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宇津保物語を読む9 内侍のかみ#9


帝、仲忠をお探しになる。涼、藤壺に参る

 上、右大将に、(朱雀)「仲忠の朝臣に、せちに会はまほしきことなむある。さらになしとや。そこにありどころは知りたまへりや」。
大将、(兼雅)「ただ今まで候ひつるを、まかでやしぬらむ、候はずなむはべる」。
上、(朱雀)「さらば召しに遣はせかし」。
大将、(兼雅)「まかではべりとも、さるは見えざりけるを、あやしくなむ消え失せはべりぬる。中将朝臣も候はるるを。もし仕うまつるべきことや仰せられつらむ。さ承りてか逃げぬらむ。いとあやしき者なり。きんのこといへば、跡を断ちて逃げ隠るる者なればにや。しばし御ことどもを隠され、涼の朝臣もさぶらはずまかるよしをいひ散らして隠されよ。あいなうはたやがてまかづる」。
涼、「何の、よきこと」と立ちて、ただ気色ばかり、御まへ近きわたりにて、よりすみの君に会ひたまふ、
(涼)「涼はまかでぬ。もし召しあらば、御前にて仕うまつりつるに、にはかにざうして、と奏したまへ」といひつけて、仲忠聞くばかりにもいはで、これも藤壺に参りぬ。
 仲忠、「かれはたれぞ」といふ。「涼」といらへていふ。
仲忠、「おはせねど、いとよく吹くめり」。
涼「涼とて秋風にもなしたまふかな。ここにこそ隠れられたりけれ。ただ今、せちに求めさせたまふめるは」。
仲忠、「さらば、あなかまや」。
涼、「大将のおとど、召す使つかひにさされたまひつめるは。それをばすまひたまはじかし」。
仲忠、「今宵は親も子も知らじ」。
涼、「まへにて御こと賜はりて、責めそせさせたまへるに、こうじにたりや。あが君の御徳にこそ、まかり出でぬれ」。
(仲忠)「仲忠が徳には、さのみこそはうれしげなけれ」
など物語しつつ、内よりせんかうしきどもに、さかないとかうざくにし出だされたり。
中将、(涼)「いとねたきこと、ただ一つ、涼が今日あるかな」。
仲忠、「何ごとぞや」。
涼「いで、今日必ず参りたまひなむと思ひつるに」。
仲忠、「それや。何かねたきことありや」。
涼「この相撲の、左のなみのりが勝ちつるほどのまとまひ仕まつりつるをなむ。おはしますと、用意しつるところなむありつる」。
仲忠「はらへをこそすなれ。殊なる神とも思はぬものを」。
涼、「ねたきこともいふを聞こしめし入れぬは、げにそれだにあらぬ御心なんめりかし」など聞こゆ。
(仲忠)「仲忠も、さぞありつるや。笙の笛の調べのほどよ」などいふ。
藤壺、(あて宮)「ここにてやは、ただ今聞かせたまはぬ」。

(小学館新編日本古典文学全集)

 帝は右大将(兼雅)に
「仲忠の朝臣にぜひ会いたいことがあるのだが、どこにもいないということだ。そなた、居場所を知らんか。」
右大将「たった今までお仕えしておりましたが、帰ったのでしょうか。どこにもおりません。」
帝「それならば、呼び戻せ。」
右大将「退出したとしても、どうも見当たりませんで。不思議にも消え失せたようでございます。涼の中将もご同席のようですが、もしやきんの演奏をご所望だったのでしょうか。さてはそれを察して逃げ隠れたのでしょう。どうも不届きな息子で。きんのことをいうといつも姿をくらまして逃げ隠れてしまいます。しばらくはきんのことは無かったことにして、涼の朝臣もご退出したことにしたらいかがでしょう。このままいなくなるのはあの子にとってもよろしくありません。」
それをうけて涼は「何の問題もありません。」と立ち上がり、御前近いところで頼澄の君にお会いになり
「私はちょっと御前を下がるよ。もしお召しがあったら、御前で琵琶の演奏をしていたが気分が悪くなったので、と奏上しておくれ。」
とあえて仲忠に聞こえないよう、申し訳程度に言い置き、彼もまた藤壺へと向かう。

 仲忠「誰だ?」
「涼ですよ」
仲忠「なんだ。あなたがいなくても、涼しい風が吹いておりましたよ。」
涼「涼だから秋風ですか。それにしてもここに隠れていたのですか。たった今帝がお探しでしたよ。」
仲忠「ですから、お静かに。」
涼「右大将殿が仲忠捜索隊の隊長に任命されましたよ。観念なさったらいかがですか。」
仲忠「今宵は親子も関係ないよ。」
涼「私も帝の御前で琴を与えられたいそう責められ困っておりましたが、あなたのおかげで逃げ出すことが出来ました。」
仲忠「私に感謝なさいな。」

などと話していると、御簾の内から浅香の折敷いっぱいの酒菜が差し出される。
涼「今日は一つ、残念なことがありましたね。」
仲忠「何ですか。」
涼「いや、今日は必ず(あて宮が)いらっしゃると思っておりましたのに。」
仲忠「それがどうして残念なのですか。」
涼「今回の相撲の節会で、左の並則が勝利したときの大和舞を舞ったのですが、(あて宮が)いらっしゃると思い、心を込めて舞ったのですよ。」
仲忠「(あえて曲解し)並則のために舞ってお祓いをなさったのですか? たいした神でもないでしょうに。(笑)」
涼「残念だったことを申し上げているのに、そう茶化すのですね。なるほど、ここであて宮様とお会いしていたので残念ではないと。」
仲忠「いやわたしだって残念でしたよ。笙の笛を吹いていた時などもね。」
などというと、あて宮が
「では、ここでお聞かせ願えますか。」
とおっしゃる。

兼雅、藤壺にいた仲忠を見つけて連れ戻す

 かくても、涼も仲忠も、よろづのことを聞こゆるほどに、寿じう殿でんより、藤中将求むる使に、つかさの人も、さしながら里には行き、仲頼も少将たちも連ねて、すべて宮のうちを求めめぐりたまふ。大将のおとど、ただ殿てんじやうわらはを一人御供にて、まづ陣ごとに、「宰相の中将やまかでつる」と問はせ、近衛のかどに、「車やある」と問はせに遣はしたれば、(人々)「陣にもまかでたまふとも見えず、車もずいじんどももあり」と聞こし、きさいまちよりはじめて、君だちの御宿直とのゐ所、御つぼねどもにうかがひたまふに、藤壺に立ち寄りて聞きたまへる、御前の方にしやうこと弾き、涼琵琶かき合はせて、しるき人々のことなれば、しるく聞かせじとてこと声を調べ、例の声を変へて弾けど、労ある人の御耳なれば、ふと聞き知りて入りたまふ。
 仲忠見つけられて、すべもなき心地して、強ひて隠るれど、おとど見つけたまひて、
(兼雅)「召せばなどかくてはものするや。参られよや」とのたまふ。
仲忠、「やがてまかりにけりと奏せさせたまへ」と、
(仲忠)「ただ今、乱りここものに似ず悩ましくて、え御前に候ふまじ」。
おとど、(兼雅)「見苦しき人にもあるかな。まかでにけりと人の奏すればこそ、召しに遣はせとは仰せらるれ。また、ただ今随身も乗り物もありと奏すなりつるは。さ聞こしめしたるには、いかがさは奏せむ。兼雅さへ隠すなり、と仰せられじや。たいだいしきことなり。朝臣の交じらひするに、兼雅苦しき時多かりや。世の中の、人の否びがたく思ふことは、うとくこそはすれ。いかがあめの下ならむ人は、仰せのことを否び申す人のあらむ。せちに御口づから召し求めさせたまふを、宮のうちに候ひながら仰せにかなはぬこと、例の人にえあらじや。早う参りたまへ」とのたまふ。
仲忠、「さらに。なほよひのことは許させたまへ」。
おとどの、(兼雅)「後に兼雅ひとへに痛まれたらむ、何にかせむ。天下に、だいにかなはむとて、何か悪しからむ。今宵の召しにかなはれざらむこそは、いと悪しかるべけれ。しき悪しうて仰せらるるぞや」とて、
責めて、御さきに押し立てて参りたまふ。涼の君をば、ありとも聞きたまはず。
〔絵指示〕ここは、藤壺。仲忠、涼、姫君。たち数知らず多かり。大将、仲忠召す。
 大将、中将の君。東宮の君だち、左大臣の大君、嵯峨の院の小宮。四の、五の宮おはします。女御、まかなひのもただのもふさに候ひたまふ。左大将殿の大い君、すベてこの御ぞう、君だち、女君たち、さしながら御かたちいと清らなり。

 こうして、涼も仲忠もいろいろな話をしていると、仁寿殿から藤中将仲忠を探す使いとして、近衛府の役人総出で仲忠の私邸に行き、仲頼も少将たちも連れだって宮中を探し回る。右大将殿は殿上童ひとりを連れてまず陣ごとに、「宰相の中将(仲忠)は退出したか。」と尋ねさせ、近衛の御門には「車はあるか」と聞きに遣わすと「陣から退出なさったとも思われません。車も随身もおります。」とお聞きになる。
常寧殿をはじめお后たちのお局などを探しながら、藤壺に立ち寄ると、あて宮の御前あたりより箏の琴を涼の琵琶に合わせて演奏する音を聞いた。いくらごまかそうと、音色をかえてはしても、仲忠の音はよく聞き知っていたので、すぐに気がついてお入りになる。

 仲忠はそれに気づき、無理して隠れようとするけれど、ついに見つかってしまう。
右大将「帝のお召しを、どうして隠れるのだ。すぐに参上せい。」
仲忠「このままもう帰ったと申し上げてください。今、とても気分が悪くて御前にお仕えできませんから。」
右大将「見苦しいぞ。退出したとの奏上があったので、家まで呼んで参れとのご命令だ。それに随身も車もあると報告があった。それをお聞きになっているのだから、もう言い逃れは出来まい。兼雅まで隠すのかといわれかねない。もうとんでもないことだ。おまえが宮仕えすることについては、父も気苦労が絶えん。世の人が拒否しがたいと思っていることを断るのは、おまえの勝手だが、どうして天下の朝臣ともあろうものが、帝の仰せごとをお断り申すことができようか。特に帝ご自身の口から探すようにとのご命令を、宮中におりながらご命令に背くことなど、普通ならありえないことだ。早う参れ!」
仲忠「そこをどうか父上。今宵のことだけはお許しください。」
右大将「後で私ひとりが責められるのならどうということはない。わがまま勝手と言われたって何の悪いことがあろうか。しかしだ、今宵帝のお召しを断ることは、非常によくない。帝はずいぶんと機嫌を損ねておいでであるぞ。」
と責め、前に押し立てて参上する。
涼の存在など目にも入らぬようである。

〔絵指示 省略〕


兼雅パパ大激怒。
帝の命令は絶対の堅物親父と、芸術家気質のわがまま息子の対立。
「朝臣の交じらひするに、兼雅苦しき時多かりや
(おまえの宮仕えについては父も気苦労が絶えん)」
とは、今までもさぞ振り回されていたのでしょう。お察しします。

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