、
 原作者にも読者に対しても、翻訳の最低限のマナーでしょう。いつも書くよ
 うに先行訳をお持ちの方は、ぜひとも原文や私の訳や訓読をご参考に、加筆
 訂正してくださればと思います。


 ◆ 水の項目総まとめ

 こうして水の項目を全て読み終わりました。ここでまとめとして項目と、中
 に登場した水、33項目と48の水、そして六天気、全て列挙しておきます。
 それぞれどんな水だったか、思い出せますか?


 井華水、寒泉水、好井水、菊花水、菊英水、臘雪水、大寒水、

 春雨水、清明水、穀雨水、秋露水、冬霜、雹、夏氷、方諸水、梅雨水、

 半天河水、天雨水、屋霤水、茅屋漏水、玉井水、碧海水、千里水、

 長流水、甘爛水、百勞水、月窟水、逆流水、倒流水、順流水、急流水、

 温泉、冷泉、椒水、漿水、地漿、潦水、無根水、生熟湯、陰陽湯、熱湯、

 麻沸湯、青麻煮汁、繰絲湯、甑氣水、銅器上汗、炊湯、

 六天氣(朝霞、飛泉、〓〓(コウカイ)、正陽、天玄と地黄の気)


 ◆ 編集後記

 これで水の項目を全て省略なしに読み終わりました。古語のハングル部分ま
 でを含めて全訳し、これだけ解説を施した情報は本邦初だけでなく、歴史上
 世界でも例がないのではと思います。

 ただ、実はこれでも解説が少ないぐらいで、本当はもっと、例えば専門用語
 について、また今号で言えば六天気の方角や天地などについて、諸々触れた
 いことはいっぱいいっぱいあるのですが、全て取り上げたら膨大になりすぎ
 ますので、これでも短めにまとめています。

 次はどこを読もうか考案中です。と言っても来週までには答えを出さなけれ
 ばいけず、どこを読むかはお楽しみとさせていただきます。


 今日(4月4日)は皆既月食ですね。次に日本で見られるのは3年後というこ
 とです。地域によってお天気が微妙と思いますが、今晩は空を見上げて月を
 楽しむのもよいのではと思います。

 そして明日は清明です。水にも「清明水」が出ましたね。あれはこの時期に
 とった水というわけです。

 今号の「六天気」の蛇のエピソードでも「啓蟄」が登場しましたが、啓蟄を
 知らないと、いつのことなのか、またなぜ蛇が啓蟄に飛び出してきたのか、
 などなどを読むことができません。というよりかつてはこのような知識はだ
 れもが当たり前に持っており、解説の必要もない事柄だったのでしょう。

 この清明も、なぜ清明と名づけられたのかなど考えながら過ごすとまた古人
 の季節の感覚を追体験するひとつのよすがとなるかもしれません。

                     (2015.04.04.第118号)
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  ◇ 東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─ ◆
         発行者 東医宝鑑.com touyihoukan@gmail.com

      
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