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宇津保物語を読む9 内侍のかみ#10


東宮、藤壺に参内を促す歌を贈る

 上、こなたに入りたまひて、(朱雀)「など藤壺はまうのぼりたまはぬ」。小宮、「そがさうざうしきこと。かの君のまうのぼりたまへらむこそ、今日の相撲すまひよりも見どころあべけれ」。東宮、「影に恥づばかりはあらざめるものを」とて、御前に、なまの石、貝つきながらあるを取りたまひて、藤壺に、(東宮)「などかまうのぼりたまはぬ。こなたにみなものせらるめるものを。
  浦なるやみるめは知らで須磨の海女あま
  底にやかづく海のたま
と思ふなむあやしき。今だにまうのぼりたまへ」とて奉れたまひつれば、藤壺、
 (あて宮)「底なるやみるに隠るる海の
  えこそかづかねめにさはりつつ
人々の御覧ぜむを思ひたまへてなむ」とて奉れたまへり。
東宮、小宮に、(東宮)「御覧ぜよや。いとさいふばかりにはあらぬを」とて、まへに出でたまひぬ。

 帝は東宮の御座所にお越しになり
「どうして藤壺はいないのだ?」と尋ねる。
小宮「物足りないことです。あの方がいらっしゃってこそ今日の相撲の節会よりも盛り上がりますのにね。」
東宮は「『我が面影に恥づ』というほどやつれてはいないでしょうに」といって御前にある、石や貝が着いたままの生の海藻の海松みるをお取りになって、
(東宮)「どうして参上しないのだ。こちらには皆いらっしゃっているのに。

  浦に海藻の「みる」が打ち寄せられているとも知らないで
  須磨の海女はどうして海の底に潜って玉藻を探しているのであろう。

と不思議に思うよ。今すぐいらっしゃい。」
と歌を差し上げると、藤壺は

  海底に隠れております海藻は
  みるめ(海松藻・見る目)が気になり潜れないのです

多くの方がご覧になるかと思いまして」と返歌をおくる。
東宮は小宮に
「ご覧なさい。これだけ言い返せるのだから平気だよ。」といって帝の御前にお出ましになる。

仲忠、父兼雅と正頼を伴って御前に出る

 かくて、夕暮れに、藤壺より参りたまふ。じうなりし時よりも、この頃はいとめでたきかたちの盛りなり。父おとど、さるかたち人にて、連ねて参りたまふに、さらに親子とも見えず、ただ一つ二つのおととこのかみに見えたり。左大将のおとど見たまひて、
(正頼)「こともなきずいじんかな。中将の朝臣の今日の随身、いと見苦しや」と遊びおはしまさふ。左近大将、(正頼)「右大将、左のつかさのかの随身したまふなり。いかが、同じつかさの仕うまつらざらむ」
とて、仲忠をさきに立てて、左右大将しりに立ちて参りたまふ。仲忠求めにとてありきつる少将、こんも、立ちてみな遊びて参る。ただこの御中に、涼一人なむなかりける。仲忠ゆふえして、そこらの人にもすぐれてめでたく、かたちの清らなるよりも、さし歩みたるさま、うち思ひつる気色、さらに人に似ず、なまめきらうらうじ。
 左右の大将よりはじめて参るを、上御覧じて、いとしきよくて、(朱雀)「いとかしこく求め出でられたるかな」とのたまふ。御気色のいとよければ、御前に候ひたまふ限り、だんじやう皇子みこ、立ちてはしより遊びりて、仲忠の朝臣に遊び合ひたまふ。兵部卿の親王みこ、若宮よりはじめたてまつりて、上達部、親王みこたち、殿上人、連ねて迎へたまふ。
上、(朱雀)「候ひけるを、などか召しには参らざりつる」とのたまへば、
右近大将、(兼雅)「左のあくにて、大将のかはらけ賜ひて、けちずんぶことありければ、こよなくひて、深きむぐらの下になむ隠れて侍りける。草の中に笛のおとのしはべるを尋ねてなむ」。
上、(朱雀)「草笛をこそは吹きけれ」。
大将、(兼雅)「隠れ遊びをやしはべるらむ」
と聞こえたまへば、上、御かはらけ始めさせたまひて、
朱雀「ひ人も忘れぬことありとか」と仰せられて、仲忠に、
 (朱雀)「ももしきをいまは何ともせぬ人の
  たれと葎の下に臥すらむ
現に人あらじかし」
とて賜へば、仲忠、
 (仲忠)百敷に知る人もなき松虫は
  野辺のむぐらぞ臥しよかりける
と奏し、賜はりて、東宮にさぶらふ。
東宮、「いで、そのこもられつらむも思ほゆるや」とて、
 (東宮)松虫のやど訪ふ秋の葎には
  やどれる露やものを思はむ
とのたまへば、仲忠、
 (仲忠)おなじ野にやどをし貸さば
  松虫の秋の葎を頼みしもせじ
と聞こゆる。東宮、左大将に参りたまふ。大将取りたまひて、
 (正頼)松虫にやどをし貸さば
  秋風ににほひ殊なる花も見えなむ
とて賜はりたまひて、だんじやう皇子みこに参りたまふ。取りたまひて、
忠康「たはぶれにても、ただやすをこそ思しかけねな。
  花みがく野辺を見る見る秋ごとに
  なほ松虫の旅に経るかな
つらしとこそ聞こえつべけれ」。

(小学館新編日本古典文学全集)

 こうして、仲忠は夕暮れに藤壺からお戻りになる。
その姿は侍従であったときよりも、実に立派である。
父右大将も容姿の優れた方であるので、二人連れ立っているとけっして親子には見えず、まるで一、二歳違いの兄弟のようである。
左大将はそれをご覧になり
「大将を随身としてお連れとは、仲忠朝臣もずいぶんとご立派なこと。これでは本物の随身たちも見劣りしてしまいますね。」と冗談を言い、
「では右大将が左近の随身をお勤めするのに、同じ左近の大将もお勤めしないでいられませんね」
といって、仲忠を先頭に左右の大将が後に続く。
仲忠を探していた少将や左近、右近の者たちもみなその後に続き、楽器を奏でながら練り歩く。ただどうしたわけか涼一人だけがそこにいない。
仲忠は夕日に照らされ一段と美しい。容姿の美しさ以上に、歩く姿、憂いの表情は並ぶものもなく、若々しく上品である。
 左右の大将をはじめとして人々が参上するのを帝はご覧になると機嫌を直し、
「よく見つけてきたね。」とおっしゃる。
帝の表情が明るくなったので、そこにいる君達をはじめ弾正の皇子までもが御階を下りて仲忠の朝臣と一緒に舞を舞う。
兵部卿の皇子や若宮をはじめとして上達部や皇子、殿上人たちがそれを迎え入れる。
帝「どうして呼んだのに来なかったのだ。」
右大将「左の幄舎で左大将からご酒を賜り、ずいぶんと飲まされたようで、草葎の下で隠れておりました。草の中で笛の音がしましたので見つけ出した次第で。」
帝「草笛でも吹いていたのかい。」
「どうも隠れんぼをしていたようです。」と大将がお答えになると帝は酒宴を再開し、
「酔っ払いも忘れないことがあるというではないか。」とおっしゃって

 (帝)「宮中ですきに過ごしているおまえが
  誰といっしょに葎の下で伏していたのか?
(女一宮のところかい?)
まあ、そうは言っても実際そんな人はいないだろう。」と杯を賜うと

 (仲忠)宮中に仲良くしてくれる人もいませんので
  野辺の葎の下の方が気楽なのですよ。

とお答えし、東宮へと杯を回す
東宮は「その隠れていた葎には心当たりがありますよ(あて宮の所でしょ)」といって

  松虫が訪れた秋の葎には
  ともに宿った露が物思いにふけっておりましょう」
(あて宮は私の妻だということをお忘れなく)

とおっしゃると

(仲忠)「同じ野に宿を貸してくださったのならば
  松虫は葎を頼りにすることもありませんでした
(左大将家にお住まいの女一宮が相手をしてくれれば、
 同じ左大将家のあて宮の所になんか行きませんよ)

と申し上げる。
東宮は杯を左大将に与える。

(左大将)「松虫に宿を貸していたならば、
  秋風にまた違った花も咲きましょう。」
(なるほど女一宮ならば、お似合いですな)

とさらに、弾正の皇子に杯を回す
(弾正)「ご冗談としても、私のことを婿にとは思って下さらないのですね。

  美しい花が多く咲く野辺を毎秋見るにつけ
  どうして松虫は旅をするのでしょう
(左大将家の様子を見る度にうらやましくなります)

つらいことだと申し上げます。」


和歌のやり取りは、いろいろな引き歌がされているようで、訳だけでは意味がわからないが、どうやら女一宮と仲忠との結婚を匂わせているらしい。

しかし、東宮よ。妻がほかの男と仲良くしているのに、ずいぶんとのんきにしているなあ。

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