類稀なる誠実な病 鏡月 玖璃子

孤独すら粉々になり空をさ迷う様なラストはなんなのだろう。

    舞台となる教会だけでなく会社や家庭の中で自分を、おのが孤独と言葉を薄めてしまったとしたら 一人が、たった一人に対して向き合っていくことは不可能なのだろうか。
                      
主人公の自殺する前の言葉は私に届くのだろうか。

    カトリック教会は神の代理人たる教皇を頂点に、枢機卿、司教、司祭そして信徒によって構成される構成十億を超える世界最大の宗教組織である。司祭が毎週ミサを行うことによりキリストの教義をその枠組の中で伝えていく。
   
    司祭は独身を貫き信徒のすべてを等しく愛し仕事に邁進することを求めている。
    ゆるしの秘跡を通じて一人一人の秘密、罪を聞くが司祭一人の力で対応するわけではなく、あくまで組織の役目として、許しを与えることになる。そこに人と人の
   ふれあいは煩悶あるが、はいりこんではいけないのだ。
       
    しかし、それで本当に張り裂けるような孤独は癒されるのだろうか。死んだ言葉による形式的な秘跡としか感じられないのではないか。
  
    1960年以後大幅に改革が行われ、信徒と司祭は教会を協力して担っていく方向に変わりつつあるとしても、司祭が二人で女性と会うことは今でも憚られる。
           
    そのような教会を舞台にこの小説は描かれている。
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